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4、留置所から始まる何かを期待するのは、恐ろしすぎる。

痛い表現あり。注意。




「*+@#ん!$%%&あ¥!!!」


 うるさい。

 お隣さんがうるさすぎて、よく眠れませんでした。


「一晩中騒ぐなんて、体力があり余ってますねぇ」


 私と顔が激似なスリが叫んでいる内容は、微妙にわかったりするのですが・・・。非常に遺憾ながら主に「ピー」な言葉のため、余計に疲れを誘います。


 昨晩は、キショいハゲが離脱したためか、今まで交代で行われていた夜の見張りが眼鏡青年1人でした。いつでもなんでも事務的に仕事をこなす彼にとって、捕らえた犯罪者がうるさいのは日常茶飯事だったようです。鉄格子へ触れた時は注意しに来ましたが、その他は完全無視。

 そんなわけで、スリが一晩中騒ぐ結果となったのでした。


「あふぅ。眠い。」


 ぎゃんぎゃん騒ぐ隣の声を流し聴きながら、本日も質素な朝食をいただきます。ブレない豆入りうす味スープが、寝不足で若干荒れた感じの胃に染みわたるぅ。

 ふぅっと体の力を抜きつつ、少ない量でも満腹になれるよう、ゆっくり咀嚼します。それでもそう時間もかからず食べ終わってしまいました。


 食器をいつも通り出入り口付近へ置き、ぼんやりと隣人のわめき声に耳を傾けます。・・・・・・はい。ぬるい尋問で覚えた、卑猥な罵り言葉しかわかりませんな。


 今日はこのままもう一度寝てしまう事に決めた頃、やる気皆無な中年が食器の回収に来ました。奥の石壁に背を付けてスタンバっている私を一瞥し、無言で鍵を開けて食器を下げていきます。


『ありがとう』


 ちゃんと言えているはずの感謝の言葉にも、朝晩の挨拶や、その他の言葉にも、彼が何の反応も示さないのはいつもの事です。

 別に何か期待しているわけではなく。ただの自己満足で発している言葉ですので、全く構わないのですけど・・・なんだかなぁ。と、残念に思ってしまうのは、否めません。


 私の次に、彼はお隣さんのところへ向かいます。

 ちらりとこちらを見たやる気皆無な視線と、なんとなく動きを追っていた私の視線が、偶然交差しました。


(ちっ。間抜けが。もうこの国も潮時か)


 その苛立ちの矛先が私でないのは、彼の心を読んだためでしょう。ちゃんとわかっています。


 でも、だらりと濁った瞳の中に、抑え込まれた殺気を見つけてしまって、背筋が凍りつきました。


 そんな私の心情などわかるはずもない、わかって欲しくない相手は、すぐに目をそらし、ノソノソと隣へ向かって行きます。

 視線を外された私は、震える体を石のベッドへ横たえ、倒れ込むのを何とか回避しました。貧血を起こした時のように、視界が真っ白になって、指先がしびれて、呼吸が異常に早い。

 体を小さく丸めて、ぎゅっと目を閉じた私の耳に、甲高い隣人の喜びに満ちた声が届きます。


 そしてすぐ、何かを殴りつける音が聞こえました。


 次いで、男女の罵声と痛そうな音が続き。


 やがて、静かになりました。




 何があったのか。

 恐ろしい事しか想像できなくて、その内容に身をすくませながら、できる限り息を殺します。


 自分の心臓の音と共に、いつもよりはっきり聞こえる足音が、ゆっくり、隣からこちらへ向かってきました。


 1歩、また1歩。


 隣との距離なんて、そうありません。

 まもなく私の背に、身を突き刺すような視線を感じました。


 叫びそうになる口元を両手で押さえ、石壁の方を向いたまま寝たふりを決め込みます。確実にバレているでしょうけれど、我関せずな態度が表明されていればいいのです。私は昨日、チラッと見ただけのスリより、自分が可愛い。

 だから私を見逃して!

 お願い!!


 その、一瞬にも、数十分にも感じた時間は、聞きなれた声がして、あっけなく終わりを迎えました。


『おい、トマス!所長がどこ行ったか知って―――あれ?お前・・・っ?!』


 言葉が不自然に途切れて、

 何かが床へ落ちる音がして、

 思わず鉄格子の方をふり返ってしまいました。


『デジデリウス!!』


 いつもと変わらないやる(・・)気皆無な中年、トマスの足元へ、腹に深々とナイフが刺さった状態のデジデリウスが、苦悶の表情で膝を付いています。その頭をがっと掴んだトマスはもう1本、別のナイフで、上向かせたデジデリウスの喉を切り裂きました。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 駆け寄った私は、鉄格子に阻まれながら、デジデリウスへ手を伸ばします。ゴボゴボと苦しそうに血を吐き、上手く焦点が合っていない目でこちらを見た彼が、私へ向かって何かを投げました。

 それは運がいいのか、悪いのか。

 私のいる位置より高く飛び、鉄格子の間を抜けて、金属音を響かせながら留置所内に落ち。さらに部屋の奥へと滑っていきました。


(鍵?!くそっ!死に損ないが余計なことを!)


 腰元を探って舌打ちをしたトマスの殺気が、私の方へ向いて、反射的に後退ります。彼は留置所内の私を睨みつけると、いつも看守たちが何かを書きつけている机の上のランタンを手に取り、書類の上へたたきつけました。

 その結果を確認することもなく踵を返したトマスが、出口へ続く木製の階段を上っていく足音がします。途中、再びガラスが割れる音がしましたので、またランタンを割ったのかもしれません。

 机の上の炎は、瞬く間に燃え上がり、空気がキナ臭くなっていきます。


 階段上の重い鉄の扉が閉まる音がして、私は我に返りました。


『デジデリウス!』


 躊躇なく鉄格子を掴み、曲がれと念じながら横へ引きます。あっけなく曲がった格子の隙間から抜け出てデジデリウスへ駆け寄ったら、床に広がった血だまりで滑って、腰を強かに打ち付けてしまいました。痛みで上手く動かない足を叱咤し、平伏しているような姿勢で浅い息を繰り返すデジデリウスへ這い寄ります。彼の血にまみれた両手で、彼の肩を掴み、力いっぱい引いて仰向けにしました。

 抵抗もなくゴロリと転がった彼の状態を見て、息を飲みます。


 血で染まった喉元とは反対に、顔は真っ青で、もう意識はなさそうで。胸が小刻みに動いているものの、呼吸ができている様子はありません。

 

 どうしたら?

 救命ってどうするんだったっけ?

 人工呼吸?喉切られてるのにできるの?


「やだ!どうしたらいいの?ねえ!教えてよ!!」


 デジデリウスの体から、徐々に力が抜けていくのがわかって。焦った私は彼の体を強く揺すります。

 すると、虚ろな瞳がこちらを向き、力なく持ち上がった手が宙を彷徨いました。


(ヒヨリ。無事でよかった)

 

 微かに動いた唇から、音が漏れることはなかったけれど。目を合わせたことで、彼の心が読めて。胸が苦しくなって、涙がこぼれます。

 差し出された手を握り、存在を伝えようと頬に押し付けた私へ、彼は血に塗れた歯を見せて笑いました。


 その頭の中に溢れていたのは、私の無事に対する安堵と、私の今後を心配する思いと。

 その隣に自分がいられないことへの、無念でした。


「嫌。嫌よ。置いて行かないで。一緒にいて。まだ言葉を覚えきれていないの。この世界の事、全然わからないの。貴方の事も、もっと知りたいの」


 笑顔が見たい。

 こんな、痛々しいものではなくて。

 教えられた言葉を、上手く発声できた時のような。

 彼がくれた服を着て見せた時のような。

 彼の名を私が呼んだ時のような。


「嫌。許さない。認めない。ありえない」


 彼の、デジデリウスの、光を帯びたような笑顔を思い出したら、何故だか怒りがこみ上げてきました。


 腹の底から湧き出るようなそれは。

 私を置いて逝こうとする彼への、理不尽な。

 私から彼を奪おうとするこの世界への、非常識な怒りでした。

 

「デジ・・・・・・デジ・・・・・・」


 握っていた彼の手の重みが増し、震えていたまぶたが閉じていきます。


 現実を直視したくなくて、私は目を閉じて小さく彼の名を呟き、動きを止めたその胸にひたいを乗せました。

 書類を焼いた火が木製の机にも燃え移り、周囲にも広がっていますが、何もする気になれません。


 もういい。

 彼の亡骸ごと、私も、この優しくない世界も、全部燃えて無くなってしまえばいいんだ。


 全てがどうでもよくなって、デジデリウスの胸に頭を乗せたまま泣いていたら、急にググっと頭が下から押し上げられました。

 ありえない胸の動きに驚き、顔を上げた私の頬が、両サイドから何かに挟まれます。そして生き生きと輝く金の瞳が、私を見上げてきました。


「誰が巨大毛虫デジデジだ。愛称で呼ぶならディズと・・・って、熱い!!」


 飛び起きたデジデリウスが、騎士服の上着を脱ぎ、ひざ下まであるブーツのくるぶしの辺りを焼いていた火を叩いて消し始めます。あっけにとられてそれを見守っていた私へ、ブーツの火を消し終えたデジデリウスが手を差し伸べました。


「来い、ヒヨリ!ここは危険だ!とりあえず出るぞ!」

 

 全く展開についていけなくて、さらに現状を理解できていなくても、21日にわたる留置所生活の成果なのでしょう。無意識に、差し出された手へ自分の手を重ねました。

 強く握ったそれをデジデリウスが引いてきましたが、腰が抜けてしまったのか、立ち上がることができません。すると私の横へ膝を付いた彼は、掴んでいた私の手を自分の首へ回すように誘導し、空いた両手の一方を背中へ、もう一方を膝裏へ添えて立ち上がりました。


 つまり、憧れはしても、実際されると恐い、お姫様抱っこと言うやつです。


「ひえっ!」

「捕まっていろよ!」


 私の重みなんて全く感じさせない動きで走り出したデジデリウスは、燃え広がりつつある机周辺の炎を踏み抜け、燃え落ちそうな階段を軽く跳びあがり、頑丈に見える鉄の扉をひと蹴りで壊しました。


「改蘇神カアラカイルカインに感謝だな!!」

 

 扉の向こうも火の海でしたが、デジデリウスが怯むことはなく。私を守るように身をかがめながら、炎の中へ突っ込み、あっという間に建物の外へ出てしまいました。



最終話は明日

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