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三塁ベース上に二人のランナー。アウトはどっち?


 勇介にはまだ仕事が残っていた。午後二時からは高学年チームの一回戦があるのだ。低学年チームは高学年の応援に回る。しかし四年生の木村拓卓弥だけは高学年チームのメンバーにも入っている。


 試合は両チームとも、投手が頑張り一対二。一点リードで最終回、七回の裏、相手の攻撃。一アウトを取った後、フォアボール、ツーベースと続き一アウト二塁三塁。相手の打者は七番。


「博美、このバッターの今日の成績は?」


 博美はスコアブックを確認して答える。


「えっと、最初の打席でライト前ヒット」


「あ、あのポテンヒットな」


「二打席目はライトフライです」


「あれは結構しっかり捕えてたな。卓弥のファインプレイでアウトにしたやつやな。八番と九番の成績は?」


「えっと……」


「スコア貸せ」


 勇介は自分でスコアブックに目を通した。


「二人共三振ばっかりやな」


 勇介は暫く考えて監督に提案する。


「監督、タイムかけてマウンドに行って下さい。このバッターにはフォアボールを与えてもいいのでくさい所に投げさせましょう」


「そうですね。分かりました」


「タイム!」


 後藤監督はタイムをかけマウンドに向かった。


「博美、相手のメンバー表見せてくれ」


「はい」


「やっぱりそうか」


 八番・九番は四年生だった。六年生の三浦の速い球に全くついていけないレベル。七番バッターを完全に敬遠して満塁策をとるのも手だが今日の三浦は少しコントロールに難がある。押し出しも怖かったのだ。

 後藤は帽子を取り、主審に一礼してベンチに戻ってきた。後藤がマウンドに行っている間、相手監督は七番バッターをベンチ前に呼び、何やら耳打ちしていた。スクイズか? それとも打ってくるのか? 相手の控え選手も全員四年生。どの道この七番バッターで勝負してくるな。


「監督、ウエスト――敢えてストライクゾーンを外しボールゾーンに投球する事――のサイン出して下さい」


「分かりました」


 後藤は勇介の言う通り、ウエストのサインを出した。


 初球、三浦がセットに入る。


 ――タタタタッ――


 足を上げた瞬間ランナーが走った。初球スクイズだ。


 三浦の投げたボールはバッターのアウトハイに大きく外れた。

バッターが飛びつく。


 ――コン――


 ボールは一塁線に転がった。


「触るな!」


 勇介が叫んだ。


 ボールは一塁ベースの手前で白線の右側にきれて止まった。


「ファール!」


「フウ」


 ベンチ内で複数の溜息。


 二球目、外角のボール気味の球に手を出してくれてファール。これでノーボール二ストライク。投手というものは有利なカウントになると欲が出てしまうものだ。


「三浦」


 勇介は立ち上がり「広く行け」というジェスチャーをした。理解したようで三浦は勇介の方を見ながらうなずいた。その後、ボール、ファール、ボールと続き平行カウント。

 六球目、前進守備をしていたセカンドの前にゴロが転がった。三塁ランナーはスタートをきっている。


「バックホーム!」


 キャッチャーが叫んだ。


 三塁ランナーは間に合わないと思い踵を返し三塁ベースに戻ろうとするが、すでに二塁ランナーが三塁ベースを踏んでいた。

 キャッチャーはボールを持ちながらゆっくり三塁ベースへ向かう。三塁ベースを二人のランナーが踏んでいる。たまにあるケースだ。キャッチャーは二人のランナーに「トン、トン」とタッチ。三塁塁審はアウトをコールした。


 元々三塁にいたランナーが塁を離れてベンチに向かう。

 勇介は目を疑った。


「尾崎! ベース離れたランナーにもう一度タッチせー」


 五年生の尾崎は言われた通りタッチした。なぜもう一度タッチが必要なのかは分かっていない。


「アウト!」


 再度三塁塁審がアウトのコールをした。


 続いて主審がコール。


「ゲームセット、集合」


 意味の分からない選手達は首をかしげながら整列した。


 主審は整列した選手に事情を説明しているようだ。選手達は皆理解したような表情に変わった。そして、主審は右手を上げる。


「ゲーム!」


 選手達は理解できたようだが父兄達の頭の上に「?」マークがたくさん浮かんでいる。


「どういうことなんですか?」


 三浦のお母さんが他の父兄数人を引き連れ勇介の元へやってきた。


「一つの塁に二人の走者がいる場合、前の走者が優先されるんですよ。サードの尾崎君が二人にタッチした時、アウトになったのは後のランナーなんです。前のランナーは自分がアウトになったんやと思いベースを離れ、その後もう一度、尾崎君がタッチしたので前の走者もアウト。結局ダブルプレイが成立したんです」


 三浦さんは感心したような表情をした。


「へー、そうなんですか。勉強になりました。午前中の低学年のケースといい、今回のケースといい、ルールを知っているとお得ですね」


「まあ午前中のはちょっとレアなケースですけどね。たださっきのケースはたまにありますね。どっちに優先権があるのかをちゃんと覚えていればいいだけの話しですから。少しずつこういう細かいルールも教えていきますんで」


 今までイーグルスの指導者の中に野球経験者がほとんどいなかったので、父兄達は勇介の存在に感謝していた。


「よろしくお願いします。今まで経験者の方の指導を受けてこなかったので、みんな金子コーチにワラにもすがる思いで期待しているんですよ。」


「あっ、はい。頑張ります」


 そう言った後、


「俺はワラかい」


 父兄に聞かれないようぼそっと呟いた。


 夕方、後藤監督が全員を集めで話を始めた。


「はい、みなさん今日はお疲れ様でした。低学年も高学年も一回戦突破しました」


 子ども達は皆笑顔だった。子ども達より大はしゃぎで拍手喝采を送ったのは父兄達だ。監督は続けた。


「勇気、よく頑張ったなー。急きょ田中が出られなくなってその穴をよく埋めてくれました」


「イエーイ、お兄ちゃんすげー」


 栞那が無邪気にはしゃぐ。


「お、栞那ちゃんもお兄ちゃんと一緒に野球やってみるか?」


 いきなり監督から振られた栞那は博美の後に隠れ、


「えー、どうしよーかなー。三浦舞ちゃんがやるならやろうかなー」


 と答えた。


 慌てた様子で三浦コーチの奥さんが栞那にお願いした。


「ひえー、かんちゃん勘弁してよー。やっと昴が来年卒業してお茶当番から解放されると思っているのに、舞が入ったらあと四年もしなきゃなんないよー。無理無理」


 和やかな雰囲気の中、解散となった。


 いつもと同じ道を歩いて四人は家を目指す。


「ママ買い物して帰るから二人でメニュー決めてよ」



「ドリアー」


 即答したのはやはり栞那だった。


「勇気、どうするの?」


「えー、じゃあいいよ。ドリアで」


 とにかく勇気は栞那に優しいのだ。


「やったー」


 しかし栞那の頭の中に「譲る」という文字はないようだ。


「じゃあママ買ってくるね。勇気、帰ったらすぐお風呂入ってね」


「うん」


 博美は一人スーパーへ向かった。


「ねえ、ねえ、パパ。来週も試合あるんでしょ? お兄ちゃんも出るんでしょ?」


「試合に出られるかどうかは分からへんけど、試合はあるで。二回戦や」


「絶対出られるよね? うん、出る出る。お兄ちゃん、頑張れー」


 明らかに「お兄ちゃんの為の頑張れ」ではなく、「栞那の為の頑張れ」である。

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