ジョン子さん、パーティークビになるって……ええっ!?
ジョン子さんは俺達のパーティーの何でも屋さんだ。
小柄でちょっと天然なところがある小動物系の女の子ではあるけれど、サポーターという縁の下の力持ちをやってくれている。
アイテム収集、マッピング、道具の整備、炊事、記録係……何でもやらせ過ぎて俺を含め他のパーティーメンバーは皆戦う以外にやることが無いまである。ジョン子さんに戦闘能力が無いことが唯一の救いかもしれない。
俺たちはこの大都市アラベスク、通称「迷宮都市」の地下に広がるダンジョンを潜るために結成された冒険者パーティーだ。
リーダーのカムイ、攻撃術師のサラ、ヒーラーのマリー、サポーターのジョン子さん、そして剣士の俺という5人パーティーで若手の中ではそれなりに活躍をしている方で、将来有望と有名になりつつあった。今日も中級者の壁と呼ばれる7階層を踏破したところだ。
「みんな、お疲れ!」
リーダーのカムイの音頭で木製の杯をぶつけ合う。所謂乾杯というやつだが、アルコールが入っているのはカムイとサラのものだけで、他はジュースであったり水であったりだ。
この酒場は俺たちが駆け出しの頃からお世話になっている酒場で、とにかく飯が安くて美味い。ちょっとぼろっちい外観と内装の為オシャレなパーティーは近づきもしないが、逆に大っぴらなところだと肩身の狭い若造連中には一番いい雰囲気の場所だった。
「今回も大活躍だったね、サラ!」
「まぁね~カムイ、惚れ直した?」
「うん、最高の魔術師だよ、サラは!」
今日の主役は攻撃術師のサラだ。なんたって7階層の最終地点に巣食うスライムドラゴンという軟体モンスターの集合体を炎熱系の魔術で蒸発させることで倒して見せたのだから。
……まぁ、そのスライムドラゴンの弱点が分かったのもジョン子さんが事前に他パーティーに聞き込みしてくれたおかげなのだけれど。
ダンジョンってのは不思議なところで、一度踏破した階層は次から入口のワープポイントを使えばスキップ出来るようになっている。つまり俺たちは次から8階層からスタート出来るというわけだ。
また、スライムドラゴンも俺たちが突破した直後には復活しているようで、これはリスポーンなんて呼ばれているらしいが、他のパーティーがその後簡単に突破出来るというようにはなっていなかった。
有名なダンジョン七不思議の内の二つである。他にも誰が置いたか分からない宝箱がそこら中にあるなどダンジョンに謎は多い。これらを解くために旅しているパーティーもあるとかないとか。
わいわいと騒ぐカムイとサラ。そしてそれを少しむくれて見守るのがマリー。マリーは宗教上の理由でアルコールを摂取出来ないらしく飲んでいるのはジュースだが、騒いでいないのはアルコールが入っていないという理由からではなく、おそらくサラがカムイにもてはやされているからだろう。
サラとマリーは恋のライバルというやつらしい。当然カムイを巡って。
ふと、ジョン子さんに目を向ける。
ジョン子さんはいつも酒ではなく水を飲む。ここの酒場で出す水は龍昇の滝という、アラベスクの郊外にある天に噴き出る水を取ってきていて、とても美味い。一部では逆滝と呼ばれていたりもするが、実際に見たことは無いのでどういうものかは分からない。響きだけで凄そうだ。当然俺もこの美味い水を飲む。別に酒が苦手というわけでは無いけれど……
「どうしました? レオさん」
視線に気が付いたジョン子さんが見返して微笑んでくる。
「今日もジョン子さんに助けられたって思ってさ」
少しトーンを落として、ジョン子さんにしか聞こえない声量で言う。まぁ、他の三人は気にもしていないと思うけれど。
「そ、そんなことないです。私、いつも皆さんに助けられて」
アルコールが入っているわけでもないのに顔を赤くするジョン子さん。ジョン子さんは照れ屋だ。褒めても恥ずかしがってしまうから、いつからか褒める時はこうしてこっそりと褒めるようになった。
「ジョン子さんがいなかったらこんなに早く7階層を踏破出来なかったよ。俺たちダンジョンに潜り始めてまだ一年だぜ? 同時スタートした他の連中はまだ3階層辺りをうろついているのもいるっていうし」
「レオさんだって凄いですよ! いつも沢山モンスターを倒して……今日も一番多く倒されてましたよね?」
「そんなこと……あるけどさ。俺が倒しているのは所詮は雑魚だ。ボス戦に向けたら他の連中を温存するのは当然だろ?」
「でもそのおかげでカムイさんたちはボスに専念出来ますし……率先して前に出てモンスターの群れを相手にするなんて、私だったら怖くて出来ません」
情けないですよね、と続けて顔を俯かせるジョン子さん。ジョン子さんはどういうわけか自信が足りないと思う。そりゃあ戦闘という一点だけで見ればジョン子さんは戦力にならない。
けれども彼女の事前調査や知識は戦闘にも十分活かされているし、何より彼女がいるだけでダンジョン内での生活が驚くべき程快適になるのだ。例えばダンジョン内の食べれるモンスターから絶品の料理を作り出す様はかつて太古に失われたという土くれから金を作り出す錬金術を思わせる。
「ジョン子さんのおかげで俺たちは全力で戦えるんだ。もっと自信持ちなって」
「あ、ありがとうございます」
そう照れたように笑うジョン子さんは本当に何処にでもいる普通の女の子という感じがして可愛らしかった。もしも妹が生きていたら彼女くらいだったなぁ、と思うと自然に腕が彼女の頭を撫でようと伸びて……途中で自覚した俺は途端に恥ずかしくなって手を引っ込める。
「レオさん?」
俺の行動に首を傾げるジョン子さんに見つめられ、いよいよ羞恥心が最大まで高まった俺は、椅子に立てかけていた剣を持って立ち上がった。
「素振りしてくる」
騒いでいる連中とジョン子さんにそう断って酒場の外に出た。ここは裏口から出ると少し開けた空き地になっていてちょっとした素振り程度なら許されるのだ。
「ふぅ……」
大きく深呼吸をして剣を構える。このためにアルコールは摂取していないのだが、それでも空気中の酒気に当てられて頬は少し熱を放っていた。体の中の空気を外気で満たすことでその熱が冷めていくのを感じ、剣を振るう。イメージで作り上げたモンスターの影が真っ二つに消えた。
同時に飛び込んできたモンスターをかわし、すれ違いざまに斬る、またかわして斬る。出来た隙を逃さまいと一気に殲滅……あくまでイメージだが、ただ無心で剣を振るうよりは俺にはこちらの方が合っていた。
何も考えずに剣を振るって敵を倒せるのは天才だけだ。俺みたいな凡才は常に敵の一挙手一投足、弱点などを意識しながら僅かなチャンスを掴むしかない。そして俺にはパーティーの仲間たちがいる。後ろに控えているカムイの存在。サラとマリーの援護。ジョン子さんのくれる情報。それらが無ければとても戦ってはこれなかっただろう。
たとえ巷では天才剣士なんて呼ばれていても、それはパーティー全員の評価だ。
俺は知っている。このパーティーで一番の役立たずは俺だ。
「ふっ! はっ!」
邪念を断ち切るように剣を振るう。
もっと強く、もっと鋭く……俺は強くならなくちゃいけない。
リーダーであるカムイの剣は1対1なら絶対の強さを誇る。サラの魔術は天才的だし、マリーだって他のパーティーから俺たちのパーティーに入ってなお声を掛けられるほどの逸材だ。当然ジョン子さんだって俺たちのパーティーで一番の功労者と言って違い無い。
そんなみんなに対して俺は彼らの露払いをする、言ってしまえば代用の利く存在でしかない。
「てやあっ!」
俺がこのパーティーで生き残るにはもっと強くなるしかないんだ。
「はぁ……はぁ……」
どれくらい振っていただろうか。元々夜だから時間感覚もおかしくなっている。ただ、結構汗を掻いていてそれなりに振っていたということは分かった。情けないことにこれから8階層に行くということになって余計不安に駆られていたようだ。
「レオさん!」
不意に、酒場のサーブをやっている女の子に呼ばれそちらを振り向く。
「はい?」
「すぐに来てください!」
彼女の表情はとても必死なものだった。最初何か分からなかったが、次に続いた言葉には俺も驚きを隠すことが出来なかった。
「ジョン子さんがパーティーを抜けることになったんです!」
◇
「どういうことだよ、カムイ!」
バンッとテーブルを叩いた。その音が静かになった酒場に響く。別に俺の怒号がそうしたわけじゃない。俺が戻ってきた時には既に他のテーブルの客も静まり返っていて、カムイたちのテーブルを遠巻きに見ていたからだ。そして、俺たちのテーブルにはジョン子さんがいなかった。
「ちょっと、怒鳴らないでよレオ」
「サラ、お前もどうして止めなかったんだよ!」
出ていくまでの大騒ぎが嘘みたいに、真剣な顔で俯いているカムイ、仏頂面のサラ、そして唇を噛んで泣きそうになっているマリーがそこにはいた。空気は最悪だった。
「彼女は僕らが辞めさせたんだ」
「……は?」
カムイの言葉の意味が分からなかった。
「辞めさせた? どうして!?」
「今日実感した。これから先、戦えない彼女はお荷物になるって」
「おに……もつ?」
何を言っているんだこいつは。いったい今まで誰のおかげで……
「今日は上手くいったけれど、このまま進んでいけばあのボスみたいなやつが雑魚みたいにうようよ出てくるようになるのよ? 私達は強くなれる、きっと適応できる。けれど、あの子は戦えないじゃない! 0にいくら掛けても0なのよ! 今でも一撃攻撃を受ければダウンしちゃうかもしれないのに、進んでいけば殺気一つで殺される可能性だってあるじゃない!」
サラが怒鳴る。その言葉は真剣味を帯びていて、俺も言葉に詰まった。
確かに、彼女の言うことは正しかった。ジョン子さんは戦えない。だから俺たちが守らなければならない。それでも、このまま敵が強くなっていけばどんどん彼女を守るのは難しくなる。
そんなこと、分かっているけれど……
「ジョン子さんにはずっとお世話になってきました。けれど、このままだといつか殺されてしまうかもしれないと思うと……」
マリーがいよいよ涙を流し始める。それだけで一気に空気が重くなり、言ってしまえば俺を悪者にするムードが出来始めていた。
「レオ、別に僕はサポーターを軽んじているわけじゃない」
そんな空気を変えようとカムイが明るく言う。
「大丈夫。次のサポーターの当てはあるんだ。ほら、今日ダンジョンの入り口で会ったパーティーがあったろ? そこのサポーターが是非うちのパーティーに入りたいって言ってきているんだ。何でも支援魔術に優れているみたいで……」
入り口で会ったサポーター……ああ、随分と露出の多い布っきれみたいな防具を身に纏っていたグラマラスなお姉さんか。別パーティーのくせにやけにカムイに色目を使っていたやつだ。なんでもその剣に惚れただとかなんとか……
なんか、それを聞いて冷めてしまった。俺はカムイのことをよく知っている。カムイは自分の私利私欲の為にそういうことをする奴じゃない。けれども結果としてこのパーティーがいわばカムイのハーレムとまでは言わずとも、都合のいいものになりつつあるのは確かだった。
正しく聞こえる理由なんて、そりゃあ上げればいくらでも出て来るさ。それでも、どんなに綺麗に取り繕ってもカムイたちがジョン子さんを切り捨てたことは変わらない。ジョン子さんに今まで散々助けられてきたのに……自分達を優先して彼女を捨ててしまったんだ。
「分かった」
俺は腰に括り付けた麻袋から金貨数枚を取り出し、テーブルに置く。数枚と言えど俺の財産の半分以上はある。
「だったら俺もパーティーを抜ける。これは飯代と手切れ金だ」
「レオ……!?」
「今まで楽しかった。辛いことも沢山あったけれど、やっぱり楽しいことの方が多かったって思う」
「待ちなさいよレオ!」
「レオさん!」
「でも、俺にも納得できないことはある。それが俺にとってはジョン子さんだったってだけだ」
引きつりそうになる表情筋を必死に操って笑顔を作り、
「今まで、お世話になりました」
そうお礼を残し、酒場を後にした。
夜の街中を俺はひたすらに走った。当然ジョン子さんを探してだ。
彼女のことだまだ遠くには行っていない筈だ。普段は笑顔になるよう努めている彼女だけれど、本当は打たれ弱いことを知っている。このパーティーをどれだけ彼女が好きだったか俺は知っている。多分、今もどこかで泣いているのだろう。
俺には分かる。彼女とはこの一年ずっと一緒だったのだから。
ジョン子さんと出会ったのは、まだ俺たちのパーティーが俺とカムイの二人きりだった時だった。
俺とカムイは偶々同じタイミングで冒険者登録をしに来ていて、お互い同時に空いたカウンターに飛び込んだという何ともベタな出会いを経てパーティーを組んだ。
何となくカムイをリーダーに据えたものの、お互いがむしゃらで、役割分担も無く1階層の最序盤でぶっ倒れるようないかにも素人丸だしなパーティーだった。そんな俺たちを見かねて声を掛けてきたのがジョン子さんだった。
「私は……えっと、その……ジョン子。ダン・ジョン子です! 私をパーティーに入れていただけませんか!?」
明らかな偽名に俺とカムイはただ顔を見合わせるしかなかった。ジョン子さんは俺の、かつて病気で亡くなった妹が成長していたら同じくらいの年の少女で、結局放っておけなかった俺が認めることでパーティーに入ることになった。
とはいえ別にカムイも反対はしなかった。たった数日だけで俺たちが相手を選別できるほど優れたパーティーでは無いと自覚していたからだ。
それでも、俺たちは急成長を遂げることになる。俺たちよりも小さなジョン子さんによって。
「レオさんの剣は1対多数に向いていると思います。対してカムイさんの剣は1対1に向いていて……つまり、こう戦闘を分担すれば……」
「なるほど、だから俺はカムイに負け越していたのか」
「いや、でもジョン子さんの言う通りだとしたらレオの剣技は……」
「あの、お二人とも剣の腕を褒め合うのはいいのですが……」
バカだった俺もカムイも、ジョン子さんの分析には目から鱗だった。彼女の一声で、ダンジョンの雑魚戦は俺が、大型の敵はカムイが担当するようになった。そしてこれが驚くほどしっくり嵌まる。
というのも俺もカムイも担当をしっかり分けることで相手の動きを無意識に気にして剣を鈍らせることが無くなったのだ。
「こうやって後ろから見ているとやっぱりレオの剣って化け物じみてるなぁ……あれだけ苦戦したモンスターがバッタバッタと倒れていくんだもの」
「そういうカムイだって、あの牛男を無傷で倒した時は俺が牛男じゃなくて良かったって心底思ったぜ」
「私から見ればお二人とも凄いです!」
「「いや、一番すごいのはジョン子さんだよ」」
なんたって、モンスターの群れの中をすいすいと進み素材を回収していくのだから。何度か俺が助けなければ危ない場面こそ有ったが、普段の感じからは想像もつかないくらい肝が据わっているというか……
それでも後方から飛ばしてくる指示も的確だし、ダンジョンも気が付けばマッピングしてくれていて迷うことは無い。地図は売っているけれどパーティーの大事な財産だからこそ、買おうと思えばかなり高く俺たちみたいな弱小パーティーに手の届くものではないからその存在は何よりもありがたかった。
「しかし、ジョン子さんのおかげでダンジョン探索が捗るな!」
「ジョン子さんは幸運の女神様かもね」
「や、やめてください! その、さんっていうのも……」
「「いや、ジョン子さんはジョン子さんだろ(でしょ)」」
俺たちはジョン子さんを尊敬を込めてさん付けして呼んでいた。それはからかいも混ざっていたけれど、次第に尊敬はどんどん強くなっていった。俺たちを少しでも楽させようと働いている彼女の頑張りを知っていたからだ。
「ねぇ、レオ」
「なんだよ、カムイ」
「絶対、ダンジョンを踏破しよう」
「当然だ。なんたってこのパーティーには俺とお前と、ジョン子さんがいるんだからな」
「ああ、僕ら3人なら楽勝だ」
かつてそんな話をカムイとしたことを覚えている。俺たちはまだダンジョンの本当の脅威を知らなくて、まだまだ夢見る駆け出し冒険者だったけれども。
頑張り続けるジョン子さんに負けないように技を磨き、俺たちも勉強して知識を蓄えて行って、
「攻撃術師のサラよ。あんた達みたいな弱小パーティーにはもったいないけれど手伝ってあげるわ」
才能は折り紙付きでも性格に難があったサラがパーティーに加わり、
「ヒーラーのマリーです。今日はよろしくお願いしますね」
スポットでヒーラーのマリーを雇いながら、
「よっしゃあ! 3階層突破ぁ!」
着々と積み重ねていった。
そんな、3階層を突破して、いつもの酒場でカムイとサラと、そして一日雇っていたマリーとジョン子さんと俺で飲んでいた時、俺はこの時はまだ酒を嗜んでいて、この頃から酒は飲まずジュースを飲んでいたジョン子さんに絡んでいた。
「なぁ、ジョン子さんや。ジョン子さんは酒、飲まないのか?」
「あはは、私は大丈夫です」
「折角3階層を踏破した記念だというのに俺の酒が飲めんというのかね? んん?」
「レオさん酔ってます?」
苦笑するジョン子さんに俺は少し不機嫌になった。
「酔ってねぇ。なあジョン子さん、なんか俺たちに遠慮してない?」
「え?」
「俺たち、ジョン子さんに本当に感謝してるんだぜ。3階層だって何度もピンチがあったけれどジョン子さんのくれた作戦が無かったら多分駄目だった」
「そ、そんなこと……」
「そんなことある。ジョン子さんはもっと自信を持つべきだ!」
ぐいぐいと彼女の顔に杯を押し付けながら、俺はろくに回らない舌で拙い演説をする。幸いカムイたちはカムイたちで似たような絡みをマリーにしていたため悪目立ちはしなかったけれど、酔っても記憶を無くさない体質のせいで俺ははっきりとこの日のことを覚えていた。
「嬉しいですけど、でも、駄目なんです。私は戦うことが出来ないから、この後も4階層のことを調べなきゃって」
「え? 調べるって、もしかしていつも?」
「……はい、要領、悪いですから」
心底恥ずかしそうにそう言うジョン子さんに俺はただ心を打たれた。
彼女は俺たちが勝利に浮かれて馬鹿騒ぎをしている中、もう次のことを考えていたのだ。
「私は戦えませんから。それでも、皆さんの力になりたいんです。こんな私を救い上げてくれた皆さんの……」
俺はその時のジョン子さんの笑顔が忘れられない。恥ずかしそうで、少し寂しそうで、それでもそれらすべてを飲み込むような決意に満ちた笑顔を。
あまりに単純だけど、俺は次の日から酒を断った。そして、常に傍らに剣を置き、暇があれば振るようになった。少しでもパーティーの為に、少しでもジョン子さんの期待に応えられるように。
俺は知っている。誰よりも強い彼女のことを。
俺は知っている。誰よりも優しい彼女のことを。
俺は知っている。彼女がどれだけ俺たちのことを想ってくれていたかを。
「ジョン子さん……」
「レオ、さん」
彼女はこのアラベスクの中央、ダンジョンの入り口に続く階段に座っていた。
夜は封鎖されており人通りも少ない。当然入り口には門番が立っているが。
「何となく、ここにいるって思った」
「ここは私がレオさんとカムイさんに出会った場所ですもんね」
小さい体をフード付きのコートで包み、足を抱えて座るジョン子さんは普段よりも小さく見えた。
「私、小さい頃ずっといじめられていたんです」
ぽつり、とジョン子さんが呟く。
「ずっと要領得なくて、どんくさいから周りにも馬鹿にされていて、でも、先生だけは違ったんです。『君は君が思っている以上に才能に溢れている。いつかそれに気づく日が来るから、今は丁寧に一つずつ積み上げていきなさい』って言ってくれて、だから私、何事も丁寧に、しっかりやろうって決めていて」
「いい先生じゃないか」
「けれど、それが同時に苦しかったんです。私に才能があるなんて思えなかった。どんなに頑張っても成長が実感出来なくて、先生のところを離れても変わりませんでした。戦えない私に出来ることを探して、サポーターになろうって決めたのはいいものの、誰にも雇ってもらえなくて……そんな時、お二人に出会ったんです」
ジョン子さんが顔を上げて俺を見る。
彼女はボロボロと大粒の涙をその真ん丸の目から流していた。
「お二人は、喧嘩していて、私なんかが言うのは失礼ですけど、とても未熟に見えて、そうだ未熟者同士ならパーティーを組んでくれるかなって、そんな失礼なこと考えて」
「失礼なんかじゃないよ、実際俺たちは未熟だったんだし」
「でも、お二人はそんな私をパーティーに加えてくれました。だから私も必死に頑張って、仲間も増えて、このパーティーなら一緒に成長していけるって、ダンジョンの最奥まで辿り着けるって、そんなこと、思っていて……」
ジョン子さんは途切れ途切れになりながらも必死に一つずつ言葉を紡いでいく。
「レオさん、私、やっぱり駄目でした。皆さんの足を引っ張ってばかりで、やっぱり、私なんて」
「そんなことない」
思わず、彼女の頭をなでるように手を置いていた。かつて、俺がもっと小さかった頃妹にしていたみたいな子供っぽい仕草。
ジョン子さんは驚いたようにこちらを見つめてきた。
「俺は、俺たちはジョン子さんと一緒だったからここまで来れたんだ。確かにあいつらはジョン子さんをパーティーから外す選択をした。それが正しいか間違っているか、俺には分からない。それでもジョン子さんがいたから俺たちはここまで来れたって皆分かっている筈だ」
「レオさん……」
「あいつらは、そんなジョン子さんに傷ついて欲しくないんだ。だから、パーティーから抜けさせたんだ。あいつら馬鹿だし、変なこと考えているかもしれないけれど、ジョン子さんに対する思いは本物だ……そんなの一緒にパーティー組んできたんだから分かるだろ?」
これはただの願望かもしれない。
あいつらが別のサポーターと組むという話を聞いてしまったから、嘘になるかもしれない。
それでも、たとえあいつらが変わって、これから別の道を行くことになったとしても、それまでの道が嘘だったなんてことにはならない。なる筈がない。
たとえ彼らと道を違えても、俺たちは仲間だった。
俺とカムイがパーティーを結成して、ジョン子さんと3人で頑張って、サラが入ってきて、マリーを雇いながらこの間正式に加入してくれて……これまでの歩みに嘘なんて、間違いなんて無かった。
「レオさん……」
ジョン子さんが俺の胸に飛び込んでくる。嗚咽を漏らしながらその小さな体を震わせる。彼女は俺の胸に顔を押し付けながら今何を思っているのだろう。カムイたちに対する悔しさか、パーティーと別れなければいけない悲しさか。俺は震えるジョン子さんの体を何も言わず優しく抱きしめ返した。
◇
「というわけでだ、強くなろう、ジョン子さん!」
「ええっ!?」
夜が明け、すっかり喧騒に包まれたダンジョン前の広場で俺はそう提案した。当然ジョン子さんは目を丸くする。今まで俺たちが守るからジョン子さんは戦わなくていいというスタンスだったのだから当然だろう。
「で、でも私戦いなんて全然やったことなくて、役に立たなくて」
「そう。俺もカムイもその言葉を真に受けて、でもジョン子さんは他が完璧だから気にしてなかったんだ」
「そ、そんなこと」
「はい、今は謙遜無し。黙って聞く!」
「は、はい……」
すぐに話を遮ろうとするジョン子さんを諫め、俺はジョン子さんを抱きしめながら一晩考えた案を披露した。
「確かにカムイたちが言う、これからずっと守り続けるのには限界があるというのも分かるんだよ。俺だってジョン子さんには傷ついてほしくないし、そりゃあ守れるなら何としても守りたいけどさ」
どうしてか、ジョン子さんの顔が赤い。もしやまた恥ずかしからの謙遜に移ろうとしているな?
と、思ったが彼女は俺が止めた通り言葉を遮ろうとはしなかった。真っ直ぐ、少し潤んだ目で俺の目を真っすぐ見つめてくる。いかん、俺が少し恥ずかしい……
「とにかく、俺たちはカムイのパーティーを抜けて新たにパーティーを組む。つまりまた1階層からやり直すことになったんだ。1階層は敵が弱いし、ジョン子さんのサポートをしながら少しずつでも強くなっていけるさ」
「でも、それじゃあレオさんの為にならないんじゃ……」
「馬鹿」
「痛っ!?」
ジョン子さんのおでこを指ではじく。
「ずっと支えて貰ってたんだ。今度は俺が支える番だよ」
「ぁ……」
「今度は二人で強くなって、カムイたちを見返してやろうぜっ」
「……はい!!」
今度こそ笑顔になったジョン子さんを見て俺も笑顔を返す。
色々あったけれど、やっぱりジョン子さんと一緒が一番いいや。俺もジョン子さんもリスタート。なぁにまだまだ冒険者としては若手の内だ。旅の恥は搔き捨て、これから足掻くのは全然遅くない。
何より、今まで支えてくれていた彼女を今度は俺が支えられるんだ。
俺にとってはそれが、きっとこれまでの人生全部の中でも一番嬉しかった。
◇
「あ……パーティー登録、結成時は実名を書いて提出するんだよな」
「そうですね」
「俺、そういやジョン子さんの本名知らなかったよな。今更だけど聞いてもいい」
「あ、え、えーっと……」
もごもごとジョン子さんが何かを呟いた。
「ジョン子さん?」
「リビスタニア・ディルクハート・ヴォルラングルフ・ダラスディーヴァです……」
「………………えっと?」
「うー……私も長くて苦手なんです……だからジョン子でいいです」
「なんかごめん」
何というか、本名……すでにほとんど忘れてしまっているけれど、呼んであげられないのが口惜しい。
それでもジョン子さんは俺の手を控えめに握ってほんのりと頬を紅くして笑った。
「私はダン・ジョン子って名前好きですよ。始めは何となく慌てて付けた適当な偽名でしたけど……でも、レオさんが何度も呼んでくれた大切な名前ですから」
そう微笑んだ彼女は、何だかとても美しく見えて、
「そ……っか、じゃあこれからもよろしくな、ジョン子さん!」
「はい、レオさん!」
俺は誤魔化すように声を張り上げた。
これからも、俺とジョン子さんの冒険は続いていく。
いつの日かダンジョンの最果てに辿り着く、その時まで。
お読みいただきありがとうございました!
夜中に思いついたのでつい書きましてしまいました次第でございます。
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