私に友人は
私に友人は居ない。
ところが彼はこう言う。
「フレンドですね」
ああそうだな、と、私は答える。
「君が死んだら、友人として迎え入れよう。温かく」
「死体の僕を?」
「そうだとも」
現代に於いて人類は不滅の生物へと昇華しているが……果たして、彼にも生命再生装置は効果を発揮するのだろうか。私は断固として友人というものを否定したいのだが。
扉側のベッドに横たわったままで、彼は言う。「退屈そうですね?」
「まさか。最高の話し相手に出会えた私が、退屈など……有り得ないよ」
見え見えの法螺を言ったつもりなのだが、けれども彼は額面通りに咀嚼していく。
「そうですか! 嬉しいです!」
「…………」彼を見つめ、生物学上の違いを深く認識する。「……君が嬉しいのなら、私も嬉しいね。泣けてくるよ」
「知っています。それは、悲しくないものですね? 嬉し泣きです」
彼が我が病室にやって来てからというもの、既に三日が経っている――彼と話を続けていてわかったことと言えば、言語の使用に幾らかの不具合がある点だ。大雑把に言ってしまえば、それは酷く、人間らしくないのだ。まるで機械と話している感覚だ。――私は以前に家政婦用としてアンドロイドを購入したことがあるが、その時と正しく同じ体験をしていると言っていい(二十年も前の話だ、コマーシャルが言うには現行の販売品は、もはや人間と区別が付かないまでに精巧に造られているらしい)。たしか、最も優れたアンドロイドだという売り文句だった筈だが……それでも、まあ、言葉が通じるということ、それだけに関して言えば嬉しい限りなのだが(今まで故意に作り出した別人格と会話を繰り広げていた自分に恥を覚える程度には嬉しく思っている)、ジョークが通じない相手となっては、私としてはどうしようもない。毎日が退屈で――鬱屈としてしまって、仕方がないのだ。
どうにか守り切った窓際のベッドから起き上がり、見飽きてしまった雄大な夜空を眺める。きっとあの星々の内のどれか、どこかに私の求める理想郷というものがあるに違いない、と、僅かに馳せる思いを、そっと宙へ放った。
「芳しくない態度ですね」
「……パードゥン?」
「著しいまでの虚言癖?」
どうやらついに壊れてしまったらしい。
すっくと立ち上がり、かつてのブラウン管よろしく彼の頭を軽く叩いてみる。
「何をするんですか。髪の毛は命より大事だと、三階のお爺さんが……」
「あの人はスキンヘッドだ。お決まりのジョークだよ、それは」
「冗談? でも、お爺さんは、笑っていましたよ?」
「ジョークなんだから、笑いもするさ」
「……わかりません。嘘は、笑いながら言うものですか?」
ああ成程、と、私はようやく得心いく。
つまり、彼にはジョークと嘘との違いが理解できていなかったのだ。
軽く笑いながら、「そうだな……」と、彼に講義を行ってみる。
「いいかね? ジョークとは、確かに嘘の一種だが、しかし幸せな嘘というものが、世の中には然としてあるんだ。その従兄弟のようなものが、詰まる所、ジョークなんだ。わかるかね?」
「イエス」
よろしい、と満足しつつ、ゆっくりと窓際のベッドへと戻り、「では」と、もう一つばかり講義を行いにかかる。
「何か一つ、ジョークを言ってみたまえ。なに、上手くなくてもいい。ジョークに準ずるものならば、何でも構わない」
「わかりません」
「ふむ。では、手本が見たいかね?」
「いえ。終わりました」
「……?」自然と私の眉が寄る。「何がだね?」
「言いました、ジョーク。上手くないですか?」
あまり信頼出来なくなってきている我が記憶力を頼りに、この数秒の会話を思い出していく。彼はなんと言っていたのか。どこにジョークが隠されているのか。健常者と判断されている筈の我が身を信じ、正答を掴み取る。
聊かの頭痛と共に、ようやく理解をしたところで、彼を冷ややかに見遣る。「……君にジョークの才能は無いようだ」
「そうですか」
落ち込むでも喜ぶでもなく、彼はただ平然と、そう答えるのみだった。
私は肩を竦める他ない。
この数十秒が意味するところ――すなわち、彼の言った、「わかりません」という言葉は、だからジョークだったのだ。
どのあたりがジョークなのかと言えば、つまりは理解をしているのにも拘らず、敢えて理解を成していないのだと報告すること、それ自体をジョークだとしたのだ。
あまりに幼稚な文言に、その意味と理由とを理解した上で、私は呆れざるを得ない。
「ここが一階ならば……」
窓から飛び降りる事も出来ないほど、自らに勇気が無いことを呪って、私は現実から逃げるように読書を開始する。
本が唯一の友達だと言ったら、ドクター・リリィは笑ってくれるのだろうか。
「読み終わった本を、また読むのです? わかりません?」
言葉尻が半音上がった意味を、残念ながら私は理解できない。
それでも返答を行う私は、そうだろう、この病院一の聖人君子であると言える。
「もう百一回目になるね。この本を読むのも」
けれど――私にもまた、ジョークの才能は無いのだった。