表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

2、留置所から始まる何かを期待するのは、どうかと思う。



 そんなこんなで、はや3週間が経過いたしました。

 とはいってもこの世界の1週間は5日。つまり、本日は留置所生活15日目という事になります。


 その15日の間、知らない言葉で尋問してきたり、諸々のお世話、監視をして下さったのは、4人の騎士でした。

 例の海色の髪をした青年や、超事務的にしか接してこない眼鏡青年、やる気皆無なオヤジ、キショい目線で見てくるハゲ中年たちと目を合わせ、根気よく情報収集したところによるとですね。


 どうやら私は同じ色の髪と瞳で背格好まで似ていて、ついでに目撃者が描いたという絵姿にもクリソツな、連続窃盗犯に間違われているもよう。

 くそう。先週、ヘアカラーを流行りのピンクブラウンにしたのが一因なのか。同僚受けも良かったのに。

 え?彼氏?何それ美味しいの?


 んで。現在は目撃者による面通し待ちなのですが。

 非常に間の悪い事に、被害者宅から逃げる姿を見たという唯一の目撃者が、私が捕まる数日前に、隣国へ買い出しの旅に出てしまったらしい。更にその国との国境で活動を始めた盗賊団のせいで、出入国手続きに時間がかかり、帰ってくるのは1月先の予定になっているのだとか。

 その1か月は、この世界では50日あるそうで、少なくともあと35日は残っています。ついでに言うと、1年は5か月からなるそうな。

 

 と、言う訳で。まだ容疑者あつかいな私の待遇は、良くも酷くもなくといった感じです。


 日に3回与えられる食事は、毎回味の薄い野菜スープと硬めのパンなのですが、肉は欠片もなくてもスープに豆が入っています。強制ダイエットだと思えば、栄養価的にも問題なさそうな感じ。

 それに、そんな粗食であっても太りそうなほど動きませんし、やることもありません。有り余る暇は、狭い留置所内でできる軽い運動や、ストレッチをして潰しています。


 ベッドにはやはり不満があるのですが・・・ある日、あまりの腰の痛さに自分で揉んでマッサージをしてみたのですよ。プロのマッサージ師に施術していただいた時の、あのスッキリ感をイメージしながら。

 すると、何という事でしょう!

 腰痛がきれいさっぱり無くなったのです!ついでに肩凝りも、同じ要領で揉んでみたら無くなりました!

 すばらしい!異世界人チート!!


 しかしトイレだけはどうにもなりませんでした。キショいハゲを除いてわざわざ観賞しに来ませんから、ヤツの時間をできる限り避けて、致しております。


 最初はやはり気分が落ち込む日もありましたけど、ここは私を知る人が誰もいない異世界ですからね。しかも御1人様ランチだって楽勝な、アラサーの私。

 キショいハゲを除き、ビジネスライクな対応をしてくる看守たちを意識するのも、1週間くらいで馬鹿馬鹿しくなりまして。それからは開き直って留置所ライフを送りつつ、暇つぶしの運動と、情報収集に勤しんでおります。


 不審がられながらも、じっと相手の目を見続けるという涙ぐましい努力により。私が異世界トリップしてきたここは、リーンハイムという国の、国境の町より王都側にあり、その国境の町が旅人でいっぱいになった時に恩恵を受ける、ラムラファンという小さな宿場町とわかりました。そして私の入っている留置所は、警察のような役目を持っているらしい、国家公務員的な立場にある騎士たちの、詰所の地下にあると。

 ついでに、私を捕まえたのは海色の青年の上司だとか。その日のうちに近隣の大きな町へ定期報告のために向かってしまったらしく、お帰りはあと1週間後の予定だそうな。


『体を拭く水を持って来たぞ。壁まで下がれ』


 そう言って、私へ留置所の奥の壁まで下がるように、顎を上げるジェスチャーをした海色の髪の青年が、鍵を開けて格子の中へ入ってきました。入ってすぐの床の上へ、水の入ったたらい(・・・)と古布を置く様子を、私は壁へ背を付けたまま見守ります。

 定期的に同じような内容の言葉を4人の看守から聞くせいなのか、はたまた聞くだけで身につく学習法を体験しているからなのか。

 同時通訳に頼らなくても、徐々に言葉がわかるようになってきました。


 ただしヒアリングはできても、話すのはまだできません。

 しかも看守が容疑者へ、お礼を言う事なんてありませんから、お世話をされる立場として最も使う頻度が高い、感謝を伝える時に使う言葉がわかりません。

 あ。「ピー」な罵倒言葉は覚えました。


 なんか時々、刑事ドラマで見たような「いい警官と悪い警官」ごっこをして、私に自供させようとしてくるのですよ。でも目を合わせると、言葉とは違うっぽい本音が聞こえるので、頑張っている感あふれる演技で罵倒されても、たいして恐くありません。

 特に、この海色の髪の青年。心を読まなくても、金の瞳がオロオロと揺れているものだから、悪い警官役が全く向いていない。恐い顔は上手でも、いい人感が滲み出ている人物に、悪い警官役はキャストミスだと思う。

 ついでに他も評価すると、こちらも悪い警官役の眼鏡青年は淡々とし過ぎているし、いい警官役なはずのやる気皆無なオヤジは、無言でじっと見つめてくるだけ。あ、これ。なにげに1番恐かったわ。そんなどんより濁った目をした彼の心の中は、予想通りというか、当然というか「つまらない」で1色でした。もう転職したらどうなの。

 キショいハゲに至っては、いい警官役のハズが、セクハラ上司っぽいねっとりした口調と態度で、とにかくキショい。あと、ベタベタ触んな。尋問は2人1組だから、肩くらいしか触られないけど、それでもキショい。


 そもそも言葉が通じていないのだから、例え自供したとしても、彼らはわからないんじゃないのかな。

 なんか尋問は、出張中の上司が命じたスケジュールに組み込まれているっぽくて、4人とも本音では無駄だと思っているものだから、尋問に全く身が入っていないんですよね。


「ありがとうございます」


 背中を壁につけていないと怒られるので、日本語でお礼を口にして軽く会釈をするに止めます。それに頷くことで答えた青年は、留置所を出て鍵を閉めた後、私の足元をじっと10秒ほど見つめてから、定位置へと戻っていきました。


 何だろう。

 顔を合わせるたびに毎回されるのですが、裸足で過ごしているのは、そんなに非常識な事なのでしょうか。この行動の間、青年の目線は下に向いていて合わせることができないので、考えを読むこともできないのですよね。


 ・・・ま、いいか。問題があれば、そのうち指摘してくるでしょう。


 この世界へトリップしてきた時のパンプスですが、服同様、取り上げられることはなく、留置所内でも履くことを許されています。残念ながら、かばんは没収されてしまいましたけれどね。

 まだ犯人確定ではなく、容疑者でしかないはずなので、釈放時に返してもらえると信じています。


 しかし家ではくつを脱ぐ習慣の日本人が、ずっと履いて生活するのもつらい。よってパンプスはトイレスリッパ扱いとなり、普段は裸足で過ごしてます。

 ちゃんと1週間に1度、空いている隣の留置所へ移動させられ、その間に掃除してくれる石の床は、清潔かつひんやりとしていて、素足に気持ちがいいのです。


 その移動時に確認しましたが、やはり留置所の住人は私だけで、他の4部屋は空いているようでした。時々、週末と思われる5日に1度、酔っ払いのわめき声が聞こえる夜もありますけどね。

 どうやら割と平和な町のようです。


 私はたらい(・・・)の近くまで寄り、黄ばんだ古布を摘まみ上げました。一応、洗って干してあるようなのですが、この世界は石鹸がないのか高価なのか。生乾きの犬ようなにおいがするのですよね。


「クリーニング」


 ぼそっと小さくつぶやくと、古布が真新しい白に変化しました。使い古されて寄れている感じは、そのままですけれども。


 そうなのです。

 異世界トリップまたは転生した日本人がまず不満に思う事。食事もですが、風呂に入りたい!体を清潔に保ちたい!と言う欲求をですね。私も例外ではなかったようで、3日もしないうちに抱きました。

 食事はまぁ、ダイエットだと諦めたら、受け入れられましたし。最近、お腹周りがすっきり締まってまいりまして、なんだかいい気分なので置いておいて。


 お風呂はやはり、ありませんでした。

 存在しないのか、容疑者を入れる気がないのかは、わかりませんが。


 予想の範囲内でしたので、初めは2日に1回用意してくれるたらい(・・・)1杯の水で、一緒に渡される古布を濡らして体を拭くだけで、我慢しようと思いました。

 無理でした。

 食い気味に断言しますが、無理でした。

 だって、体を拭く古布自体がすでに臭いですし。さらに自分の着ているフェミニン系な白のブラウスも薄っすら黄ばんで、匂い始めてしまって。3日で限界に達した私は、4日目。たらい(・・・)に1杯の水と古布を貰えた時、ダメ元でラノベによくある言葉を呟いてみたのです。

 すると、何という事でしょう!

 服や古布の黄ばみが消え、さらに体も口の中もすっきりとしたのです!さすが!異世界人チート!!


 歯科衛生士という職業柄かなり気になっていた、歯磨きできない事による口臭が消えて、思わず小躍りしてしまいましたよ。それに文明が日本より確実に遅れているだろうこの世界で、虫歯になったりしたら、地獄の苦しみを体験する事になると思うのです。

 治癒魔法なんてものがあるらしいのですが、痛みを緩和したり、治癒力を促進する程度らしく、元々皮膚に負った怪我のように治癒することのない虫歯には、無効みたいなんですよね。恐ろしい。


 まあ、とにかく。

 そんなわけで別に体を拭く必要も無くなったのですが、入浴したい!という欲は消えず。しかしそれは流石に異世界人チートを利用しようにも、衝立なんてない、開放感あふれる留置所内でバレずに行うのは、確実に無理。

 なので、水にぬらした布で顔や体を拭うのは、妥協案ですね。拭き終わった最後に、足をたらい(・・・)の水につけるだけでも、気分が違うのですよ。


 私は石のベッドへ腰掛けながら、体を拭き終わった後の水に足をつけます。暑くも寒くもない室温の水は、温く感じますが、足の指がスッキリする感じが気持ちいい。

 足の指を動かして水をチャプチャプさせながら、本日午後の暇つぶしについて考えを巡らせます。

 ちなみに1日は25時間からなり、現在は12時に与えられる昼食を終えて3時間くらい経過した、15時前後です。


 「クリーニング」と呟けば清潔にはなれますから問題ないのですが、綺麗になった後、寝るまでの間にまた汗をかく様な運動をしたくはありません。ここは体を動かさずともできる、新たなる異世界人チートを研究するとしましょう。


「着火」


 そう呟けば、人差し指の先に、ライターの炎くらいの火が灯ります。

 これに、反対の手で持ったベッドの藁を近付けたら、燃えて灰になりました。魔法で出した火であっても、この世界の物へ影響を与えることができるようです。

 しかし条件があるらしく。

 この火に限らず、私が出した水も、私から離れて存在することが出来ないのです。だから燃えている藁から手を離すと、火は消えてしまいますし、出した水で濡らした布は、手を離した途端に乾いてしまいます。


 ただし、「クリーニング」の方は出すのではなく、除去しているせいなのか、手を離したら汚い布に戻るなんて事はありません。不思議。


 たらい(・・・)の水から足をあげ、布で水気を拭き取ります。たらい(・・・)と布を出入口付近の床へ置いて、また石のベッドへ腰掛けました。地味に尻が痛いですが、それだけ尻肉が減ったと思えば気分が上向きます。


 そうだ。今日の課題はウォーターベッドの作成実験にしましょう。

 出した水を整形し、その形を維持させるのは難しいですが、失敗しても離れれば乾いてしまいますので、問題ありません。


 まずクッションサイズからと思い、形にならなかったり、途中で手を離してしまったり、何度か失敗しつつも繰り返しまして。割と直ぐ、お尻の下に敷くことができました。

 さすが私!冴えてるぅ!


 テンション高くポヨンポヨンしていましたが、近付く人の気配を感じて立ち上がります。気配察知はキショいハゲの視姦から逃れるために磨いた、留置所の住人には必須のスキルですのよ。


 私から離れた水が乾いて跡形もなくなったのを確認して、もう一度石のベッドへ座り直しました。


『壁まで下がれ』


 タイミングよく現れた海色の青年が、いつも通りの指示を出しましたので、素直に従います。

 鍵を開けて入ってきた青年が、たらい(・・・)を下げる為に屈みました。


「ありがとうございます」


 海色の頭に向かってそう言うと、体を起こした青年がボソリと言いました。


「\――あ◆▲※」

「え?」


 目を合わせていなかった為にわからなかったので、もう一度言ってくれる事を期待しながら見つめます。すると青年が、少し恥ずかしそうに口を開きました。


「\――あ◆▲※、※/*#&@/?(ありがとう、と言っているんじゃないのか?)」


 私的に話しかけられたことなんて初めてで、かなり驚きました。しかしここは、教えていただいた言葉を早速使うべき所なので、とにかく真似てみます。


『ありあとう』

「\――あ◆▲※、@(ありがとう、だ)」


 訂正されたので、言い直します。


『ありがとう』


 満足げに頷いた青年が、空いている方の手を握り、自分の胸を叩きました。


「デジデリウス」

「はい?」

「#*―∥※&、デジデリウス**@(俺の名前は、デジデリウスという)」


 マジか。名前を教えてくれた!


 名乗るという。人間関係を築く上で、最初の1歩的な行動ですが。それをしてくれたという事が、私を容疑者ではなく、私個人として見てくれたような気がして。

 感動で目が潤みかけましたが、こらえて口を開きました。


『デジデリウス』


 私は先程のデジデリウスを真似て、自分の胸をこぶしで叩きました。


日和ひより

『ヒヨリ』


 私の名を呼んでくれて。ふっと口角を上げるだけでしたが、笑いかけてくれて。


 ちょっとときめいてしまったのは、仕方の無いことだと思います。

 だって、ずっと不安だったんですよ。ここは誰も知る人のいない、言葉も通じない異世界。もしかしたら2度と帰れないかもしれないという不安に、無理矢理フタをしているだけなのですから。


 その後、ふわふわした気持ちのまま消灯時間まで過ごしまして。

 完成したウォーターベッドで寝る間際。ストックホルム症候群という言葉を思い出し、即座に否定した自分に、呆れたのでした。




ストックホルム症候群とは、誘拐、監禁などの犯罪被害者が、犯人との間に心理的なつながりを築くようになることをいいます。

この主人公は犯罪容疑者として監禁されていますのでちょっと違いますが、本人は状況的に近いと思っています。


続きは明日

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ