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テンプレートな異世界へ

 恐らくというか間違いなく、俺は幸せな日々を送っていたとのだと思う。だからもし人生をやり直したいかなんて質問があったとしても俺が頷くことは無いだろう。

 友達には恵まれていたし、慕ってくれる後輩も構ってくれる先輩も居て高校生活は非常に楽しい。父さんも母さんもそれなりに優しく、妹との仲もそこそこ良好。家の中で険悪な雰囲気が漂う事は全くない。

 そんな中で生きられている今を幸せではないと言えるのならば、多分俺は一生幸せにはなれないのだと思う。


 そうだ。俺は幸せなのだ。

 まだまだ今の幸せに浸っていたい。

 それが俺、藤崎耕太の答えだ。

 それ故に起きてしまった状況に絶望しているのだろう。



 事の発端は俺が青信号の横断歩道を渡った事にある。

 そう、それだけだ。特別な行動もしていなければ何か前兆があったわけでもない。

 なのに悲劇は訪れた。

 トラックだ。

 居眠り運転でもしていたのか速度を緩めることなく赤信号を突っ切ってきたトラックに撥ね飛ばされたのだ。


「……ぁ」


 撥ね飛ばされて地面を転がる。視線の先には俺と同じく撥ね飛ばされたらしい、高校生位の少年が血塗れで倒れていた。恐らくというか間違いなく、俺も同じ状態になっているだろう。

 アスファルトを俺達の血液が赤く染めていき、それを捉える俺の視界は意識と共に徐々に薄くなっていく。

 そんな中で死にたくないと思った。走馬灯を見ながらそんな事を。

 そしてそんな事を考えながら、俺の視界はブラックアウトする。




 そして目が覚めると見慣れない天井が視界に写った。

 そう、写った。死んだはずの俺の意識は確かに此処に残っていた。


「……夢、か?」


 体を起こしながらそんな言葉を口にする。

 事故があった。だがしかし目が覚め意識どころか五体満足の体もある。それは即ちあの事故はただの悪夢だったのかもしれない。


 いや……かもしれないとかいう過去形の話では無く、そもそもまだ俺は悪夢の続きを見ているのかもしれないな。


 俺が寝かされていたのは宮殿の様な一室だ。当然の事ながら日本に住む金持ちでもない高校生はこんな部屋で眠りにつかない。

 そして……こんな血塗れなデザインという悪趣味なシャツは着ない。

 だから即ち夢の続きなのだと。


 そう自分に言い聞かせた。


 あのリアルな事故を夢だと言い聞かせた。

 そして言い聞かせれば言い聞かせるほど、かえってあの生々しい光景が浮かんできて俺にこんな考えを抱かせる。


「天国……じゃないよな?」


 あの事故は現実で、俺が居るこの場所は死後の世界なのではないだろうか。

 頬を抓っても目が覚めないのもあるし、夢にしてはいくら何でも思考回路がしっかり回りすぎている事もあるけれど、やはり何より事後そのものが夢だと思うにはあまりのも生々しい。

 死んだ後と思った方が納得ができる。


 ……最も死んでいようが生きていようが答えは出せない。夢なら覚めるか、死んでいるなら第三者から話を聞くか。そういった事でもなければ答えは知りえない。


 自分で言っておいてなんだが、この状況の第三者って誰だよ。神様とかか?


 そんな事を考えながら、俺はとりあえず寝かされていたベッドから起きる事にした。

 そして部屋の端に視線を向ける。

 扉があった。

 この部屋唯一の出入り口だ。


「……とりあえず此処に居ても仕方がねえか」


 部屋の中心のテーブルには来客をもてなすように、何やら色々な国のお菓子が置かれているようだったが、流石に今の気分でそういうものを摘まむ気にはなれない。とりあえず扉の向こうに進んでみよう。もしかしたら誰かがいるかもしれない。


 例えば……俺と一緒に死んだ奴とか。


 ……いやいや、勝手に殺しちゃ駄目だし、俺も自分で死んだと断言してしまうのはどうかと思う。それはあまり良くない。

 まあ何にしても行ってみようか。


 俺は扉の前に向かって歩き出す。

 そして扉まで目と鼻の先という所まで来た時だ。


 扉が勝手に開いた。否、開かれた。


「お迎えに上がりました」


 扉の向こうから現れた無表情なメイドさんは、そんな言葉を俺に向けたのだった。





 だけど具体的に何処からどういう目的でお迎えに上がったのかは教えてくれない。


「それは今私がお伝えできる事ではありませんので」


 扉の外に広がっていた豪勢な廊下を歩きながらこの場所の事を聞いたが、帰ってきたのはそんな言葉だった。

 いったい俺は何処に連れていかれるのだろうか。


 そんな事を考えても答えは出なくて、知っていそうなメイドさんは何も教えてくれそうにない。だから俺には何も解らずそれ以上の会話もなく、ただメイドさんの後を追う事位しかできない。

 そしてどのくらい歩いただろうか。豪勢で大きな扉の前で足を止めたメイドさんは、こちらに振り替えって俺に言う。


「此方になります」


「ど、どうも」


 俺がそう返すと、メイドさんは扉をゆっくりと開き始める。

 そうして視界に移った光景を言葉にするならば、やたら広い応接間といった所だろうか。


「あちらのソファに掛けてお待ちください」


 そうメイドさんは部屋の中心の高級そうなソファをさして、一礼の後部屋に足を踏み入れる事なくその場を後にする。

 ……まあ此処に立ち尽くす訳にもいかない。とりあえず言われた通りに座っておこう。

 そう思ってその場所に近寄ると既にそこには先約が居た。


 ……俺と一緒に跳ねられた奴だ。


 俺と同じく血塗れの衣服を身に纏ったソイツは何か考え事をしているのか、此方に気付く様子は無い。


「トラックに跳ね殺されてこうなったわけだ……もしかして転生フラグ来たか?」


 正直言っている事の意味はまるで解らなかったが、それでも彼もトラックに跳ねられて此処にいるという事は理解できた。


 ……夢にしては出来すぎてる。これは嫌な予の信憑性が増してしまっているな。


「転生だとすりゃ最高じゃねえか……って、ん?」


 どうやらソファーの近くで突っ立っている俺に気付いたらしい。視線を此方に向けてソイツは言う。


「あれ……もしかして俺と一緒に事故にあった……」


「ああ。お前と一緒に事故に遭っちまった奴だ。とりあえず隣りいいか?」


「どうぞどうぞ」


 三人くらいは座れるだろう大きなソファの中心に座って居たソイツは端へと移動し、俺は空いたスペース……といっても端から空いていた端に腰を沈める。体面にもソファーがあったが、この応接間の様な部屋で何かを待たされている以上、そこに誰かが座る可能性が高い。故にその場所は空けておくべきだろう。

 そしてソファに座った俺は、隣りに居る少年に話し掛ける。


「お前も気が付けば此処にいた感じか?」


 先の独り言で大体察しが付いた訳だが、一応は確認を取ってみる事にした。


「まあな。気が付いたら別室のベットに寝かされてた。んで、メイドさんに連れてこられた」


「そこも同じだな……一応聞くけど此処がどこか分かるか?」


「いや、分からねえ。だけどこう……なんだ。死後の世界的なアレが濃厚じゃねえの? あの事故からのこの状況だからな。夢だとは思えねえわ」


「……だよなぁ」


 やはりあの一件は現実で、今もまた現実なのか。逃避できるなら現実逃避したい所だ。

 思わずため息を付く。多分表情も芳しくない物になっているのだと思う。

 そんな俺に、隣りに座る少年は多少元気づけるように言う。


「まあそう気を落とすな。こういう状況だからこそポジティブになろうぜ。この状況……もしかすると俺達相当運の良い状況に置かれているかもしれないからな」


「運がいいって……良くねえだろ。死んだかもしれないというか、もうその確率の方が高くなってんだぞ?」


「いやでもお前、考えてみろ。俺達はトラックに撥ねられた。そしてまるで神様でも住んでんじゃねえかって思う様な宮殿に俺達は居る。これがどういう意味か分かるか?」


「意味……いや、分かんねえよ」


「転生だよ転生。チート貰って転生なんて最高の展開が待っているかも知れないって事だよ」


「転生……? チート?」


「え? 言ってる事分かんねえ? 転生チーレム的な展開が待てるかもって言ってんだけど」


「あ、ああ。まあな。良くわからん」


 一応転生とチートのそれぞれの言葉の意味くらいはある程度理解できる。

 転生っていうのは……何かに生まれ変わるという風な意味だろう。多分そういう意味合いの筈だ。

 チートは……ゲームとかの違法な反則技みたいなやつだっけか。確か前に検索サイトのトップニュースでオンラインゲームでそういうのを利用していた奴が逮捕されたって書いてあった記憶がある。

 つまりなんだ……反則技を貰って生まれ変わるって言いたいのか……それ最高なのか? あってるのかも最高なのかも良くわからん。つーかチーレムって何?


「うーん、駄目だな。今流行りの転生チーレムも分からねえとは。お前もしかして読書とかしねえだろ。最近の若い奴は読書しないとか言われてるけどマジなんだな」


「あ、いや……読書はするぞ、申し分程度にだけど。ほら、この前直木賞取った奴は読んだわ。本好きな後輩が是非っていうんでな。あれは面白かった。お前は読んだか? 読書結構してるなら読んでそうだけど。本屋で宣伝も大々的にされてたし」


「……いや、俺そういうの読まねえし……」


「そういうの……ああ、じゃあ純文学とかになんのか? その転生チーレムとかいうのは。だとすればそっちはあんまり読まねえからな」


「いや違えよ。純文学みたいなクソつまんねえもんと一緒にするなよ。全然畑ちげえよ!」


「そ、そうか……」


 ……まあ確かに純文学良く分かんねえし眠くなるけど、言い方酷くないか? 俺に本進めた後輩は結構そういうのも呼んでたと思うけど……。


「いいか、転生チーレムってのはな……」


 そんな風に少年がその転生チーレムとやらについて語りだそうとしたその時だった。


 背後から扉が開く音が聞こえた。


「ちょっと待て、ストップだ。誰か来たっぽい」


「お? そろそろ神様でもお出ましか?」


 俺達は互いにそんな事を言いながら俺達は、立ち上がって後方を見据える。

 そこに立っていたのは……目に酷いクマができた白衣を纏う二十代後半程の金髪の男だった。


 そしてその男は急ぎ足でこちらへと歩きだして俺達の前、体面の誰も座って居ない椅子の隣りに立つと……突然膝を付いて頭を下げだした!?


「すまない! 私の手違いで死ぬはずの無いキミ達を死なせてしまった!」


「…………え?」


 目の前の男が一体何を言っているのか解らず、そんな言葉だけを漏らして立ち尽くしてしまった。

 死んだという言葉は既に色々とその可能性を考えていたからかある程度のみ込めた。だけど理解が及んだのはその一点のみだ。


 ……手違い? 死なせてしまった?


 なんだよその、まるで人為的なミスで俺達が死んだみたいな言い草は。


「……ッ」


 色々と言葉は纏まらなかったと思う。だけど俺は目の前の男に色々と言葉をぶつけようとした。事の詳細に罵声にと、色々な言葉が感情的に喉を逆流しようとしていた。

 だけど俺がそんな言葉を投げつける前に、隣りの少年が口を開いた。


「うお、マジかよ予想通りだ! これマジな転生フラグじゃねえか!」


 こんな無茶苦茶な事を言われている中、予想通りと隣りの少年は歓喜の声を上げる。

 絶対に、歓喜の声なんて上げられる状況ではないのに。


「おい喜べよ! 俺ら勝ち組だぜコレ!」


 本当にコイツは……一体何を言っているのだろう。

 そしてどうやらそれは、俺達にふざけた事を言ってきた白衣の男にとっても同じなようだった。


「あ、えーっと……」


 頭を上げてこちらの様子を伺い、困惑しているような、そんな感じ。

 そんな相手に、何故か有頂天な少年は目の前の男に問う。


「アレだよな? アンタ神さま的な奴だよな? 俺らを間違えて殺したって事は、何かチートくれて異世界に転生とかさせてくれるんだよな?」


「え……ま、まあほぼそんな感じだけど何故知って……」


「そういうのはお約束だからな。いやぁ、マジで最高な気分だ。間違えてくれてありがとうございます!」


「ありがとうって……キミ、死んだんだぞ!? いくら何でも――」


「いや、あんなゴミみたいな世界とチート貰って異世界。天秤に掛ければそりゃ喜ぶでしょ。な?」


 そんな風に隣りの少年は同意を求めてくる。

 端から何を言っているか分からないのに何を同意すればいいのだろうか。

 そもそも……俺が生きてきた世界をゴミだとか思った事は一度もありはしない。


「ま、まあキミがそれでいいならいいの……かなぁ。でもまあ、そっちのキミはそうでもないみたいだけど」


 そもそもの話だ。そんなふざけた同意を求める声に返す言葉があったとして、そちらに意識をこれ以上割く事は出来なかっただろう。

 できずに止められた言葉を戻して、ある程度言葉を練り直す。

 目の前でふざけた事を言う男にぶつける言葉を練る。それが限界で、同意への返答などしてられない。


「……どういう事だよ」


 男に声を投げかける。


「本当に俺は死んだのか? 手違いで死んだって事はお前が殺したのか!? そもそも間違えるってどういう事だ! てめえは誰かを殺そうとしてたのか! 言ってみろよ!」


 気が付けば、目の前の男の胸倉をつかんでいた。

 男がそれに抵抗する様子はない。ただ後ろめたい事から目を背けるようにこちらから視線を逸らすだけだ。


「おい、なんとか言えよオイ!」


「はい、ストップストップ、これで機嫌悪くしちゃったらどうすんんだよ」


 言いながら少年が俺を男から引き離す。


「すみませんねぇ、色々混乱してるようで。気ぃ悪くしないでくださいよ」


「いや、彼の反応は至極真っ当だと思うのだが……」


目の前の男は困惑する様にそういった後、一拍空けてからこちらに申し訳なさそうな視線を向けて言う。


「キミの問いへの回答だけどね……詳しい事は答えられないんだ。言えることはキミが僕の手違いで殺されたという事位だよ」


「何が答えられないだよふざけんな! んなもん受け入れられる訳ねえだろうが!」


「まあそれはそうだろうね。普通は受け入れられないさ。隣の彼みたいに意気揚々と受け入れているのは珍しいよ」


……それでも、と目の前の男は続ける。


「受け入れて欲しい。それしか言えないんだ」


「……ッ」


 ……受け入れられる訳がなかった。

 だけどそれ以上の叫びは出てこない。

 薄々気付き始めたのだ。目の前の男にどれだけ罵詈雑言を浴びせようが、どれだけ手を上げようが、起きてしまった事態を覆す事はできやしないという事に。

 できないからこそこうして目の前で頭を下げらているという事に。どうしようもないからこそ頭を下げられているのだという事に。


「……どうしてくれんだよ」


 だから次に漏れてきたのはそんな言葉だ。

 崩れ落ちそうになりながら、気付き始めた現実を振り払いきることもできずに、ただ言葉を漏らす。


「どう責任とんだよお前はよぉ……ッ」


 順風満帆な日々だった。

 順風満帆で、幸せな日々だった。

 それを奪った者がいる。そうなるに至った理由すらも語らないクズが目の前にいる。

 ソイツの口からどう責任を取るつもりかと、聞きだそうとした。


 俺は何も聞いてはいない。


 先程から訳の分からない事を言い続ける俺と一緒に死んだ少年の、チートだの異世界に転生だのという言葉を目の前の男は肯定した。


 ……当然そんなものを認める事はできない。そんな訳の分からない事を受け入れる事はできない。

 本気で嘘偽りなくどうするつもりなのかを聞きだす。


「……保証はする」


「それの詳細を言えよ人殺し」


「……分かった」


 俺の言葉に促される様に、男は語りだす。

 語りだして、先の話をなぞりだす。


「キミ達には特典……彼の言葉を借りるとチートとでもいうのかな。それを持って異世界へと行ってもらう」


「……ッ」


 まただ。

 またそんな訳の分からない事を言いやがる。


「てめえふざけんじゃねえぞ! 何が異世界だ! 何がチートだよ馬鹿じゃねえのか!」


「気持ちは分かる。いくらでも罵ってもらって構わない。それだけの事をキミにしたし、それだけ意味の分からない事をキミに突きつけているというのは分かっているから」


 だけど、と目の前の男は言う。


「ふざけてはいないんだ。これが今私ができる最大限の補償だよ。キミ達は優位に立てる状態で、剣と魔法の世界。自分の能力が見えるステータスなどが当たり前にある様な、そういう世界で暮らしてもらうんだ。伝わるかな? もしこれでピンと来なかったら、キミ達の世界で出回っているゲームの様な世界だと思ってくれればいい。そういう世界で良い思いをして貰うんだ」


 本当に、なんの冗談だよと思う。

 だけど目の前の男がそんなばからしい事を真剣な眼差しで言うものだから、嘘は言っていないんじゃないかという考えが脳裏に浮かぶ。

 そしてもういい加減罵声をぶつける気力も削ぎ落とされてきて、思わず黙り込んでしまった俺の隣りで少年は目の前の男に尋ねる。


「そういやさっきから異世界に言ってもらうって言ってたけど、これ転生じゃなくて転移的な感じ?」


「まあそうなるね。ほぼそんな感じというのはそういう事だよ」


「なる程……まあいいまあいい、それでも尚完璧だ!」


「……どこがだよ」


「全部だろ。お前も行けば分かるぜ」


「……分かってたまるか」


 ……認めてたまるかこんな理不尽。

 良い思いをさせてやるからそれで許せってか。俺の幸せの定義を勝手に決めてんじゃねえよ。


「済まない。分かってもらうしかないんだ……だから、どうか幸せに」


 そう言って目の前の男はこちらに掌を向ける。

 するとその掌が眩く光りだした。


「な、何する気だてめえ!」


「キミ達を異世界へと飛ばすんだ。細かい知識はキミ達の記憶に刻み込んで置くから向こうの世界にもすぐに順応できる筈だ」


「へー、便利だなおい」


「便利だなじゃねえだろ! くそ、てめえはてめえでさっきから訳わかんねえんだよ! 何なんだよ!」


「落着け落着け、話は向こうで聞いてやる」


「俺は行かねえぞ」


「それはそれでできないんだ。キミ達はもう向こうに行くしかないんだ。連れていくしかないんだ。もう時間もない……いくよ」


 そして放たれる光は強さを増す。


 その光に思わず瞼を閉じた。

 そして段々と意識が遠のいていくのを感じた。

 掻き消えていく意識の中で、最後に言葉が耳に届く。


「キミ達を守らなくてはいけない立場なのに、本当にすまなかった」


 その言葉に何か反応を示す事はもうできない。

 それを最後に俺の意識は完全に消滅した。




 ゆっくりと瞼を開く。

 できる事ならそうして目に映るのが自室の天井であってほしかった。

 だけどそうして見える景色は天井では無く、例の宮殿の天井でもない。

 澄み切った青空が広がっていた。

 クラクションの音は聞こえず、代わりに心地よい風の音が聞こえ、背中から伝わる感覚は固いアスファルトのそれではなく、とても寝心地の良い感覚。

 そんな感覚を与える草原で、俺はゆっくりと体を起こした。


「……」


 周囲には高層ビルなんてのは一切存在しない。あるのは広がる草原と、何処かに続く土の道。

 そんな中で声が聞こえた。


「目ぇ覚めたかよ」


 聞き覚えのある声だ。

 俺はその声のした方向に視線を向ける。

 そこでは例の少年が何かを操作していた。目の前に超薄型の液晶の様な物を出現させ、タッチパネルを操作するように手でタップしている。

 そして何故か血塗れの衣服がきれいな状態に戻っている少年は、そのパネルを操作しながら視線だけをこちらに向けて言ったのだ。


「ようこそ、異世界へ」

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