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野球の女神はどっちに微笑む?

 翌週の土曜日、開会式直後に低学年チームの一回戦が行われる。相手はホークス。


 イーグルスの低学年チームは四年生六人と三年生五人、それに二年生が二人いる。四年生の六人は皆レギュラー。三年生は勇気と佐藤武以外の三人がレギュラーになっている。佐藤武は勇気の一週間前にチームに入った子だが、全く試合に出られる力はない。三年生のレギュラーは和田哲也、西村俊之、田中英人の三人。三人共二年生の時から野球を始めているらしい。


 今日の朝早く、田中英人の母から木村監督に電話があり、英人が風邪をひいてしまい試合に行けないという報告を受けていたようだ。試合前のアップ中、木村監督が勇気に声をかけた。


「勇気、今日はスタメンで行くぞ。しっかり準備しろ」


「えっ?」


 勇気は驚き目を丸くした。


「えっ? じゃねーよ。試合に出たくてうずうずしてる選手はいっぱいいるんだ。他の選手に代わってもらってもいいんだぞ」


「え? あっ! いや。出たいです」


「よし。なら準備しろ」


「あ、はい!」


 そう言って勇介の顔を見た。嬉しそうな顔をしていた。


 イーグルス先攻で試合が始まった。勇気は九番ライト。勇気より博美の方が緊張しているようだ。栞那は相変わらず、


「お兄ちゃん、頑張れー」


 と連呼している。


 初回、イーグルスは無得点。


 その裏、ホークスの攻撃。先頭は左バッターの四年生。


「ライトに打たんといてくれよ」


 勇介は小さな声で神様に祈った。


 三球目、セカンド方向にするどいゴロが飛ぶ。二塁手和田の正面へのゴロである。しかしイレギュラーなバウンドをしたその打球はグローブの下を抜けてしまった。


 和田のトンネルした打球は打球は勇気の前に転がりシングルヒットとなる……はずだった。


「何?」


「おい」


「あちゃ」


 ベンチ内から、何かあり得ない物を目撃した時のような声がした。


 先日「ナイスカバー」と父にほめられた事が嬉しかったのだろう。勇気はカバーに意識を置いて守っていた。


 勇気はセカンドゴロが飛んだ瞬間、ファーストのカバーに走っていたのだ。


 勇気は慌ててUターンした。打球を追いかけるが追いつく訳もなく、右中間を転がり続け、ランニングホームランとなってしまう。


 勇介は「俺のせいや」そんな顔で頭を抱えた。先日勇気のカバーを褒めた時、ちゃんと教えていなかったのだ。サードゴロとショートゴロの時はファーストのカバーに行くが、セカンドゴロの場合はセカンドのカバーが優先であるということを。


 ベンチに帰ってきた勇気は泣いていた。それでも皆に励まされ二回裏の守備に就いた。


 その後お互い点を取り合い四対四の同点。最終回の五回表、二アウト満塁。バッターは勇気。今日の三打席目である。


 初球、甘い球がきた。しかしファール。その後ボールが三つ続いて三ボール一ストライク。


 そして五球目、皆が一球待ってくれと願っただろう。ボールの軌道は勇気の膝より下を通過しそうだった。ベンチから見ているとボールの高低はよく見えるものである。


「よし。ボールや」


 勇介がそう叫んだ瞬間、


「カン」


 勇気は打ってしまった。


 打球は三遊間へ緩いゴロ。ショートが打球に追い付きファーストへ投げる。勇気は走った。懸命に走った。


「走れー」


「行けー」


 勇気が一塁ベースを駆け抜けた。


 一塁塁審の両手が地面と水平に開いた。


「セーフ!」


「おー」


「やったー」


「いいぞ、勇気」


 大歓声があがった。勇気の人生初ヒットに博美はすでに大泣き状態である。勇介の目も潤んでいた。木村監督も勇介に抱きついて喜んだ。


 その後、後続が倒れチェンジとなるも、勇気のタイムリー内野安打により一点リードで最後の守備に就く。

 この回を守りきれば勝利。イーグルスの選手達は意気揚々とグランドへ走って行く。


 先頭バッターは三振に仕留めたものの、続くバッターにフォアボール、ヒット、フォアボール。


 チャンスの後にはピンチが、ピンチの後にはチャンスが、とは良く聞くが、野球の七不思議の一つであるその言い伝えはその日もやってきた。一アウト満塁の大ピンチを招いたのだ。エース木村がふんばり次の打者をショートゴロ。

 前進守備をしていたのでバックホームでフォースアウト。だがまだ二アウト満塁のピンチが続く。


 次のバッターが初球を簡単に打ち上げてくれた。ショート定位置付近のイージーフライであった。


 皆が勝利を確信した瞬間。


「あー」


「おい」


 ショートの辻井が落球してしまったのだ。


 二アウトなのでランナーは打った瞬間に走るものである。三塁ランナーはスタートを切っていた。しかし一塁ランナーと二塁ランナーは何故かハーフウェイ状態。おそらくアウトカウントをきちんと認識していなかったのだろう。勇介自身も小学生の頃はアウトカウントを忘れることがたまにあった。


 チームの誰もが同点を覚悟した。しかし勇介は勝機を一瞬で見出した。


 落球したボールを辻井が拾った。その目の前にハーフウェイをしていた相手の二塁ランナーがいる。辻井がランナーにタッチしてアウトを取ろうとした瞬間、勇介はベンチから叫んだ。


「辻井! タッチするなー。二塁ベースを踏むんや!」


 辻井はきょとんとしながらも勇介の言う通りベースを踏んだ。三アウトである。珍しいケースである。


 これで試合終了だと認識していたのは勇介だけ。審判団も相手チームもイーグルスのメンバーも延長戦の準備を始めたのだ。サードランナーがホームインした後の三アウト目なので、一点入り、同点となってのチェンジ。と皆が思っていた。


 審判に抗議が出来るのは監督のみと定められているので木村監督に状況を説明するが、今ひとつピンときていない様子だった。


「アウトセーフの抗議ではなく、今のプレイの判定はルール自体が間違っているので僕から審判のみなさんに説明させて下さい」


 勇介は審判団に申し出た。


 審判の了承を得て勇介が説明を始めた。


「最後のアウトは二塁ベースを踏んで取りましたよね? フォースアウトなので三塁ランナーのホームインは無効です」


「あ、そうか。その通りですね」


 主審はすぐに理解してくれたのだ。


「もし最後のアウトが二塁ランナーにタッチして取っていれば、三塁ランナーはタイムプレイになるのでホームインが認められますが」


 そう付け加えてベンチに帰ってきた。


「集合!」


 主審の声で両チームの選手達が審判団を挟んで整列した。主審は選手達に事情を説明した後、右手を高々と上げ、ゲームセットを宣言した。


 相手の監督は理解できたようだが、まだ状況を把握できていない父兄達の為に説明しているようだ。


「いやあ、金子ヘッド、ファインプレイでしたね。すみません。うちの息子がフライを捕っていれば済んでた話ですよね」


 辻井のお父さんが話しかけてきた。


「いえいえ、選手達もいい勉強になったんじゃないですかね」


「それにしても勇気君、あの場面でよく打ちましたね。足も速いし」


「ありがとうございます。ヒヤヒヤでした。まあええ所にゴロが飛んでくれました。きっちりボール球を見逃していれば良かっただけのことなんですけどね。何より勇気が喜んでるみたいやし、今日はよしとしますわ。今日は野球の女神様がうちの味方をしてくれましたね」


すると栞那が近づいてきた。


「お兄ちゃん、すごかったね」


 勇気と博美も勇介の所へやってきた。


「お兄ちゃん、やったね! ねえねえママ、今日もご馳走でしょ?」


 どうやら栞那の中では「お兄ちゃんの活躍」=「ご馳走」と、決まっているようだ。


「栞那ね、あのね、うーんとね、そうだなあ、ドリアが食べたい。ねえねえママ、いいでしょ?」


 まるで自分のお祝いのようなねだり方である。


「お兄ちゃんのお祝いなんだから、お兄ちゃんがドリアでいいって言ったらいいよ」


「えー、俺ステーキがいいな。ぶ厚いやつ」


 勇気が反論する。


「えー、なんでー? ねえねえお兄ちゃん、ドリアにしようよー」


「ほな喧嘩にならんようにパパの好きなロールキャベツにしよか?」


「いややー」


 勇気と栞那が声を揃えて言った。


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