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聖光を継ぎし者  作者: 榑婀
第一章
4/6

それは終焉、そして始まりを告げる謳

新章です。お付き合いいただけると幸いです。

途中で変に区切れて投稿してしまっていたので修正しました。申し訳ありません。

 



 ◇◇◇




 遥かなる広大な大地が延々と広がる下、その大地の末端……断崖絶壁と云うのが適切であろう人里離れた辺境の地に一人の青年は居た。

 周囲に咲き乱れる色とりどりの花々が風に吹かれて揺れる度、何とも言えない花特有のほのかな香りが青年の鼻を擽る。


 しかし青年は別段と何をするわけでもなく、ただ断崖絶壁の下に広がる世界をその鈍い光を放つ瞳を細めて眺めていた。

 蒼穹(そうきゅう)から覗く太陽によって照らし出される、美しくも荘厳な景色。青々と生い茂る緑深き自然に、キラキラと輝きを放つ母なる海、そして大地とその先に続く地平線が何処までも限りなく続いている。


 遠く前方には、古来より神守(かみもり)の都と称される神都(こうと)を象徴とする威厳のある風貌の城と、天に貫かんばかりに聳え立つ塔が、眩い光によって神々しく輝いていた。

 まさに言うのであれば、人々の争いなど微塵にも感じさせない壮大な風景。


 だが、それを複雑気に見つめる青年の心はここにあらずといったところか、黒曜石色の瞳は彼方遠くを映していた。



「……」


(この景色を見ていると、まるであの日々が嘘のように感じるな)


「……あれからもう二年の歳月が経つのか」


 ふと視線を眼下から空へと移し、青年は小さく呟いた。

 澄み渡った雲一つない空が忌々しいと言わんばかりに瞳が段々と細められ、遂には完全に閉ざされる。


 目を閉ざせば色濃く、そして鮮明に浮かび上がってくるのは数々の記憶の断片。

 その記憶を遡れば、目を閉ざしていながらもあの忘れもしない、二年前の情景が意図も簡単に目に浮かんでくる。


 それと同時に嫌でも思い出す苦い記憶に、青年は苦笑せざるを得なかった。

 二年前のあの日が随分と懐かしく感じるのは、きっとあれから目まぐるしく変化する世界の姿をこの目で見届けてきたからか。


 遠くに(そび)える神都を見ながら、小さく息を漏らす。



(それにしても……)


「たった二年でここまで変わるとはな……変わろうと思えば簡単に変わるということか」


 そう呟かずにはいられなかったのか。ぽつり感嘆混じりの声を漏らすと、再び視線を神都に向けて黙り込んだ。

 大きく息を吸い込めば、聖気で満ち満ちた空気が肺一杯に充満する。これほど浄化された空気が漂っているのは、この広大な世界の中でも僅か数ヶ所しか存在しない。


 世界に点在する内の一カ所、それが此処だ。それも此処が一番聖気で満ち溢れ、特殊なヴェールによって長年護られ続けている。



「……」


 その空気を深く味わうかのように何度か肩を上下させて深呼吸を繰り返すと、青年はゆっくりと息を吐いた。

 そして一瞬だけ、僅かながらに端正な顔を曇らせると、足下に咲き誇る淡い光を帯びる花をジッと見つめる。


 聖なる気と神々の加護を受けし場所にしか根付かぬとされる純白の花。

 その昔、天族から〝六源花(ろくげんか)〟と呼ばれる花々から放たれる淡い光りの粒子が風に乗ってゆらゆらと浮かび上がり、それは幻想的な光景を生み出していた。


 その光景を何かで喩えるのであれば、まさに光の絨毯と言うべきなのだろうか。

 つまりこの聖花が咲き乱れしこの地は、神聖な気によって守られた特殊な場所であるということの何よりの証。 



「此処はあの時から全く何も変わらないな」


(……そう。あの時から何も、な)


 若干不満げ混じりの表情を浮かべながらぐしゃりと脆い音を立たせ、その手で摘み取ったばかりの一輪の花を握り潰す。

 自身が欲するのは後から先にもただ一つだけ。(むし)ろ、時が止まり続けているのは他でもない自分自身であるだろうと、鼻で嘲り笑った。


 二年前のあの日を境に、自身の時を刻む歯車は止まったままだ。それどころか、心にぽっかりと空いた穴は決して埋まることなく、剥き出しのまま置き去りにされている。

 あの日ここで交わした約束の時から早数年。それが今もなおこの身を縛り付けて離さない。


 否、離さないのではなく、自身がただその約束に固執し続けているだけだろう。

 ……ただ突きつけられる残酷な現実を素直に受け入れることができないが故に。



〝……忘れ、ないで〟



 だから未だに目を閉ざして浮かんでくるのは、あの時の色褪せることのないままの懐かしい風景で。



「……俺は」


(俺は別に望んでいない。そう、こんな世界を望んでいたわけじゃない……)


 ぐっと震えんばかりに拳を作り、どこか悲しげな表情を浮かべながら空に浮かぶ【輝石(エレメンタルストーン)】へと視線を向けた。

 天から大地を明るく照らし出す光があったとしても、そこに自身が望む光は存在しない。だからこんな世界など、自身にとってはただの空虚な世界の何者でもなくて。


 あの日誓った揺るぎない想いは今も全く変わることなく、(かたく)なに存在し続けている。

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