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第8話

 隆也は小さく音を立てながら()ぜる(まき)と、そこからあがる炎を一心に見つめる。ときおり枯れた枝を放り投げては、ぼんやりと時が過ぎるのを待っていた。


 野営を行うにあたり、必要ないと言い切る隆也に対して同行者達は見張り番の必要性を強く主張したのだ。


 隆也にしてみれば、旅をするのに武器を携帯するのが当たり前である異世界と違い、地球――しかも日本――でそこまで警戒する必要があるとは思っていなかった。だが、騎士たちにしてみればここが安全な場所かどうか、判断する(すべ)も無い以上、警戒するのは当然のことだろう。


 確かにいくらここが近代国家日本であるとしても、自然が多く残る山中である以上、野生の熊と遭遇する可能性がゼロというわけではない。旅立ちの時と同様、民主主義的多数決によりまたも相手の意見を尊重せざるを得なくなった隆也は、しぶしぶながら交代制の見張り番を引き受けるはめとなる。


 一番手のルナ、二番手の騎士に続いて、隆也は日付変更から間もない時間帯の見張り番につく。


 どうせ何も起こらないだろうけど、と大あくびをする隆也へ突然声がかかる。


「ずいぶん気の抜けた見張り番だな」


「王女様……、起きてたんですか?」


 そこにいたのは眠りについているはずの王女だった。日中は(たば)ねられていたストロベリーブロンドの髪は、その束縛から解放されて彼女の肩、そして背中へと流れるように伸びている。


「となり、良いか?」


「あ……。ええ、どうぞ」


 思いもよらぬ申し出に、言葉を詰まらせながらも隆也は答えた。


 正直なところ、隆也には王族とか貴族とかいったものがよくわからない。身分制度の無い日本で生まれ育った以上は当然のことであったが、さりとて異世界に足を踏み入れたからにはそれを無視することもできない。ルナのようなケースは例外だと自分に言い聞かせ、結局触らぬ神にたたり無しの精神で程よい距離感を保っていたのだ。


「眠れないんですか?」


 ところがここにきて向こうから一気に距離を縮めてきた王女にどう接して良いかわからず、とはいえ無言を貫くのも非常に気まずい。


 精神的な圧迫感を感じつつ、無難な会話を切り出すほか無かった。


「いや、私ひとりだけ見張り番をしない、というのも気が引けてな」


「王女様に見張り番をさせるのは……さすがに……」


「ふぅ……。アルフにも言ったが、今の我々は共に旅をする仲間だろう? その他人行儀な口調は何とかならないのか?」


「王女様相手にそれは不敬(ふけい)というものでしょう?」


「だがルナとはすっかり打ち解けているようではないか? いつのまにか愛称の『ルナ』で呼んでいたしな」


 どうやら予想以上に切り込みが鋭い王女のようだった。


「うっ……、でもルナは侍女じゃないですか。王女様と比べるわけには……」


「ルナも貴族の娘だぞ? おまけに貴族の中でも上位に位置する家格だ」


「えっ!? そうだったんですか!?」


 貴族だというのは聞いていたが、せいぜい末端の下級貴族だろうと隆也は勝手に考えていた。


「そうだ。不敬云々(うんぬん)を言うのなら、既に十分問題というわけだな」


 隆也の背を冷たい汗がつたう。


「そういうわけだ、今さら貴族も王女もないだろう。だからその堅苦しい雰囲気は何とかならないか? なんなら名前で呼んでくれても良いぞ? エルシリア、とな」


「そんなことしたらあの騎士様になんて言われるか……」


 敵意むき出しで隆也を(にら)んでくる騎士の顔を思い浮かべる。冷静に見れば結構な男前、いやかなりの男前なのだが、鋭い眼光を向けられる身としては何の救いにもならなかった。


「アルフか……。彼は少々考えが堅い、というか融通の利かないところが難点だな。王家への忠誠は疑問を挟む余地(よち)もないのだが……」


「騎士様ってみんなああいう感じなんですか?」


「いや。もちろん生真面目な者は多いが、さすがにあそこまで気むずかしいというのは騎士でも珍しい。それ以外の部分は模範的な騎士と言って良いが、トキモリ殿には窮屈(きゅうくつ)な思いをさせてしまうな。っと、かくいう私からしてこれではいかんか。……ふむ。互いに名前で呼び合うのが旅の仲間というものだろう。今後は『リュウヤ』と呼ばせてもらっても良いだろうか?」


「あ、はい。それは構いませんよ」


「ではリュウヤは私のことを『エルシリア』と呼ぶように。あと、その堅苦しい話し方もやめてくれ。もっと砕けた口調で構わない」


「王女様相手にそれは……」


「エルシリア、だ」


 言い聞かせるように王女が言う。


「は、はい……。エ、エルシリア……様」


「様もいらない」


 エルシリアは不満そうな声で指摘する。


「エルシリア……さん」


「まあ、それくらいなら構わないだろう。旅の間は私が王族だということは忘れてもらって良い。第一……」


 最後につぶやくような声でエルシリアが言葉をもらす。


「王族だ王女だなどというのは国があっての事だからな……」


「え?」


「いや、何でもない。ただの独り言だ」


 エルシリアはゆるゆると首を振ると、ごまかすように話題を変える。


「それよりリュウヤ。せっかくだからあなたが普段やっている仕事について話を聞かせてくれ。確か『タックハイビーン』だったか? 一体それはどういう――」


 それからしばらくの間、揺れる焚き火に照らされながらふたりは話し続ける。木々の合間から(のぞ)く夜空には、降り注がんばかりの星々がただ静かに輝き続けていた。






 日本の山で夜を越え、一行は翌日の午後に再び異世界へと足を踏み入れる。


 昨晩の一件で少しだけ距離を縮めた隆也とエルシリア。それをなんとなく察したのか、騎士が隆也に向ける視線は昨日よりもさらに厳しかった。


 居心地の悪さを感じながらも、隆也は昼下がりの太陽が照りつける山道を歩いて行く。山道とはいっても人工的に作られたものではなく、長年旅人たちの往来によって地面が踏み固められた自然の道だ。


「姫様」


 隆也の前を歩くのはエルシリアと騎士のふたり。その一方である騎士が、何の前触れも無く足を止めてエルシリアへ声をかけた。


「ああ、わかっている」


 だがエルシリアは最初からそれを予知していたかのように、視線を正面へ向けたまま返事をした。気がつけばいつの間にかエルシリアの歩みも止まっている。


「ルナ、リュウヤ、気を付けろ。この先に何かの気配がする」


 剣を(さや)から抜き、不測の事態に備えながらゆっくりと()を進めていく一行。


 最初は空耳のようにかすかな音。やがてそよ風にあおられるような草木のざわめき。やがて疑いようも無く耳に訴えかけてくる何者かの存在が隆也にも認識できるようになった頃、それらは姿を現した。


「『シロツボ』だ!」


 騎士の声があたりへ響くのと、それが飛びかかってくるのはどちらが早かったのだろうか。


 草木の間から姿を見せたのは、光沢のある白い色に包まれた生物だった。体長は人間の子供ほど、丸みを帯びた胴体は頭頂部に向けてくびれ、そこから再び広がって巨大な口を形作っている。


 口の中には小さな歯がびっしりと並び、ときおりうねりをあげるようにうごめいていた。胴体部の周囲には節足動物のような足がぐるりと一周するように生えており、体の大きさに対して不釣り合いな細さをその数で補っていた。


 胴体部の形状が横に倒したツボに見えることから、その色を冠して『シロツボ』と呼ばれている肉食の動物だ。


「左からも来たぞ!」


「姫様は下がっていてください!」


「心配無用! 左のは任せろ!」


 エルシリアの前に立ちはだかり、二体のシロツボを相手取ろうとする騎士だったが、エルシリアもすぐさま迎え撃つ態勢に入る。


 そこへ二体のシロツボが躊躇(ちゅうちょ)も見せず襲いかかった。

 エルシリアと騎士にそれぞれ一体ずつ。ずんぐりとした外見からは想像しにくい機敏さで地を這い、近付いたところで飛びかかってくる。


 エルシリアは体をよじって初撃をかわすと、振り向きざまにシロツボの胴体部へ剣を叩きつけた。生物の体とは思えないほど甲高い音をたてて、剣が弾かれる。


「やはり無理か」


 剣撃を放った当のエルシリアに驚きは無い。シロツボは見た目通りの硬さで知られており、その結果は十分予想されたことだったからだ。


「ならば足を狙うまで」


 胴体部は非常に硬質だが、無数に生える足にはそこまでの耐久性が無い。シロツボを倒すにはまず足を切り払い、その機動性を断ち切った後、口内から攻撃するのがセオリーだ。そのためシロツボの攻撃をかわせるだけの技量があれば、倒すのはそれほど困難な相手ではない。だがそんな戦い方を強いられることから、どうしても長期戦となってしまう傾向にある。


 事実、時間こそかかってはいたものの、エルシリアも騎士も危なげのない戦いを続けている。シロツボたちの細い足は時間とともに少なくなっていった。


 見るからにシロツボたちの動きが鈍っていき、もはや形勢は決したと思われたその時、ルナの声が響いた。


「リューヤさん! 後ろ!」


 驚き振り返った隆也が目にしたのは、大きな岩陰から今まさに飛びかからんとする三体目のシロツボだった。


「うわっ!」


 とっさに体勢を崩した隆也のすぐ横を、跳躍(ちょうやく)したシロツボの大口がかすめる。


 着地したシロツボは、どうやら隆也を獲物として定めたらしく、反転して再び飛びかかろうと身を縮めた。


「く、来るなぁ!」


 隆也は手近にあった大きめの石をつかむと、ろくに狙いもつけず投げつける。それがシロツボの口へと吸い込まれていったのは、隆也のコントロールが優れていたわけでは無く、偶然のもたらした結果であった。


 ゴリッ、という重々しい音と共にシロツボの口へと着弾した石だったが、その形を長く保つことは出来なかった。シロツボの口内には無数の小さな歯が、赤い大地に群生する白い花のように並んでいる。石は無数の歯によって削り取られ、すりつぶされ、あっという間に小さな破片へと姿を変えてしまう。


「マジかよ……」


 突然口に入り込んできた侵入者によって、いったんはその足を止めたシロツボだったが、それもほんのわずかな時間だけのことだった。再び隆也を獲物と見定めて、飛びかかるべく身を沈める。


 隆也は改めて武器となるような物がないか視線をさまよわせる。なんせ隆也はただの高校生。どこぞの中二病患者とは違い、折りたたみナイフなど持ち歩いていない。例え持っていたとしてもシロツボ相手に大して役立たないことは明らかだ。


 狼狽(ろうばい)して立ち尽くす隆也を救ったのは、この場で唯一シロツボと対峙(たいじ)していない人物だった。


「吹き飛びなさい!」


 ルナの声が鋭く飛ぶと共に、シロツボが横から殴り飛ばされたように体勢を崩す。なおも次々と衝撃が加わり続けているのだろう、耐えきれなくなったシロツボの体が宙に浮き、そのまま勢いよく吹き飛ぶと大きな岩壁に叩きつけられた。


 シロツボは突然のことに混乱の様相を見せていたが、やがて自分にぶつけられた衝撃が栗色髪の人間から向けられたものだと気がつき、新たな対象――ルナ――へと標的を変更する。


 助かったことに安堵(あんど)したのも束の間、このままではルナがシロツボからの攻撃にさらされると思い、隆也は焦り始めた。だがそんな隆也の内心を察したようにルナが声をかける。


「大丈夫。ご心配には及びませんよ」


 その言葉が合図となったかのように、それまで微動だにしなかったシロツボが勢いよくルナへと飛びかかった。


 栗色髪の侍女はそれを見ても慌てはしない。かわすそぶりも見せないまま、シロツボを十分に引きつけると右手を目の前にかざして命じる。


「突き刺さりなさい!」


 ルナの言葉が発せられた途端、かざした右手の前方がかすかにゆがむ。次の瞬間、空気を裂くような音と共に、何かがシロツボに向かって放たれた。

 飛びかかるシロツボの勢いがその何かによって削がれ始める。シロツボの体が無数の何かで弾かれるように、小刻みな振動を繰り返す。


 やがて飛びかかったシロツボの勢いが完全に削がれ、宙に停止したかと思うと、今度はゆっくりと後退し始めた。後退するスピードは徐々に上がり始め、ついには鉄が磁石に引きつけられるような勢いで岩壁へと叩きつけられた。

 岩壁に張りつけられたまま、シロツボの口から大量の体液があふれ出る。重力に引かれたそれは岩壁をつたって地面へと流れ落ちた。


「た、助かったよ。ルナ」


「怪我はありませんか?」


「ああ、大丈夫。……にしても、ルナって戦えたんだな。意外だ」


「ふふっ、大したものではありませんけどね。姫様のお側付(そばづ)きですから、これくらいは」


「はあ、やっぱり王族の侍女ともなると、戦闘もこなせないといけないんだな」


 日本のサブカルチャーでおなじみとなった『やたらと腕の立つ執事や侍女』。例にもれず、隆也の頭もそういった流行に毒されているがゆえの言葉だった。


「あ、いえ……。普通は戦う必要も無いんですが……、昔から姫様はちょっと、その、他の方と違っておて――いや、活動的な方でしたので……」


 慌ててルナが補足する。


「ルナ、リュウヤ! 無事だったか!?」


「はい、大丈夫です。姫様こそ、おけがはありませんか?」


「シロツボ程度なら問題ない。しかし……、シロツボが三体同時に襲ってくるとはどういうことだ?」


 エルシリアの疑問も当然である。本来シロツボは群れて行動することが無い生き物だ。生息域が重複したからといって縄張り争いをするわけではないが、積極的に他の個体と行動を共にすることは珍しい。まして三体同時に襲いかかってくるなど、滅多なことではありえない。


「姫様、もしやあれが原因では?」


 考えにふけろうとするエルシリアへ騎士が声をかける。エルシリアたちが騎士の視線を追うと、そこに見えたのは明らかな人工の物体。小物を入れる用途と思われる小さな袋と、その周りに散乱した小粒の果実や種らしきものだった。


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