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5、留置所から始まる何かを期待するのは、ありだとしてもそれは出てからの話。




「大丈夫か?ヒヨリ」

「う、うん。大丈夫」

 

 ニカっと歯を見せて笑ったデジデリウスが、腕の中の私を見下ろします。

 留置所内の陰湿なものとは違った、周囲に満ちた朝の清廉な空気と、彼の背後にある抜けるような青空のせいでしょうか。


 海色の髪に縁取られた彼の顔が輝いて見えて、私へ向けられている磨き上げた黄金のような瞳に、吸い込まれてしまいそうな気分になります。そして綺麗に並んだ、透明感のある白い歯に、目が釘付け―――ってあれ?!デジデリウスの前歯が全部ある!!

 イケメンマシマシなのは、このせいか!!

 

 緊張から急に開放されたからか体はグッタリしているのに、なんか顔がカッカするし、胸がドキドキきゅんきゅんするしで。わけわからん極みな私の背後から、デジデリウスを呼ぶ、上司の声がしました。

 頭だけでなんとか振り返った先にいたのは、予測通りの上司と。


 その隣に、目も覚めるような美しい人が立っていました。


 芸術品並みに完璧な顔貌と、上等な絹のように艶めくプラチナブロンドの美人さんは、同じ色の細い眉を何故だか不快気に寄せています。その下の深い森のような緑の瞳が、私を値踏みするようにじっとこちらへ向いていました。


 そんな視線より私が気になったのは、美人さんの耳です!

 長耳ですよ!長耳と言えばエルフしか思い浮かばないんだけど、やっぱりエルフだったりするんですかね?!


 上司は当然のことながら、美人さんもデジデリウスの見知った人物だったようです。警戒することなく、私を抱いたままそちらへ歩いていきました。


「イグナティトゥナダリウス!帰ったのか!」

 

 美人さんはイグナティトゥナダリウスと言う名前らしい。

 そして近寄って分かったのですが、筋張った喉元と、デジデリウスや上司と並んでも差異のほとんどない身長からして、おそらく男性ですね。


『デジデリウス、何があった?』

「所長!実は―――」


 抱えたままの私を挟んで、デジデリウスが上司へトマスに刺された事。火をつけて逃げた事を、報告しています。

 その間ずっと、イグナティトゥ・・・長いな。美人さんが私をガン見しているのですが、どういう事でしょうか?


 居心地の悪い視線と合わせる度胸もない私は、助けを求めてデジデリウスを見上げました。それに気付いた彼が、私を見て嬉しそうに微笑みます。

 つられて私も笑いかけましたが、側面からジリジリと当てられている、光線のような緑の目に灼かれて、引きつってしまいました。そんな私の挙動を不審に感じたらしいデジデリウスが、笑みを消して見つめ返してきます。

 じっと探るように私を見ていた彼は、やがて私が意識して見ないようにしている方向に気付き、そちらへ顔を向けました。

 

「どうした?イグナティトゥナダリウス。・・・まさか、彼女なのか?」


 顔を強ばらせたデジデリウスが、私を抱く手に力を込めました。そして私を隠そうとするように、美人さんに対して斜に構えます。

 すると灼け付くような視線が緩んで、慌てた様子で寄ってきた美人さんが、私の視界に入る位置へ回り込んできました。

 

「違う!この子―――こちらの姫君ではない。私が見た連続窃盗犯と、確かに顔も身長も似てはいるが・・・こんな・・・こんな、私の理想を体現した感じではなく、もっとこう・・・下品な大きさだった」


 そう言って眉を寄せた美人さんの手は、彼の薄い胸を持ち上げるようにして動いていました。


「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

『・・・・・・・・・よ、よし!彼女の無実が証明されたことだし、もう開放してもいいぞ!そんなことより、早く火を消さないと!』


 くるっとこちらへ背を向けて、詰所の方へ走っていこうとした所長の肩を、美人さんがぐわしっと指が食い込んでいると分かる勢いで掴みます。

 そのままの姿勢でぼそぼそと呟く彼の前に、乙女の形をした水が現れました。向こうが透けて見える水の乙女は、宙に浮いた状態で美人さんの言葉に耳を傾けています。

 私は目の前で起こっている信じられない現象を、ただひたすら凝視しました。


 これ!これはもしや精霊という存在ではないのですかね?!

 ファンタジーによくある手のひらサイズではなく、私とそう変わらない大きさで、迫力満点ですが。


 そんな感動をしている間に、水の乙女が燃え盛る詰所の方へ飛んで行きました。次いで建物を覆うようにして広がります。それがパンっと弾けたと思ったら、炎を舐めるように動いて、見る間に火を消してしまいました。


「すごい・・・」


 私の呟きに、美人さんがこちらへ振り返ってドヤ顔を見せてくれました。

 うむ。美人さんはどんな顔でも美人なんですね。わかります。


 上司を掴んでいない方の手で、前髪をかき上げ、さらにドヤ感アップさせた美人さんは、私と目を合わせたまま言いました。


「マルティネス。冤罪であった上に留置したのなら、慰謝料が発生するんじゃないのか?」

「・・・%&:」


 言葉を返した上司の、バツの悪そうな感じからして、美人さんの問いを肯定したのだと思います。そして苦々しい表情のままチラリと私を見て、次いでデジデリウスへ向かって首をしゃくり、火の消えた詰所へ歩いて行きました。

 ついて来いと言う意味だと思います。


 これから冤罪の慰謝料と、ついでに没収中の私の鞄も返してもらえたりするのかな。

 その慰謝料の額によっては、留置所に入る必要のなくなった私の、今後の生活に役立つ―――。


 そこまで無意識に考えて、私は凍り付きました。

 

 そうだ。無一文はまぬがれたとしても。

 言葉もまだ不自由で、仕事も、住む家もない私は、この先。どうやって生きていけばいいのでしょうか。


 所長の後ろ姿を目で追いながら、震える手を握り締めます。

 仕事の斡旋をお願いしたら、何か紹介してくれたりする?でもその前に、どう言えばいいのかわかりません。

 まずい!仕事って、なんて言うんでしたっけ?!


 焦れば焦るほど分からなくなって、握る手へ更に力を込めます。あちこち黒く燃えた跡のある詰所内の、薄暗さと無気味さに不安を掻き立てられ、体まで震えてきました。

 温かさを求めて無意識に、デジデリウスの胸へすり寄ろうとして、握りしめていたのが彼のシャツであると初めて気が付きます。すぐに離そうとしたのですが、余計に手が震えてしまって力が抜けません。

 ついでに未だ、彼にお姫様抱っこをされている状態だということを思い出して、今度は顔が熱くなりました。


「心配するな、ヒヨリ。俺がついてる」


 赤くなったり青くなったり忙しい私の上から、優しい声が降ってきて。はっとして顔を上げたら、こちらも優し気な金の瞳が、私を見下ろしていました。

 

「・・・どうせ今だけでしょう?」

 

 期待したのは一瞬。即座に我に返り、言葉がわからないのをいいことに悪態をついてしまいました。

 彼は国に属する騎士です。きっとただの責任感か、同情から言っているだけでしょう。

 

 落胆した拍子に、手の力どころか全身が脱力してしまった私を、デジデリウスが燃え残っていた比較的綺麗な椅子へ、ゆっくり下ろして座らせます。そしてその前に跪き、私の手を取って、血まみれの顔でこちらを見上げてきました。

 

「ひ、ヒヨリさえ良ければ、ずっと一緒に―――」

「おい。何をいきなり、プロポーズみたいなこと言い出すんだ。お前、かなりひどい格好なの忘れてないか?そんなだから重いとか、ムードが足りないとか言われて続かないんだと思うぞ?」

 

 いつからそこにいたのか。

 デジデリウスの横に美人さんがしゃがみ込んでいました。横から覗き込むようにしてデジデリウスを見るその顔は、面白がっているようでいて、呆れを含んでいます。


 あれ?

 私、今、美人さんの目を見ていませんでしたよね?

 

「デジデリウス、お前。その「自動翻訳スキル」をどうやって手に入れた?私のように、「賢者」の称号を得たわけではあるまいに」

 

 美人さんは賢者さんで、さらに自動翻訳スキルとかいう、とても便利なものを持っていらっしゃるようです。そして彼の言葉によると、デジデリウスも。


 いいな!私も欲しい!

 あとでどうしたらゲットできるのか、聞いてみよう!


 そんな事を考えている私の前で、デジデリウスを凝視していた美人さんが、美しいご尊顔を傾げました。

 

「ん?お前・・・「カアラカイルカイン神の加護」まで受けているじゃないか!しかも「上位異界人(ハイ・ストレンジャー)の保護者」とかいう称号までついている!」

「ちょっ!イグナティトゥナダリウス!勝手に「鑑定」するのやめろよ!あんたレベル高いから、だいたい皆、丸見えなんだぞ!」

 

 さすが美人な賢者様。嫉妬する隙も無いくらいに、ハイスペックなのですな。


 長い名前を間違えることなく早口で言えることに感心しつつ、美人さんの鼻を摘まもうとするデジデリウスと、その腕を掴んで抵抗する美人さんの攻防を見守ります。

 イケメン系と美人さんの絡みも悪くないと、心情が顔に出ないように意識しつつ観察していたら、唐突に美人さんの緑の瞳がこちらを向きました。

 

「・・・あぁ、なるほど。「鑑定」が出来ないのに、私よりレベルがあるようには見えない姫君こそが、上位異界人(ハイ・ストレンジャー)という訳だ」

「えぇ?私?」

 

 ま、まぁ。勝手に訳されているのでしょうが、「よそ者(ストレンジャー)」というのは分かります。異世界人ですし。

 でもその「上位ハイ」と、「姫君」というのは何なのでしょうか。


 答えに困って、ただただ見下ろすだけの私の前へ、デジデリウスを押しのけた美人さんが跪いて私の手を取りました。

 

「異界の姫君。どうか貴方様の愛のしもべたる私のことは、イティスとお呼びください。そして私と結婚を前提にお付き合いをしていただきたい」

「ちょ!イグ・・・イグ・・・っ!どさくさに紛れて何、愛称まで捧げてやがるんだ!勝手に婚約者にしようとするな変態!ヒヨリから離れろ!」

 

 スパーンと繋がっていた手に手刀を落として、美人さんの名前を2回噛んだデジデリウスが立ち上がりました。


「誰が長いナメクジ(イグイグ)だ。足首フェチのくせに、私を変態呼ばわりまでするのか」

 

 次いで立ち上がった美人さんが、余裕綽々で見返します。

 

「そう心配するな。私はお前が死んだ後の、後添のちぞいでもかまわない。上位異界人(ハイ・ストレンジャー)については文献でしか知らないが、上位世界からの落ち人であり、神に近しい力と寿命を持つという。今からの百年足らずは譲ってやるから、あとの千年をくれればいいのだ」 

「え?あの?」


 高い位置で繰り広げられる、よくわからない戦いをオロオロと見守っていたら、私が座っている椅子がくるりと回転しました。


「わわっ!」

『慰謝料の支払いと、荷物の返却を行いたいから、そういうのは後にしてくれないか?』 

 

 椅子ごと私を自分の方へ向けた上司が、没収されていた鞄と、布袋に入ったお金っぽいものを渡してきました。煤けてはいても無事だった鞄に安堵し、思ったより重かった袋を落としかけて慌てます。

 用は済んだとばかりに燃え跡の方へ向かう上司へ、デジデリウスが言いました。


「あ、所長。俺、騎士辞めます。カアラカイルカイン神のお告げに従って、ヒヨリを聖地まで連れて行かないといけないんで」

「@&%#$あ?!*&#%$ん@@%!!う*&$#@お!!!」


 上司がめっちゃ怒鳴っているんですけど、たぶん人手不足とか、この忙しい時に言うなとか、そんな感じでしょうか。

 そして今後の私の予定が、勝手に決まっているようですよ。


 でも、別に他にしたいことなんてありません。

 それにもしかしたら、聖地で神様にお会いできたりして、元の世界へ帰らせてくれたりなんかするかもしれませんよね!

 反対するどころか、逆にお願いしたい予定です!


 異世界トリップした私が入れられ、約20日にわたって生活した留置所。そこから始るのは、どうやら元看守とエルフが同行する、異世界の旅となるようです。

 上司の小言を聞き流して私へ微笑みかけてくるデジデリウスと、どこか熱っぽい美人さんの視線を受けた私は、日本人必殺の心情を読み取らせない笑みを浮かべ。取りあえずくつが欲しいな・・・と、留置所の壺の近くにあるはずのパンプスへ思いをせるのでした。

 

 

お読みいただき、ありがとうございました!


続きを考えてはいるのですが、留置所が関係なくなるので躊躇しているところ。

いやいや、頑張れよ!

と言う方は、最終ページの評価ボタンをポチっとしていただければ、それがペトラの餌になります。

どうぞよろしくお願いいたします!


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