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プレイボール

 勇介と勇気がグランドに到着すると、初老ではあるがダンディーなユニフォーム姿の男性が満面の笑顔で迎えてくれた。


 後藤監督である。


「勇気君こんにちは。監督の後藤です。今日から一緒に野球頑張りましょうね」


「はい」


 うつむきながら勇気が返事をする。


「後藤監督、宜しくお願いします」


 勇介は勇気の頭を押さえ、強制的にお辞儀をさせた。


「勇気君、じゃあ早速みんなと一緒に練習しようか」


 今度はコーチらしき背の高い男性から声をかけられ、勇気はグランドへ向かった。


 ランニング、準備体操を終え、初めてのキャッチボールを始める。


「勇気君パパ」


 監督が勇介に声を掛けた。


「勇気君パパは野球やっていらしたんですよね? 最初のキャッチボールなんで勇気君と一緒にしてもらえませんか?」


「あ、はい」


 実はやる気満々自分のグローブも持ってきているのだが、なんだかいきなりマイグローブを出すのも恥ずかしく、監督のグローブを借りて勇気とキャッチボールを始めたのだ。案外小心者なのか。


 二十分ほどでキャッチボールが終わった。


「十分休憩、みんな水分摂れよ」


 コーチの誰かが選手達に声をかけると、監督が勇介に近づいてきた。


「勇気君パパ、上手いもんですね。どれくらい野球やってこられたんですか?」


 勇介は自分の野球歴を説明した――もちろん高校時代は四番だったことも――


「凄いじゃないですか。私はこのチームの監督を五年やってるんですが、野球経験は中学までなんですよ。子ども達にもっともっといろんなことを教えてあげたいんですが、経験が少ないのでたいしたことも教えられず、毎年リーグの最下位争いをしてるんです。コーチも五人いますが、みんな野球経験のないお父さんコーチばかりで」


 確かにキャッチボールの姿を見ていると決して強いチームには思えなかった。


「チームに入っていただいたばかりでこんなことを言うのもなんなんですが……」


 監督がそう言って数秒の間があり、続けた。


「良かったら来週からコーチになってもらえませんか?」


「えっ、コーチですか?」


 そこへ、暇を持て余していた博美と栞那が勇気の練習姿を見にきた。


「パパー」


栞那の甲高い声。


「おう、来たんか。お兄ちゃん頑張ってんで」


「お兄ちゃん、頑張れー」


「うっせえし」


 大好きな妹に応援されて嬉しくない訳はない。照れくさくて出た言葉だろう。


「あっ、監督すみません。うっとこの家内と娘です」


「こんにちはー。金子栞那でーす」


 元気な栞那の声。


「カンナちゃんかー。可愛い名前だね」


 照れくさそうに博美の後に隠れるが、すぐさま顔を出し監督に向かって笑顔を見せた。


「勇気のこと、宜しくお願いいたします」


 イケメン監督に発した博美のよそ行きの声。


 ――なんやねん、その声は!


 勇介はそんなことを思ったのであろう。少し不機嫌そうな顔をした。


 練習も終わり、監督が勇介に頭を下げた。


「コーチの件、是非ご検討下さい」


「はい。家族と相談して来週にでもお返事させてもらいますんで。今日はありがとうございました」


 歩道に落ちている桜の花びらを意図せず踏みながら、家族四人で家に向かう。

 西日を真正面から受けていた。少し眩しそうに博美が口を開く。


「コーチの件て、何?」


「うん、このチーム、野球経験者のコーチがいてないんやて。せやから来週から俺にコーチとして来てくれへんか? って言われたんよ。勇気と一緒に野球やりたいけど、そんな事したら土日は勇気に付きっきりになってしもて、栞那やお前に迷惑かけてしまうやろし。迷ってんねや」


「私も勇気には野球頑張ってもらいたいし、いいんじゃない? やってみれば? だいいち勇気と一緒に野球できるのなんて、人生の中であと四年間しかないんじゃないの?」


 妻の言葉に身震いがした。確かにそうだ。中学に行ったらコーチなど出来る訳もなく、勇気と一緒にグランドに立てるのはあと四年しかない。妻の言葉に押されコーチをすることを決め、早速監督に電話をかけコーチ承認を伝えた。


 勇介が電話を切ったころ、スカイツリーの遥か向こうに西日は沈んでいった。


 翌週、勇介は堂々とマイグローブを持参しグランドへ向かった。


 練習前、選手、コーチ、お手伝いに来ている父兄、全員を集め、監督が勇介を皆に紹介した。


「はーい、みんないいかなー? 今日からこのチームのヘッドコーチとしてみんなの指導をしてくれることになりました金子ヘッドです」


「えっ? ヘッドコーチ?」


 思わず口に出た。


 先輩のお父さんコーチのみなさんからも大きな拍手で迎えられたのだ。


 もうやるしかない。そんな表情を浮かべた。


 子ども達のアップが始まり、コーチ陣はノックやらの「仕事」が始まるまで、少し時間があった。監督、コーチ陣、勇介を含めた七人が集まり練習方法についてのプチ会議が一塁ベンチ裏の木陰で始まった。

 最初に口を開いたのは大久保コーチだ。


「今まで我々素人が練習メニューを決めてやってきましたが、折角関西の野球人が来てくれたんですから、練習メニューから何から全て新しくしていった方がいいんじゃないですか?」


 どうやら「関西の野球人」=「大阪のPM学園、東陰高校、奈良の知番学園、兵庫の東明大付属姫路、報拓学園、等の強豪校レベルの人」と思っているらしい。


「あ、いや。そんな強いチームでやってた訳やないんです」


 そう言おうとした瞬間、三浦コーチが大久保コーチの加勢をした。


「そうですよ。金子ヘッドに全面的にお願いして改善していきましょう」


 先週入っていきなりヘッドコーチになった勇介に対し、やたらと好意的だった。確かに練習を見ていると、弱いチームの典型的な練習だった。


 グランド二周のランニング、準備体操、キャッチボール、トスバッティング、フリーバッティング、ノック、ベーラン、ジョグ


 ――終わり――


「じゃあ任せてもらえれば頑張ります」


 勇介はそう答えた。


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