謎の逆ギレ王子
俺は、前世の頃、この成長ファンタジーに大いにハマッた。
如何にしてかわいい弟子たちを守り抜くか。どの戦術、どの要素を選択すればより効率よく鍛えることができるか。
そうして、周回要素の極みである『神剣の賢者』モードによる成長の爽快感にハマリ。
一ヶ月ほど寝ずにプレイして、最終の特別イベントを前に……以降の記憶を失ったのだ。
多分あれだ。
寝ないと人は死ぬ。
どうしてこんな当たり前の事さえ気づかないのだろう。
止めどころの見つからない超面白いゲームって怖いね! と思ったが、幸い転生したので俺は考えるのを止めて、今度こそ健康的に生きるのだぞ……と思ったが、生憎魔王がいて、俺は勇者で、世界を救わねばならんので世界を救って……。
そして――新たな魔王復活の報と、新しい勇者を育ててくれるように頼まれた辺りで……『アレ、これ成長ファンタジーの世界やん』と気づいたのであった。
幸い俺自身は先代の勇者。
そして選択したクラスはもちろん最強の『神剣の賢者』である。
四名の弟子、ルシアス、アレキサンドラ、ノイエ、セリカを隣国の王国で引き受けると、そのまま勇者育成の旅を重ね早十年。
出会った当初は泣き虫小僧であったルシアスが……まさか俺を陥れ、ハメようと悪知恵を働かせるようになるとは。これも成長といえば成長か。
俺は弟子の予想外の成長を嘆きつつ、言った。
「ルシアス。どういう意味だ。フランシア姫と俺は相応しくないと?」
相応しくないと言える人間は存在しない。魔王打倒の功績に報いることができるのは王女の降嫁による王族の仲間入りか、使いきれぬ金銀財宝ぐらいだろう。
先代の魔王を倒し、そしてルシアスを初めとする弟子たちを、魔王を倒せるほどに鍛えた。
けれども、俺の心には一抹の寂しさがある。
前世で遊んだ大好きなゲーム。周回要素を重ねて最強になった力を得て、弟子たちを必ず死なせまいと努力した。
魔王を倒し、最後に遺されたステージをプレイする前に急死しちゃったが、その結果がこんな形であったとは。
ルシアスは俺が『神剣授与』で与えた神剣を鞘に包まれたまま突きつける。
「そうだっ! お前がフランシア姫に暴行を働いたことは知っている!」
「そうですっ! ……わたし、賢者イーズィー様に組み伏せられて……婚約も発表はまだだったのに……穢されてしまいましたっ!」
ルシアスの胸に顔を埋めるフランシア姫の浮かべる、どこか小ずるそうな表情。
あー、なるほどと納得する。
俺は確かにかつての神剣の勇者、今は神剣の賢者だけど……先の魔王討伐で得た報酬は仲間達と等分したし、手元に残った金は……弟子たちの装備代に消えた。
だってしかたねーじゃん!! あいつらレベル1なんだよ? このゲーム『第1ステージが最難関』って言われるんだもん!
王様に貰った報奨金じゃ足りねーから、自腹でガチガチに武装固めたよ!! ここはゲームじゃない、セーブ&ロードなんて都合のいいもんはないから、せめて一撃で死なないように頑張るしかねーんだよ!! おかげで財布はすっからかんだよ!!
そんなわけなので、俺は一文無しどころか借金がある。
幸いなのは人助けばかりしていたせいか、俺に金を貸してくれる友人たちには事欠かなかったことである。持つべきものは友人だ。
「……そう考えるとフランシア姫が俺を見捨てるのも当然かも」
あー。
そりゃいくら元神剣の勇者とはいえ、借金ある男とはくっ付きたくないよねー。
隣国の王子であるルシアスのほうに乗り換えるのは当然かも。
ただし。
そんな風に考えていると……等々と、俺の罪状を並べたてていたフランシア姫が叫ぶ。
ごめん、右から左に聞き流していたぜ。
「あなたが行ってきた罪の数々……このような恐ろしいことをする人の元に嫁ぐなどできません!
お父様、どうかルシアス様との婚礼を認めてくださいませ!」
「うぐぐぐ……こ、この……」
フランシア姫が並べ立てた状況証拠は穴だらけ。王様もそれをわかって青筋立てている。
証人は全て彼女の友人知人だし。証拠も反論する貴族相手にルシアスの奴『姫の言葉を疑うのか!』などと言って説得力を無くしている。
第三者の魔術師に『虚偽看破』の魔術を掛けてもらえば一発で嘘とわかってしまうだろう。……いや、公平な第三者など、王族の権力が関わればそれも信頼できないか。
それに、別に王族との結婚にも興味ねーし。
「承知した。フランシア姫。俺はあなたとの婚約を解消する」
「「なっ?!」」
その発言に、驚きの声を上げるルシアス皇子とフランシア姫。
おいおい、何で驚く。お前達の思い通りに話は進んでいるんだぞ? まぁ俺はそのまま、王様に視線を向けた。
「い、イーズィー様! ど、どうか、どうかお見捨てなきよう!!」
「お父様、そのような破廉恥な男に敬語を使う必要などありませんわよっ!」
きゃんきゃんと耳に障る声が響くが、王は娘の声に聞きさえしない。
俺は首を振る。青い顔で平伏する王を押し止めた。
「王よ。俺も人です。謂れなき侮辱を受ければ腹も立つし怒りもする。あなたの娘に対して興味が失せたのも本当だ。
ただ……隣にいるルシアスは俺の弟子。貴女の娘を止めもせず、公の場でこんな馬鹿な事を言い出すような馬鹿に育てたことは……俺の失態です。
なら、子の教育に失敗した者同士、今回は水に流しましょう」
「せ、先生っ! 僕の事を馬鹿だと?! ふざけるなっ!」
俺はルシアスのほうに目もくれず答える。
「フランシア姫、後は好きになされよ」
俺はもう知らん。
「俺は神剣の賢者。弟子を育て、新たな神剣の勇者を育てるものに、やはり宮廷住まいは似合わん。
王よ。おさらばでございます。弟子たちよ、達者でな」
フランシア姫と結婚する――当初は美しい姫を手に入れることに多少男として興味はあった。
だがやはり……転生し、30と数年をこの世界で生き、そして魔王を倒せるほどに弟子を鍛えたことで……俺は後進を育てる喜びに目覚めていたのだ。
そして勇者を育てる場所はやはり戦場しかない。
ここは俺の場所ではないのだ。
「お待ちください、先生っ!」
「おわぁ?!」
さて。
姫様に振られた俺がいても仕方あるまい。俺は踵を返してこの国からおさらばしようとしたら……いきなり、アレキサンドラに服を思いっきり掴まれてコケそうになった。つんのめりながら振り向く。
「なんだ、アレキサンドラ。……お前は……もう巣立ちの時だ。お前だけじゃない、ノイエもセリカもだ。
ルシアスは……まぁもう少し頭を鍛え分別を付けさせるべきだったと後悔はしてるがな。だが免許皆伝をやろう、国許に帰り、胸を張って帰国するがいい」
「分かりました。帰国いたします」
「それでいい。お前達は俺の誇りだ」
俺はアレキサンドラの頭を撫でてやる。
弟子に取った当初、彼女は10かいくつかを過ぎた程度に幼子で。今では俺より少し下の背丈まで成長した。こうすれば、十年の歳月の重みを自覚する。
アレキサンドラは長い亜麻色の髪に碧眼のいかにもな姫騎士と言った女の子。
ノイエは黒目黒髪の修道女の服が似合う清楚な令嬢。
セリカは燃えるような赤毛と勝気な表情が美しい魔女。
三人とも美しく育った。国許に帰ればきっと幸福が待っていよう。魔王討伐の勇者パーティーという称号があれば、これからの人生は成功したも同然だ。
「ただし……帰国は私一人ではいやです。……せ、先生っ! 先生は今フランシア様に振られましたよね」
「……弟子よ、師を気遣うなら傷口を抉る真似はよせ」
俺は真剣に嫌そうな顔で答えた。
だが俺の気持ちなど気づかぬのか、アレキサンドラは叫ぶ。
「で、では……先生っ! このアレキサンドラが先生のお嫁さんになって差し上げますっ!」
「……んん?」
「なっ……何を言い出すのですか!」
おお、アレキサンドラの唐突な台詞に、ノイエが糸目を見開き、いかにも『怒ってます』という感じだ。
そうだ、言ったれ言ったれ! お前の台詞は『こんなオッサンに嫁ぐなど、女の幸せを棒に振るおつもりですか!』だ!
「アレキサンドラ、先生のお嫁さんになるのはこの私ですっ!!」
「おい」
俺の言葉は届かない。
「ちょ、ちょっと何二人とも勝手な事を言ってるのよ!」
ぷりぷりと頬を膨らませて不満そうに叫ぶセリカ。赤い髪を揺らしながら言う。
そうだそうだ! 頼む、姉妹弟子たちを止めてくれ!
「せ、先生はあたしとくっ付くんだから!!」
……あれー?
俺は首を捻った。
彼女たちを魔王さえ打倒できる最強のパーティーに育てたのは俺だが、しかしそこまで好感度を上げたつもりはなかったのに。
俺は杖をくるりと手の中でまわしながら尋ねる。
「……弟子たちよ。何を言ってるんだ」
「ずっと、ずっとお慕いしていました。でもフランシア様と婚姻なさると我慢しておりました。
ああ、でも……こんな事を、先生の不幸を喜ぶなんてあってはならないのに……わたしは、先生が自由になった事がとても嬉しいっ!」
アレキサンンドラは潤んだ目で俺を見上げた。俺は頭痛を感じながら諭してやる。
「馬鹿な。……いいか、アレクサンドラ。俺はもう30も越えた中年もいいところ。
名誉だけは山ほどあるが、山ほどの借金も抱え込んだままの男だ。こんな男などより国許に帰って幸せにしてくれる相手を探しなさい」
そう優しく諭してやろうと思ったのに、ふるふると首を振る彼女達。
「知っています。……先生が借金をしていたことなど」
「そうだ。こんな甲斐性なしの男など忘れて……」
「でも、それはわたくし達全員を確実に生き残らせるためですよね?」
どうにかして弟子たちを思いとどまらせようと言葉を重ねる俺。
そんな俺を弁護するかのようなノイエの言葉。
「先生っ!」「先生……」「せんせぇ……」
濡れた目の弟子たちが一斉に前後左右からしがみつく。
こら、放せと言って肩を押しても梃子でも動かないと言った感じで密着する。まるで捨てられそうな子犬が、主人の足元をうろちょろするかのような悲しげな瞳と声だ。
その時だった。
「ふ、ふざけるなっ!!」
神剣を腰に下げたルシアスが、目を吊り上げて叫んでいる。
荒々しく地面を踏み鳴らしながら近づいてくる。今にも剣を抜きそうなぐらいの気を漲らせ、睨む。……だが、この時、俺は僅かな違和感を覚えた。その正体がなんだか分からないまま、ルシアスの罵声が続く。
「そんなの、ずるいじゃないか!!」
「……人の婚約者を奪っておいて、お前がそれを言うのか」
俺はルシアスの怒りに苦笑した。
ああなるほど。アレキサンドラも、ノイエも、セリカも、大変に綺麗な美少女達であり、そしてルシアスはそんなパーティーの唯一の男性だった。ハーレムの主を気取っていたら、自分のものだと思っていた女たちが一斉に離れていったから……まるで奪われたかのような気分なのだろう。
だが同情してやる理由もない。俺は好戦的な笑顔を見せる。
つかつかと俺を睨みながら歩いてくるルシアスに、フランシア姫がすがりつく。
「ああ、ルシアス様っ! あなたの事を裏切るあのような女たちのことなどお忘れになってください。このフランシアがあなたの心を癒して差し上げますから……」
「後にしろっ!!」
だが……ルシアスはせっかく俺から奪い取ったフランシア姫など興味もないと言わんばかりに目を怒らせてにらみつける。
「許さない……先生。絶対に許さないぞっ!」
「……お前の怒りの意味が分からんぞ、弟子よ」
こんな逆恨みに等しい憎しみを俺にぶつけて、そのうえ……人の世を乱す邪悪にのみ奮われるべきである神剣を、私怨で引き抜いた。
是非も無い。
こうなれば、馬鹿な弟子に少しお灸を据えてやる必要がありそうだ。