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古ぼけた病院


 アンドロメダ銀河内にて一軒の古ぼけた病院を持つ星を、人はなんと呼ぶのだろう?

 入院時から、はた迷惑な世話をしてくる看護婦が言うには、この星は『レッテル』という名称、その間抜けな名前で呼ばれているそうだ。

 時代は変わったものだ。かつて、人類は地球という星に住んでいた。醜い星だった。気が滅入ること請け合いの青色で覆い尽くされ、あまつさえ排気ガスに依り、一部――たとえばアジア一帯は全て灰と汚染ガスで埋め尽くされている――では『久遠の雲』が被ったままでいる。この手元に残る写真で見ても、やはり悍ましい。あんな土地に生まれたとあっては、もはや生まれながらの精神病患者だ。慈しみの情さえ湧かない。哀れなる《星の子》だ。

 人間にとって、では心豊かになる色とは如何なるものかと問われれば、浅学な私だ、答える術すらありはしないが、それでも何か言えと捲し立てられたとするならば、緑色がそうではないかと、私は恐る恐る答えることだろう。

 すなわち、自然。

 雄大なる草原ないし森林の、印象的たる光景、その主役こそが、正しく緑色なのだ。これを静養の遣いと言わずして何と呼ぶのか。心休まる背景が、まさか緑色では無いなど、あるわけもない。だが、私は浅学だ。

 だからといって、何のことはない。だから、関係は無いのだ。悲しいかな、現実とは時に非情で、また無愛想なものである――私の横たわるベッド、ないしこの部屋は、およそ九分通り、真っ白に染められている。(よごれ)(よごれ)と判断するのに時間を掛けない為か、全くの無地である白色が、見渡す限りの全面に亘って塗色されているのだ。愚生ながらに言わせてもらえば、この光景、そのものが大いなる病の根源だ。ほかの病室を見に行ったとき、めいめいの顔が窶れに窶れていたのは、他でもない、この一辺倒な配色にある。

 規則正しく張り巡らされたタイルの群れが、時には打ちっぱなしのコンクリートに見えなくもない、と、天井を感慨もなく見つめている最中、横開きの扉が、さほど音も立てずに開いた――廊下との遮音壁が開いたのだ、雑音の大小、その変化で、目線を向けなくとも、人が来たことなど手に取るようにわかって当然である。

「退屈そうですね。また、相手をしに来ましたよ」

 自らの退屈を、――おお神よ、迷える子羊だ、救ってやりたまえ――他人の退屈と混同する愚かなる看護婦が、またもや我が病室の戸を叩いたというわけだ。私は俄かに溜息を吐いた。

「チェスかい? このごろ嵌っている?」

「いえ。今は話がしたいわ」

 実に聴きたくない言葉だった。何せ、それは詰まる所、耳を塞ぎたくなるような醜聞混じりの戯言である愚痴が、正しく始まりを告げてしまう号砲のような言葉なのだから。

 だから私は、大仰にも咳を吐いたのだ。

「わざとらしい」

「喀血でね。患者だからね、私は」

「あなたは精神疾患よ。心以外は、どこも悪くない」

「じゃあ風邪だね。流行っているのだろう? 昨日も言っていたじゃないか」

「ここは病院です。風邪が蔓延しているとでも?」

「君に移された。今ね」

 言うと、看護婦は「マア」などとおかしな声を上げては不機嫌そうな態度を取る。――わかりきった、女性らしい仕草だ。想定内の反応とあって――こういう事ばかりは予想通りに行くんだから、人生ってのは本当に嫌な奴だ――私は内心の溜息をより一層大きくした。

「もういいわ。あなたなんて嫌い。さようなら!」

 ずかずかと歩いて――スカートの丈が絶妙に歩きにくそうな短さだ、もう少しでも早く歩けば無様にすっ転がることだろう――我が病室を出て行く看護婦。その背を最後まで見遣ることなく、私は打ちっぱなしのコンクリートで出来ている天井……もとい精巧な細工に依って施された、美しく退屈なタイルの群れである天井を、是非も無く眺めるようにした。

 忌々しい看護婦の愚痴を回避できたとあって、私の心は僅かに喜びと安心を覚えていた。けれど、それより強くあったのは、患者ゆえの、独特な心理状態だ。

 悠久の時が流れる感覚を、確かに味わう、この病室内。

 わかるだろうか、私の気持ちが。

 ただただ、退屈で仕方がないのだ。

「ふぅ、ん……」

 鼻息と咀嚼音とが重なって――リフレイン。毎日、同じ事の繰り返しだ。皆、何が楽しくて生きているのだろうか? 私にはわかるべくもない話だ。それでも退屈なのだ、誰か、説教と称してもいい、ご教授願いたいね。

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