2
《邪種を完全に発芽させるなかれ。発芽せし時、あらゆる生命は邪に取り込まれ、世界は最も残酷な形で滅びと絶望の道を辿るべし》
遥か古より神々の間でタブーであると、皆口を揃えて危惧してきた禍々しき血玉の魔石。
その魔石ならぬ邪種がこの大地に根を生やし、完全に発芽してしまうようなことがあれば、世界の均衡は愚か、今まで築き上げたものそのもの自体が全て水泡に帰すことになる。
何より、始聖神と対を成す存在である暗黒神が反旗を翻したとなれば、いくら四源神と謳われ、そして周囲から崇められる程の力を持つ存在と云えども、簡単に事を阻止することは叶わない。
そこで始聖神は、世界破滅の道を未然に防ぐ為にも他の四源神に属する二大神、そして六人の属性神と共に邪神のその行為を阻止するべく、邪神と邪種の浄化を試みようとした。
……が、
邪種の発芽と邪神の禍々しい氣は各々の力を以てしても完全な浄化までには至らなかった。
……始聖神を始めとする神々の力を結集しても完遂されることはなかった。
この時、もう既に多くの生命の心に禍々しい程に渦巻く負の感情が宿った後だったのだ。
その後、人々は次々と深淵の闇にその身を委ね、自然界に住む多くの動植物は、邪神の手によって〝魔物〟という凶悪な存在へと変えられていった。
……世界の歯車は、この時を境に狂い始める。
邪種が人々の心に住み着き始めた時を境に、世界は戦乱の渦に呑み込まれ、そして変わり果てた姿となってしまった。争いが止まぬ大地はキシキシと悲鳴を上げ、そして地上に生きる人々は“生”にしがみつくようにもがき足掻いた。
その中、地底人を初めとする闇の力を持つ者は邪神の底知れぬ深淵の闇に落ち、また他種族間では激しい戦乱の火蓋が切って下ろされ、自らの私利私欲の為ばかりに国同士が殺戮を繰り返すようになる。
そして遂には、同じ種族間でも争いが起こり、罪なき命まで奪い奪われ、大地を人から流れ出る血の色で染めていった。
戦乱の波はまるで止まることを知らず。一度生じた波は世界中に広がり、みるみる内に世界中から光が消え失せた。辺り一帯は深い混沌とした闇が行き渡り、そして光まで闇に呑まれ、深い絶望に包まれる。
邪神ヴァイスと始聖神ラピシュティムによる激しい天と地での争い。
【天地戦争時代(エヴァナント大戦)】と呼ばれた争いは邪神の行いにより、地上に住まう多くの生命を巻き込んだ。
肥沃な大地は徐々に朽ち果て、人々も同様に死に絶えていく。大地は邪神の氣で汚染され、汚染された氣にあてられ続ける地上は悲惨な状況下に陥った。このままだと世界が完全に滅び、朽ちる。
それを恐れた始聖神は、ある一つの決意を胸に秘め後、六人の属性神と自身達の遣い人として生み出した天族、そして神々に忠誠を誓った人々を率いて邪神に立ち向かった。
多大な犠牲を払いざるを得なかったが、最後に始聖神が放った禁術により、その長き争いに終止符が打たれる。始聖神が解き放った禁術は、神々が扱えるもの中で最も強大な術であったが、それと引き替えにその影響は計り知れないものであった。
元々複雑な形をして存在していた一つの巨大な大地をバラバラに引き裂き、海は大津波となって大地に根付く多くの生命を一度に奪い去った。
一方で、
邪神が存在した一帯は、始聖神が放った力がいかに強大であったのかが伺い知れる程のものが、巨大な奈落の穴として大地に深々と刻まれた。
邪神が落ちていった奈落の底。そのクレーターに六人の属性神はそれぞれ厳重な封印を何重にも施し、最後に始聖神が自らの力でその一帯に強力な封術を施し、邪神が再び地上に現れることのないよう地下深くに封じ込めた。
始聖神が地上に落とした大地をバラバラに引き裂き、そして世界中をも揺るがした禁じられし神術。後にその災厄、天変地異は神が下した裁きとして恐れ伝えられた。またこの長年続いた天地戦争時代は、聖戦と呼ばれ後の世に語り継がれていくのだった。
これにより、始聖神と邪神による光と闇の争いは始聖神(光)の勝利として長き末にその幕が降ろされた。
……それからオルテガには、かつてのような穏やかで平穏な日々が戻ってきた……かのように見えていた。この時人々は、地上から邪神という脅威が消失したことに歓喜するあまり、誰も気付きはしなかった。
邪神との争いが繰り広げられる最中、始聖神と同じく四源神と謳われる残りの二大神が既に消滅していたということ。
何より始聖神もまた、邪神との死闘によってその力を使い果たし、属性神の神力によってどうにか深い眠りにつかずに済んでいたということ。
何より、邪神を完全に滅することが出来なかったということを……
始聖神と六人の属性神は世界の行く末を憂いた。
邪神は奈落の底で再び地上に君臨し、次こそ必ず自身の野望を果たす為に深い眠りにつく。
始聖神もまた、属性神の加護のもといつ目覚めるのかさえわからぬ眠りについた。
しかしそれに人々は気付くことなく。
始聖神は徐々に薄れゆく意識の中、邪神との争いによって犠牲となった生命を……何より最悪な形で失うことになってしまった自身の愛しき片割れのことを想いながら涙した。
……しかしその想いはもう人々に、愛しき片割れにも届くことはなく……。
これにて次章突入です。