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勇介・コーチデビュー

 翌週から勇介は精力的に動いた。


 まず手を付けたのはキャッチボールである。

 選手全員、キャッチボールを「練習前の肩慣らし」程度にしか考えてないようだ。まずこの意識を変えなくてはならない。

選手全員に集合をかけた。


「今、みんなのキャッチボールを見ていました。キャッチボールって何の為にやってると思う?」


 六年生のキャプテンに問いかけた。


「あっ、キャプテン、名前なんやったっけ?」


「三浦昴です」


 三浦は続けた。


「今から練習するので肩を慣らす為です。キャッチボールしないでいきなり強く投げると肩を壊すので。あと、野球の基本なので」


 間違ってはいない。しかし思った通りその程度の認識だった。


「そうやね。いきなり強く投げると肩や肘を壊してしまいます。三浦キャプテンの言う通りやね」


 三浦コーチの息子のようだ。


「でも、キャッチボールってそれだけやないんよ。コントロールを身に付けるのもキャッチボール、肩を強くするのもキャッチボール、正しい投球フォームを身に付けるのもキャッチボール。君達六年生が高校三年生になって、夏の甲子園予選に臨むまで、何往復くらいのキャッチボールをすると思う?


「わかりません」


 六年生の大久保がさっぱり見当もつかない様子で答えた。


「何回くらいなんですか?」


 三浦が勇介に聞いた。


「どやろ?」


 勇介もわかっていない。


 大手企業の経理課に勤める大久保コーチが携帯電話の計算機機能を使い計算を始めた。


「平均的に十秒くらいで一往復ですかね? 小学生の間は土日のみの練習だから、今の六年生は年間で約百日間。中学も高校も三年生の夏に引退するから二年半で八百八十日くらいかな。盆正月の休みもあるし。合わせて……千八百六十日間くらいですね」


大久保コーチが続ける。


「行く学校にもよるけど、一日平均二十分キャッチボールするとして、一日に百二十往復だから、二十二万三千二百往復くらいですかね」


「大久保コーチありがとうございます。中学、高校と君達のレベルが上がれば、一往復の時間も短くなるし、キャッチボールの時にクイックもするから、二十五万回くらいはするやろな」


 子ども達はその数字に驚いている様子である。


「すげー」


 キャプテンの三浦が続けて話す。


「二十五万往復ってことは二十五万回投げて、二十五万回捕るってことですよね?」


 当たり前のことである。しかしいいところに気づいてくれた。


「そやで。俺が言いたかったんは、その二十五万回を今までみたいに適当に投げるのと、一球一球真剣にテーマを決めて投げるのでは、高校三年になった時にむちゃむちゃ大きな差になるっていうことや。みんなもそう思わへん? 二十五万往復やで」


「思います」


 子ども達が口々に言う。


「ほな元の位置に戻ってキャッチボール再開や。一球一球真剣にな」


「ハイ!」


 全員が声を揃えて返事をし、練習を再開した。


 後藤監督が勇介に近づいてきた。


「さすがですね。いいお話しをいていただきました」


「いえいえ」


「パパー」


 栞那の声である。


 栞那と博美が見学にやってきた。


「あっ、かんちゃん!」


「あ、舞ちゃんもきてたの?」


 栞那と同い年くらいで、ショートカットの可愛らしい女の子である。


 三浦昴の妹で栞那とは同級生らしい。


「かんちゃんママ、ちょっといいですか?」


 博美に声をかけてきたのは三浦コーチの奥さんだ。

 娘が同級生同士なので「勇気君ママ」ではなく「かんちゃんママ」と呼ばれているようだ。母親達が順番で「お茶当番」なるものをしているようで、その説明をうけているらしい。


 勇介は勇気のキャッチボールを見ていた。やはり運動能力が高いのだろう。始めたばかりにしてはそこそこ形になっている。しかし投げ方に悪い所があったので近づいて直接指導したかったが、息子の所へますぐ行ってしまうと周りの目が気になる。そこで三人ほど投球フォームの指導をしてから勇気の所へ向かったのだ。やはり小心者である。


 栞那と舞が邪魔にならないようにグランドの隅でキャッチボールをして遊んでいた。


「おう。栞那も上手にボール捕ってるやん」


 勇介はつぶやいた。


 その日の練習も終わり、監督が皆を集め来週練習試合があることを皆に伝える。


「相手はAKキッズです。皆も知っているように、毎年うちのリーグでは上位に入る強いチームです。失敗を恐れず頑張りましょう。我がイーグルスはここ三年ほどAKさんには勝っていないですが、胸を借りるつもりで落ち着いていきましょうね」


「ハイ!」


 イーグルスやAKキッズの所属する葛南リーグには八チームあるようだ。各チームには六年生主体の高学年チームと四年生以下で構成される低学年チームがある。イーグルスの低学年チームは四年生が少なく来週の練習試合では、野球を始めたばかりの勇気も少し出してくれるらしい。五人のコーチの中に、低学年チームの監督を兼任している木村コーチがいろいろ勇介にリーグの事情などを教えてくれた。


「じゃあ金子ヘッド、お疲れ様でした」


「木村コーチ、お疲れ様でした」


 今日も四人で歩きながら家に向かう。


「来週、勇気も試合にちょっとだけ出られるみたいやで」


「えー、自信ないよ」


 うつむきながらそう答える。


「始めたばっかりやから上手に打ったり捕ったりでけへんのはしゃあない。楽しんでやったらええねん。三回おもいっきりバット振ってベンチに帰ってきたらええやんか。それで充分や」


「うん」


 勇気は勇介の言葉で安心したのだろうか。少しはにかみながら答えた。


「勇気頑張ってね」


「お兄ちゃん、頑張れー」


 四人は期待に胸を膨らませ自宅の玄関へと消えていった。


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