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第9話

「あそこに人がいるぞ!」


 警戒しながら近寄ると、小さな袋が落ちているその先に持ち主らしき人影が見える。


 発見したエルシリアを先頭にして一行が駆け寄ると、そこには手足や脇腹など、いたるところを食い破られて大量の血を流す男が倒れていた。


「旅人か? 抵抗はしたようだが……、多勢に無勢だったか」


 シロツボが三体も襲ってきた理由が、隆也たちにもようやくわかった。


 シロツボは縄張り争いもしなければ獲物の奪い合いもしないが、手負いの獲物がいれば群がってくる。おそらくこの旅人が襲われた際、血の匂いで周囲にいたシロツボが集まってきたのだろう。


「あ……、う……。助け……」


 旅人はまだ息があった。


「ルナ、治療を」


「はい」


 エルシリアの指示を受けて、ルナが手当にかかる。


 だがそれがただの気休めでしかないことは誰もが気付いていた。男の周囲には血だまりが出来ており、その出血量がすでに致命的であることは隆也でも容易に()(はか)ることが出来る。


「俺は……、もう、だめか……?」


 一行の表情を見て男が確認するように訊ねる。


「……」


 問いに答える者はいない。それが男の問いかけを肯定していることを表していた。


「このまま世界に旅立つか? それとも我が(かて)となり共に参るか?」


 エルシリアが男の目をまっすぐ見つめて問う。


「……世界へ、……旅立つ」


「わかった。我が誇りにかけてあなたの旅立ちを見守ろう。何人(なんびと)にも手は出させぬ」


「感謝……する……」


 エルシリアの言葉を聞いて、安堵(あんど)したように男は息を引き取った。


「すぐに移動しよう。血の匂いに誘われて他の獣がやってこないとも限らん。少し早いが適当な場所を見つけて野営の準備を」


「姫様、その亡骸(なきがら)は私が背負いましょう」


「すまんが頼む、アルフ」


 一行はあたりに散らばった旅人の荷物から使えそうなものをかき集め、そそくさとその場を後にした。


 やがて山中を流れる小川を見つけると、血まみれとなった男の亡骸を水で洗い、さらに川をさかのぼった場所で野営の準備を始める。日が(かたむ)き、八つあった太陽のうちふたつが山の(すそ)へと落ちたころには、その準備もほぼ完了していた。


 やがて地に横たえられた旅人の亡骸が鈍い輝きを発し始める。

 輝きは少しずつ明るさを増し、旅人の全身を包みその姿を覆い隠した。


()の魂が安らぎの時を得られますように――」


 ルナがささやくように祈りを捧げる。見ればエルシリアも騎士も黙祷(もくとう)を捧げていた。


 輝きはしばらくするとほぐれるように小さな粒へと姿を変え、その粒がふわりと宙に浮き大気へと消え去っていく。次第に小さな粒の量が増え、次々と消えるにしたがって、亡骸を包んでいた輝きは勢いを失っていった。


 最後の一粒が消え去った後、そこに留まっていたのは旅人の衣服だけであり、彼の亡骸はかけらひとつも残っていなかった。


 この異世界では死という概念が地球と少し異なっている。


 地球と同じように血を流しすぎれば死ぬ。呼吸が出来なくなれば窒息死するし、食べ物が十分に無ければ飢えて死ぬ。


 だが決定的に違うのは死んだ後だ。この世界では地球のように死んだ人間の亡骸が残ることは無い。目前の旅人がそうであったように、光となって消えゆくのがこの世界である。亡骸が残らないため、埋葬という文化も存在しなかった。


 死んだ人間は世界へと溶け行く。だがもしその場に親しい人間が存在したならば、もうひとつの選択肢もある。それが『共に生きる』ということだ。


 死んで光となる前ならば、その人間を他人が『取り込む』こともできる。取り込んだ人間はその存在を糧として自らの存在を高みへと引き上げることが出来るのだ。それは取り込まれる人間の光が高潔であればあるほど、たくましくあればあるほど効果を発揮する。


 だから人は死ぬときにふたつの道からいずれかを選ぶ。


 ひとつは他人へ取り込まれて共に生きる道。もうひとつは世界へと溶け行く道だ。親しい間柄の者――例えば家族や恋人、親友など――がいる場合は前者を選び、そうでなければ後者を選ぶのが常識と言える。


 他人の光を取り込んだ場合、取り込んだ側は人ひとりの人生を背負うこととなる。それから解放されるのは、自ら子を成し、預かっていた光をその子に分け与えるときだ。生まれた子は自分の子であると同時に、取り込んだ人間の生まれ変わりと考えられている。


 世界へと光が溶け込んだ場合、世界中へ散らばった光は長い年月をかけて再び寄り集まり、やがてひとりの人間として生まれ変わる。だからこの異世界において『死』は一時の休息でしかなく、永遠の別れではない。


 初めてそれを聞いたとき、隆也はここが異世界であるということをまざまざと感じさせられた。輪廻転生(りんねてんせい)という、似たような思想は地球にもある。だがこの世界において生まれ変わりは信じる信じないという話では無く、歴然とした事実であると認識されているのだ。


「でも、生まれ変わっても記憶は残ってないんだろ? どうしてそれが生まれ変わりだと断言できるんだ? そのへんがどうにも納得できないんだが」


 地球との違いを理解はしていても、まだまだ納得したとは言えない隆也がルナに訊ねる。


「どうしてって言われても困るんですが……。なんとなくというか、わかってしまうとしか言いようがありません」


 ルナは夕食の片付けをしながら答える。


「うーん……、わかんねえ」


 そもそも他人を取り込むというのがどうにも隆也の常識になじまない。


 ちなみに取り込む対象はなにも人間ばかりでは無い。例えば先ほど隆也たちに襲いかかって来たシロツボのような野生動物も取り込みは可能だ。


 撃退された三体のシロツボたちは、当然のようにエルシリアたちが取り込んでいた。それによって身体的にも魔力的にも能力が向上し、生物としての『格』が上がるらしい。野生動物に関して言えば、強ければ強いほど能力向上の度合いが高いとか。


「まるでロールプレイングゲームの経験値みたいだよな」


 敵を倒して強くなる。取り込む光は経験値。強い敵ほど経験値が高い。考えれば考えるほどゲームのようだった。


「ろーる、……なんですか?」


「あ、いや何でもない。ただの独り言だよ」


「そうですか。……ふふふっ、リューヤさんって変な人ですね?」


 この世界の常識に真っ向から疑問をぶつける隆也は、ルナから変な人認定を受けてしまう。地球の常識を知るよしもないルナには、隆也がどうして困惑しているのか理解できないだろう。

 それを説明するつもりがない隆也は、愛想笑いを浮かべるしかなかった。


「それはそうと、貴様」


「……なんでしょうか?」


 それまで我関(われかん)せずと言った風に周囲を警戒していた騎士が、ルナとの会話に割り込んできた。


「身を守る武器ひとつ持ってないとは何事だ? 役に立たないならまだしも、足手まといになるようでは居ない方がマシでは無いか」


「やめろ、アルフ。リュウヤは戦いを生業(なりわい)とする者ではない。そこまで求めるのは(こく)というものだ」


 エルシリアが間に入って騎士をたしなめる。


「ですが姫様、先ほどのようなことが今後起きないとは限りません。いくら私でも一度に相手取れる数は限りがあります。私の任務は姫様の護衛です。そやつを守ることは命じられておりません。それでもよろしいでしょうか?」


 それはつまり、いざとなれば隆也を切り捨てるつもりであると言っているに等しい。


「……ならば私が命じる。リュウヤも含めて可能な限り守るように」


 アルフがかすかに顔をゆがめた。本来王女の言葉に対して不満を表情に浮かべるなど騎士としてあるまじき事だが、どうしても隠しきれない本心が表に出てしまったようだ。


「むろん姫様がそうお命じならば、御意(ぎょい)には従いましょう。ですが姫様を守るよう命じられたのは陛下でいらっしゃいます。いずれの命が優先されるかは、言わずともお分かりいただけるかと存じます」


「あ……、私のことは気にしないでください。これまでもひとりでやってきたのですから。いざとなったら逃げますよ」


 なんだか面倒な雲行きだな。そう感じた隆也が事を荒立てまいと気を利かせて言う。だがむしろそのセリフがアルフの(かん)(さわ)ったようだ。


「貴様! 姫様を置いて逃げると言うのか!?」


 正にやぶ蛇であった。じゃあどうしろっていうんだよ、というセリフを何とか飲み込んだものの、何と言ったらアルフの怒りをそらせるのか隆也には正解がわからない。


「確かにアルフさんが言う事にも一理あります。相手によっては私も自分のみを守るだけで精一杯になりますし、リューヤさんにも自衛の手段を持っていただく必要はあると思います」


 助け船を出したのは、相も変わらず空気の読める侍女ルナだった。


「むう……、ルナまでもがそう言うのであれば仕方ない。確かに身を守る技術はあって困るものでもないだろう。よし、私が暇を見てリュウヤに稽古をつけてやろう」


 さすがにアルフだけならともかく、ルナにまで言われては翻意(ほんい)せざるをえなかったのだろう。隆也にとってはありがた迷惑な提案をエルシリアがする。


「姫様自らそのようなことをする必要はございません!」


「ならアルフが稽古をつけてくれるのか?」


「ぐっ……、はなはだ不本意ではありますが、ご命令とあらば……」


「ふぅ……。その様子ではとても頼めぬな……」


 ため息をついてエルシリアが言う。確かに形式上はもっとも望ましいかもしれないが、本音を言えばアルフが隆也に稽古をつけるなど、教える方も教えられる方も喜ばないだろう。


「姫様、それでしたら私が」


 そんな手詰まり感(ただよ)う状況で、申し出たのはルナだ。


「本格的な剣術というわけにはまいりませんが、護身術レベルでしたら私でも手ほどきは出来ると思います」


 その申し出にルナ以外の全員がホッと胸をなで下ろしたのだった。


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