胸襟を開くための前段階
俺には、仲間がいた。
今では何をしているのかいまいちわからんが、共に前の魔王討伐を成し遂げた盟友と言っていい間柄だった。
名前はもちろん知ってはいる。知ってはいるが、ここでは割愛しとこう。
重厚な鎧を普段着のように着こなし、圧倒的な膂力で敵を粉砕し続けてきた戦士こと、人呼んで『血肉攪拌』。
強大な破壊魔術を連射する、圧倒的な面制圧力を誇った魔術師こと、人呼んで『更地敵陣』。
死にかけた俺たちを蘇らせる優れた回復魔術と状態異常魔術のクラウドコントロール能力で力を引き出した僧侶こと、人呼んで『屍操傀儡』。
きっとゲーム製作会社の中に一人武侠大好き人間がいたんだろう。
どう考えても主人公側の二つ名ではないのはまぁさておいて。
俺には、仲間がいた。
あの頃、ここが成長ファンタジアの世界と知らなかった俺は、とにかく華やかさにかけた漢祭りパーティーを編成した。
前世で時々、ハーレムパーティーとか言う奴がいた気がするけど、実際に同じような立場に立ってみて同じ選択が取れるだろうか?
勇者の敗北は、人類の敗北に繋がる。
勝たねばならない。何と引き換えにしても。だから勝算を上げるために仲間は実力第一で考えた。
あの時俺と一緒にいたパーティーは、同じ使命を帯びた同盟者同士であった。
けど……彼女らは違う。
俺は庇護者で彼女らは守られるもの。
夢に見るのはゲームの失敗画面。弟子たちの育成に手詰まり、戦闘で彼女らを死なせたBADENDだった。
そしてここは電源を消して、データを読み込めば蘇るゲームの世界ではない。
真剣に生きねばならなかった。
あ、なお俺の勇者時代の二つ名は『斬魔一閃光』だ。
格好いいだろ?
格好いいと言ってくれ。
ローマのコロッセオを思わせる広い決闘場で俺はルシアスと相対していた。
向こう側の観覧席ではフランシア姫がルシアスのほうに黄色い声援を送っている。俺の背後から弟子の三人娘が心配そうな目を向けていた。
「お勝ちになってください、ルシアス様ぁ!!」
そんな声を掛けている姫に対し、ルシアスは仏頂面をより強め、じっとねめつけるような視線を俺に向けている。
なんだこれは。俺はなんだかフランシア姫のほうがかわいそうになってきた。せっかく人から奪い取った婚約者ではないか、大事にしてやれよ。
「返事をしてやれ、色男」
「……ッ!!」
なぜ俺を睨むのだ。
ますます弟子の心理がわからず首を捻るより他無い。
俺は、少しずつルシアスとの間合いを詰める。
俺はもう、若くはない。
鍛錬を欠かしてはいないが、神剣の勇者として油の乗り切ったルシアスと真面目に戦って勝つことは骨が折れるだろう。
真面目に戦って勝つことが不可能とは言わない。
だが――ここは神剣の力を自分の力と勘違いしている馬鹿弟子に、敵に勝つには強さだけでは不十分であると教えてやらねばならない。
「色男だって?! それを先生が言うのか!!」
「言うなよ、俺も自分が人生のモテ期に突入しているなんて知らなかったんだ」
噛み付くような勢いの台詞に、俺は冗談めかして答えたがだいたい本心である。婚約破棄されたその直後に婚約を申し込まれた。それも三連発だ。
少しぐらい混乱もするだろう。そう言い笑いながら――虚を突く。
「で、もう始まってるんじゃないのか」
「っ!」
ルシアスが腰に下げた神剣に手をやる。柄を握り締め、一挙動で引き抜く。
その剣身からは青白い神威の雷光が迸り――。
だがその抜剣を妨害するかのように、俺が突き出した杖が――ルシアスの神剣の柄の先端と激突した。
予想外の角度、予想外のタイミングからの強打に、ルシアスの顔が驚愕で歪む。
神剣は強力だ。
ひとたび抜いてしまえば使用者に強力な能力強化を与える最強ランクの武器。
だが、しょせん道具でしかない。そして道具とは使わなければ効果がなく。
「抜かせなければ、お前は神剣の勇者ではない」
踏み込み、足から腰へ、腰から肩へ、肩から肘へ、肘から手首へ。
全間接を連動させて威力を生む剄力を杖より発し、ルシアスの剣を握る腕を弾き飛ばさせる。
そのまま杖をルシアスの脇に滑り込ませて――持ち上げ、投げ飛ばす。
槍術における山返しといわれる大技。そのまま俺の頭上を飛び越え地面へと叩き付ける。
「かっ……はっ?! な、ぜ……?!」
「お前の早さも鋭さも癖も、全て知り尽くしているよ。こう見えて先生だからな」
背中から地面に叩き付けられたが、俺が教えてやったとおりにしっかりと受身はできている。そこは信頼していた。
「お前、何に怒っている」
俺はつかつかと歩み寄り、どうしたものかと思いながらルシアスの前で座りながら尋ねた。
ルシアスは顔を背け、そっぽを向いて答える。
「な、何も怒ってなんかない!!」
「そうやって嘘を付いている時は顔を背けて目が泳ぐのがお前のわかりやすい癖だな」
「え?」
自分の顔に本心が書いてあると言われて、思わず目を瞬かせる。
本心を隠すことに不慣れなのか、狼狽した様子のルシアス。問い詰めるような視線をじっと注ぎ続けば……観念したかのように口を開き始めた。
「……数日前、フランシア様が僕の部屋にやってきた」
「元婚約者と間男との会話なんか知りたくないんだが」
と俺は真面目に言ったら、一緒に闘技場へと降りてきていた弟子たちに頬をつねられた。なぜ。
王とフランシア姫もここに来ている。フランシア姫は何か叫んでいるが、王の命令で侍女たちに抑えられていてはっきりとは聞こえない。
推測はできる。知られたくない自分の発言が暴かれるのを恐れているのだろう。
「先生を貶める手伝いをして欲しいと言われた。その……結婚は嫌だと」
「……そう言ってくれれば、素直に受けたんだがな」
俺は元婚約者の発言に、そんなもんだろうな、と頷いた。あの時ルシアスの影で見せた小ずるい表情。
王はじろりとフランシア姫のほうを物言いたげに睨んでいる。姫は哀れなほどに真っ青になって縮こまっていた。
「その……どこかの貴族の家に嫁ぐならともかく、借金のある男と一緒にいるなんて、嫌だと……」
「言わせておけ、言わせておけ」
「僕は姫に答えた。先生の借金は国が持参金として解消してくれるはず。先生は素晴らしい人だ――と」
ん?
俺はルシアスが師を弁護する発言をした事に首を捻った。
ルシアスは拳を握り締めると、ふるふると奮わせる。
「フランシア様はそれでも嫌だ、と答えた。そしてそのあとは罵倒の限りだ。
神剣の賢者ともあろうお方が借金をしているなど言語道断、きっと先の魔王討伐の報奨金は奢侈に費やされたに違いない。そのような人が夫になればわが国の資産も散財されるに違いない――。
先生の事に間違った理解をしているのはわかった」
俺もそこは頷く。
姫の、自分の婚約者に対する不見識は責められるべきかもだが、しかし考えそれ自体は間違えていないと思う。
「結局のところ、フランシア姫は借金塗れの男の下に嫁ぐのがいや。
そいつは分かった。……だがルシアス、お前はなぜ姫の底の浅い謀略に乗った?」
俺は尋ねる。
フランシア姫は俺との結婚がいやで、それを回避するために俺に濡れ衣を着せた。
蝶よ花よと育てられ、人を陥れる悪意の罠も子供じみていて、正直俺は名誉を貶められたというより、どっと疲れたというほうが大きい。
「……うるさい」
ルシアスは、相変わらず男にしては高い声で答える。
ただ、それは怒りや憎悪ではない。まるで癇癪を起こした子供が爆発する数秒前であるように思えた。
「ルシアス、お前が俺を嫌いなのは良くわかった。だがなぜ俺を嫌っているのか、それぐらいは教えても……」
「うるさい馬鹿!! 先生なんか大嫌いだ!!」
ルシアスは俺の言葉に――まるで大好きな人に縋りつく子供が、その相手から想像もしていなかった酷いことをされたような、どうしようもないぐらいに傷ついたような表情で驚きを見せて――くしゃりと顔をゆがめ、ぽろぽろと頬から涙を溢しながら俺の頬を張った。
「……な、なぜ泣く」
おかしい。おかしいぞ。
婚約者を奪われ、長年手塩にかけて育ててきた弟子に理不尽なキレ方をされたというのに、どうして俺のほうが悪い事をしたかのような反応をされるのだ。ひりひりする頬を押さえて答える。
「先生」
そう思っていたら、後ろから近づいていたアレクサンドラが俺の方を掴む。
ノイエもセリカも、二人ともルシアスのほうに近づき背中をさすってやったりハンカチを取り出して何やら慰めている。
「ここは私たちにお任せください」
「ああ? ……あー。悪い、頼めるか」
同じ弟子同士ゆえにこそ話しやすいこともあるか。
俺は一先ず、ルシアスの事は三人に任せて――王をじろりと見つめる。まずは王女に対する細やかな事を話さねばならない。
この異世界に転生してからはや三十余年。婚約者のいる女性が、正式な結婚もまだなのにそれ以外の男性の臥所に忍び入るなど大変な不名誉でもある。
ましてやそこで人に対する罵倒を繰り返したのだから、一発文句を言っておく必要があるだろう。
人を叱るのは精神的なパワーがいるのだがな。ルシアスの事は脇におき、まず王と話をする事にした。
そんなに長い話ではないのでたぶんあと2,3話程度です。