ナイスカバー
一ヶ月ほど経った土曜日、イーグルスは一週間後に迫った葛南リーグの春季大会に向けて練習していた。明日の日曜日は練習試合が組まれている。勇気も毎週楽しんで練習していた。
「パパー、栞那ね、お砂場で舞ちゃんと遊んでくるね」
「あんまりどろどろにお洋服汚したら、ママに怒られんでー」
「ハーイ」
栞那も土日は練習について来るのが当たり前になってきている。
今日はシートバッティングをやっていた。勇介は手の空いている選手を順番に呼び、ネット裏でティーバッティングのトスを上げてやっていた。たまにシートバッティングに目を向けその様子をチェックしていたが、どうも三遊間の二人の悪送球が目立った。その時投手が二塁へけん制した。センターの選手は少し前進し、けん制のカバーに入ったがレフトとライトの二人は棒立ちのままだ。
「いかん」
勇介はすぐさま選手全員を集合させる事にした。
「集合!」
勇介の大きな号令により、選手達は一目散に勇介の回りに円を描いて集まってきた。
一糸乱れぬ綺麗な円――
とまではいかないが、これも勇介が指導した集合である。
これまでは後藤監督が集合を掛けてもジョギング程度のスピードでバラバラと集まっていた。
「今見ててんけど、ピッチャーが二塁にけん制した時、センターの西脇はけん制のカバーに入ったやろ? なんでレフトとライトはカバーに入らんかったん?」
選手達もコーチ達もその答えが分かっていないような表情をしていた。
レフトを守っていた五年生の榎木が答えた。
「二塁へのけん制なのでセンターだけでいいと思ってカバーに行きませんでした」
「ほなな、けん制球が二塁ランナーのヘルメットや膝、背中なんかの硬い部分に当たったらどないなると思う?」
「あっ、そうか」
勇介の問いかけにキャプテンの三浦が口を開いた。
「三浦、どないや」
「あっ、はい。ランナーにボールが当たればいろんな方向に転がるかもしれません」
「せやろ? せやからレフトもライトも二塁ベース方向に近寄ってカバーせなあかんのや。ひとたびボールが動けば、全員が動かな。ほな元の位置に戻って再開や」
「ハイ!」
シートバッティングも終わり、練習も後半に入った。
博美は他のお母さん達にスコアの付け方を教えているようだ。勇介と知り合う前はインフィールドフライの意味さえ知らない野球音痴であったがたいしたものである。
勇介は自腹で買ったミズキ社製の木製ノックバットを握りノックを始めた。時間いっぱいノックバットを振り続け、ラスト一球はキャッチャーフライを打ち上げた。
「おー! すげー!」
コーチ陣から歓声が上がった。
このキャッチャーフライがノックの中で一番難しいのだ。試合前のシートノックでもラストの一球でキャッチャーフライを打って締めるチームが多い。さしずめノッカーの腕の見せ所といった感じである。勇介の打った一球は見事に高く舞い上がった為、コーチ陣から拍手喝采を受けたのだ。
試合前のシートノックは今まで後藤監督や木村監督が行っていた。しかし二人とも一発でキャッチャーフライを上げられたケースは少ないらしく、センター方向に飛んで行ったり空振りしたりと恥ずかしい思いをしてきたようだ。そこで次の試合から高学年チームの試合と低学年チームの試合の時間が重ならない限り、勇介がノッカーをすることになったのだ。
「やっぱり関西でバリバリ甲子園目指して四番はってた人は違いますよね」
と木村監督。
「いやあ、目指してただけで甲子園には出てないですから。四番って言うても田舎町の公立高校ですし」
謙遜してみせたがさっきのキャッチャーフライは自分でもかなり満足のいくものだった。
「あっ、翌日の練習試合では、来週の公式戦を意識して戦った方がいいと思うので、無理に勇気を使わなくていいですよ」
勇介が木村監督にそう申し出た。
「分かりました。展開にもよりますので明日様子見ながら決めますね」
翌日の練習試合、相手は葛南リーグのある隣町の平田サターン。高学年は四対五で勝利した。だがやはり内野手の一塁への送球ミスが多かったのだ。
試合後の反省会で後藤監督が勇介に振る。
「金子ヘッド、一言お願いします」
「はい」
勇介は続けた。
「このチームを見るようになってからずっと気になっててんけどな、内野手の送球が悪すぎるな。ノックってなんの為に受けてる? 大久保」
「えっ、あっ、はい」
ショートを守る大久保が自信なさそうに答えた。
「えっとー、守備が上手くなる為……です」
「まあそやな。なんの為に守備上手くなりたいんや? アウトを取る為やろ? ちゃうんか?」
「そうです」
「お前らのノック受けてる姿を見てたらただゴロを上手く捕っておしまいやんか。ゴロを上手く捕ってファーストへ投げてファーストが捕る。それでやっと一個のアウトが取れんねんで。上手くゴロを捕っても暴投するくらいやったらその場でお手玉した方がましやん。バッターは一塁で止まってくれんねんから。暴投したら二塁まで行かれてしまうんやで。ノック受ける時の意識変えなあかん。ファインプレーもええ事や。でもな、もっと大事な事は『アウトにできる打球を確実にアウトにする事』や。イージーゴロさばいても誰もほめてなんかくれへん。せやけどその積み重ねが三つのアウトになるんや」
「ハイ!」
その後、大久保コーチと三浦コーチから一言ずつあり反省会は終わった。
午後の低学年チームは三対八で勝利した。点差があったので最終回に一イニングだけ勇気はライトの守備に就かせてもらったのだ。
守備機会は無かった。相手の最後のバッターは、二アウトランナー無しからサードゴロを打った。一塁でアウトになり試合は終わったのだ。
勇気はサードゴロが飛んだ瞬間、ライトからファーストのカバーに走っていた。しかしそのカバーに気づくコーチはいなかった。
勇介は家に帰ってから勇気を褒めてやった。
「勇気、最後ナイスカバーやったな」
勇気は嬉しそうに勇介の顔を見ていた。