昼と夜とが訪れない
宇宙の内では、二十四時間以内に昼と夜とが訪れない星のほうが多く存在するという。そしてこの星、『レッテル』もまた、人工的に作り出さない限りは昼がやって来ない環境だ――一日中、空の彼方に鮮やかな星々が煌めき映る。その光景を、一度でもいい、誰もが目にするべきだと、私は思う。この世の神秘を胸に秘めることで、後の人生に彩りを持たせることは、長い歴史の中でも明白を以て語り継がれていることだ。
明白――と言うと、私は一つの戯れを思い出す。それは、今朝方、看護婦が我が病室を訪れた時の事だ。彼女は珍しく楽しそうな面持ちをして、私に話し掛けてきた。
「どう? 素敵でしょ?」
視線を彼女へ遣ると――どうやら私をからかっているようなのだ。その美醜相半ばの顔立ちからは想像も出来ないほど、不細工な模様が瞼の向こう側で笑顔を作っている――それは、男性であるところの私も知っている、いわゆる《シートマスク》ないし《パック》という物だ。簡潔に言えば、後の美人への足掛かりとも言うべき、愚かな白壁である。
およそ他人に見られていいような姿でもない――だから、彼女は私を馬鹿にしているのだ。患者であるところの、本来ならば他人であるところの私に、そんな醜い様を晒すというのは、滑稽を通り過ぎて悪逆の沙汰だ。まったく理解不能である。きっと頭の螺子が外れてしまったのだ。おお可哀想に。彼女もまた、看護婦から患者へと成り下がった、迷える子羊だったのだ。
「どうなの? 素敵じゃないの?」
答えるのも億劫だ。なんせ、答えたら最後、私は患者と看護師との間を彷徨い続ける立場と相成るのだろうから。
「これ、最新の物なのよ? 明日には、この街で一番の女になっているわ」
「一番はマリーだよ。君じゃない」
この日において初めての発声を行うと、やはり看護婦殿は「マア」などと甲高い声を上げては私を非難するような目で見つめてくるのだった。もう慣れっこになってしまった応対も、もうじき飽きというものに変わるだろう。そうなったら最後、私は左手側の窓から飛び降りる。たったの二階だ。四肢の一つを犠牲にすればいいだけの話でしかない。
「後悔したって知らないから」
捨て台詞を吐いて、彼女は素早く我が病室を出て行った。後ろ姿に映える大きなお尻が、彼女にとって唯一とも言えるチャームポイントであると、私は俄かに確信をした。
時が経ち――現在は、昼食も遠い昔に済ませて、既に午後四時半。帰宅の足が疎らながらも窓から目撃できる頃合いにはなっている。
そして、この小さく真っ白な病室の端で、私はつらつらと考えている。
明白。
正しく、明白だ。
今朝の看護婦の顔――そうではない。
明白なのは、翌日の彼女の顔を見た私が、後悔などをしないことだ。それは約束された事実であり、また残酷にもしっかと現実であるのだ。
まあ、より明白であるのは、我が心内であるのかもしれないが。
「クリーンな精神病患者。それも良い」
まだ病名も聴かされていない私だったが――相も変わらず、この白い空間に磔にされている。いつの日か、また宇宙の端から端へと愛車で走り飛ばしたいものだ。それが叶う日は、必ずや訪れることだろう。だが、少なくとも、今年の内にそれが叶う事は無いと思っている。
何故なら。
私を診ていたドクター、その彼に、医師免許が無いことが公において発表されたのだ。おかげで、私の診断は始めからということになってしまった。私は彼が闇医者かペテン師かを考えたことがあったが、いみじくもそれは当たっていたということだ。
他の患者を先に診る――つまり、私は後回しということで、本日に置いては、新たなドクターは我が病室を訪れることはなかった。即ち、今日は無駄な一日、あるべきでない時間だったのだ。
明白を貶めて、明日を待たず後悔をする私の心は、隣の星にあるという大型病院ばかりを想っていた。