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第7話

「な……!? どこに!?」


 騎士があげた驚きの声は、残る二人の心情をも代弁(だいべん)していた。


 三人にとって、魔力は普段から親しんでいるものである。

 確かに(よど)みが出来るほどの魔力は頻繁(ひんぱん)に見かけるものではないが、特別珍しいものでもなかった。それがこのような力を持っているとは思いもよらなかったのだ。


 三人が驚愕(きょうがく)の表情を浮かべてからさほど時間を置かずに、今度はどこからともなく隆也が目の前に現れた。


「ご覧の通りです」


 再び姿を現した隆也は簡単に言った。それに対する反応は『思案(しあん)げに瞑目(めいもく)して口元へ手をあてる者』、『忌々(いまいま)しそうに隆也を(にら)む者』、『興味深そうに目を輝かせる者』がそれぞれ一名ずつである。


 やがてまぶたを開いた王女が訊ねる。


「その方法を使えばルッセンまで四日でたどり着けるのか?」


「いえ、四日では着きません」


「なんだと!? 貴様! 出発前に陛下の御前(ごぜん)で『七日』と言ったのは虚言(きょげん)か!?」


 とたんにものすごい剣幕(けんまく)で騎士が突っかかってくる。さすがにこの物言(ものい)いには隆也も表情をムッとさせる。


「嘘ではありません! 王都郊外にあるポイントを使うルートなら四日で到着したのです。だからこそ王都で待機していただくよう提案したのですから。すでに王都から遠く離れ、前提条件が崩れた以上、当初の計画通りとはいきません。何でしたら今から王都まで戻りますか?」


 最後に少々皮肉を込めて締めくくった隆也に、食らいつかんばかりの視線を騎士が送る。それを制して話を先に進めようとするのは残る二人である。


「確かに出発を急かして王都から離れたのは私たちの方だ。この件でトキモリ殿の責任を追及するのは筋が違うだろう」


「それでリューヤさん、ここからだとどれくらいかかりそうなんでしょうか?」


 騎士と違って冷静な王女と、相変わらず空気の読める侍女である。


「早ければおそらく十日程です」


「それでも十分だ」


 生まれが高貴な少女はうなずく仕種(しぐさ)すら洗練されている。


「その移動とやらは、今すぐにでも可能なのか?」


「ええ。ただ、心配がひとつあります」


「なんだ?」


 隆也は切り出しにくそうに眉尻(まゆじり)を下げ、語調を弱めて言った。


「これまで私は自分ひとりだけでこの移動をしていました。ですから……、自分以外の人間を連れて行き来をした実績がないんです」


「貴様! 今さら何を言うか!?」


 予想通り騎士が激高(げきこう)する。


 だが隆也は選択の余地なく、依頼内容も聞かされずに()()うことを承諾させられたのだ。そもそも荷物を運ぶことしか想定していなかったのだろうし、人間を連れて移動できるかどうか試したことがないというのも理解できる話だった。


「しかし、トキモリ殿が身につけている物や手に持っている物は問題ないのであろう?」


 王女の問いを隆也は肯定する。


「ならばトキモリ殿に触れていれば問題ないのではないか?」


「姫様! 荷物と人間は違いますぞ!」


 なぜか隆也までがうなずいて騎士に同意していた。


「知らなかったのか、アルフ。今の私はトキモリ殿に運ばれる荷物らしいぞ? すくなくとも陛下はそうおっしゃっていた。さすがに抱え持ってもらうつもりはないが」


 笑いながら王女が騎士に向けて言葉を返す。


「姫様!」


 そこへ横合いから声を挟む栗色髪の少女。


「あのー。でしたらまず私がリューヤさんに同行して向こうへ行ってみるというのはどうでしょうか?」


「ルナが?」


「はい、姫様。それで問題がなければまたこちらに戻ってきて、改めて全員で移動すれば良いと思うのですけど」


「む……、しかしルナにだけそんな危険を負わせるわけには……。例えばヨーとか、まずは大人しい家畜を連れてきて生き物が移動できることを確かめてみてはどうだろうか?」


「それは多分大丈夫だと思います。小さな動物や鳥程度なら運んだことがありますので」


 隆也が答えると、王女はほんの少し不機嫌さをにじませた。


「なんだ、それを早く言えばよかろうに。動物が大丈夫なら人間とて問題あるまい」


 だが隆也はいまいちスッキリとしない表情を見せる。

 確かに動物が大丈夫なら人間でも大丈夫だとは思う。思うが、もし万が一のことがあった時のことを隆也は懸念しているのだろう。危険な仕事をしているだけあって慎重な性格なのだな、と王女は心の内で納得した。


 とはいえそういうことならば、今さら動物で試すのも大して意味がない。あとは人間で試すしかないのなら、誰かが実験台になる必要があるのだ。王女は立場的に論外。騎士は非協力的。結論としてルナにお(はち)が回るのは必然と言えた。


「リューヤさんの故郷って、どんなところなんでしょう? ちょっとワクワクしますね。それに一瞬で移動、ですか? うわあ、ドキドキします」


 当のルナはそれほど深刻に考えていないようだった。まるで一番乗りできることを特権のように感じているらしい。


「では、ルナさん。念のため手を握っておいてね」


「はわ!? て、て、ててて、手ですか!?」


 隆也が手を差し出すと、ルナが慌ててどもりはじめる。


「その……、服をつまんでおくとかでは駄目なんですか?」


 恥ずかしげにうつむく栗色髪の少女が、上目遣いで隆也に伺いを立てた。


「念のためだよ。多分大丈夫だとは思うけど、万が一と言うこともあるし。何と言っても自分以外の人間を連れて行くのは初めてなんだ」


「えーと……、その……、はい……。それでは……」


 耳まで真っ赤にしてルナがおずおずと手を差し出す。差し出された小さな手をしっかりと握り、隆也はもう一方の手を魔力の(よど)みへと伸ばす。


「それでは王女様。一度向こうへ行ってからすぐに戻ってきますので、ここで少しお待ちください」


「ああ、わかった。ルナを頼むぞ」


 隆也の手が魔力の澱みへ触れた瞬間、周囲の景色が揺らいでふたりの姿が()き消えた。


 今度は王女も騎士も驚かない。むしろホッとした表情を浮かべている。


 やがて熱湯が人肌の温度におちつく程度の時間が経過し、目の前へ再び隆也とルナが姿を現した。


「無事に戻ってなによりだ。トキモリ殿の故郷とやらはどうだった、ルナ?」


「はい、姫様。リューヤさんの故郷は……、普通の山でした」


 ルナの報告に、危険がないことを王女たちも理解する。


「では安全も確認できたことであるし、さっそくトキモリ殿の故郷とやらに行くとするか」


 王女のかけ声によって、一行は動き始める。当然隆也の体に三人が接触する必要があったのだが、その際「身分(いや)しき者に姫様自ら御手を触れるなど!」と騎士が騒ぎ立てて一悶着(ひともんちゃく)あったのは言うまでもないことである。






「ここがトキモリ殿の故郷か……」


 つぶやいた王女がポニーテールを揺らしながら辺りを見回す。


 見回したところでここは山の中。周囲には草木しかないのだが、王女にとってはそれすらも興味深い対象となるのだろう。確かにひとくちで木と言っても、異世界とは種が異なるのだから、よくよく観察すれば違いは明らかだ。


 王女は興味深そうに、騎士は警戒心あらわに、侍女はどことなく楽しそうに、地球という見慣れぬ風景にそれぞれの反応を示していた。


「そろそろ移動しませんか?」


 三人が落ち着いたのを見極めて、隆也が切り出す。


「そうだな。まだ日が暮れるまでには時間がありそう――」


 同意しつつ上空を見あげた王女が絶句する。


「な、なんだ! あの禍々(まがまが)しい太陽は!?」


「なんという大きさ……!」


 つられて空を見あげた騎士が驚きの声をあげ、その後ろでルナが小さく悲鳴をあげていた。


 上空には隆也が見慣れた地球の太陽が、これでもかと言わんばかりに自らの存在を主張して輝いている。


「私の故郷ではあれが普通なんです。ちなみに太陽はひとつしかありません」


 昔の隆也であれば、ここまで落ち着き払っていなかっただろう。なんせ異世界で八つの太陽を見た時、他ならぬ隆也も自分の目を疑い、何度も何度もまなこをこすった覚えがあるのだから。


「ひとつしかないだと!? 馬鹿な! そんなことが……、いや、確かにあんな太陽が八つもあったらとんでもないことになるだろうが……」


 隆也の説明にうろたえながらも、柔軟に状況を飲み込もうとする王女。


 それにしたって、言うに事欠(ことか)いて『禍々(まがまが)しい』はないだろうに。と、隆也は内心うなだれた。

 異世界を知ってからというもの、隆也は自分の住む地球という世界にそれまで以上の愛着を感じているのだ。


 異世界には地球と違い太陽が八つある。


 ひとつひとつの大きさは地球の太陽に比べて非常に小さい。また、常に輝くのは八つのうち中央にあるひとつのみで、月日と共に輝く太陽の数は最小であるひとつから最大の八つまで変動する。そうして輝く太陽の数が異世界では季節を形成するのだ。


 今の三人は、隆也が初めて異世界に渡った時と同じ驚きを味わっているのだろう。

 一行が驚愕から立ち直り、その場を動き始めるまでにはなんだかんだと言って少なくない時間を要することになった。




 旅のしやすさという意味では運が良い。隆也はそう思った。


 季節は夏。場所は信州(しんしゅう)の山中である。これが冬だったら目も当てられない。

 もちろんその場合は別のルートを使うことにするのだが。


 冬場は深い雪につつまれた山々も、この季節は()(しげ)る草木によって青々としている。標高が高い場所にあるためか、夏の日差しが強くてもそれほど暑さは感じなかった。


 なにより隆也にとって大事なのが、人目に触れず移動できることだ。

 王女に騎士に侍女。街中でこの三人を引き連れて歩けば、目立つこと間違い無い。一応の対策は考えているが、これから先のことを思うと頭を抱えたくなる隆也だった。


 移動する先のポイントは山をふたつほど超えたところにある。道程(どうてい)のほとんどがひとけのないルートであることも幸いしていた。


「これから向こうの方角にある次の移動ポイントへ向けて進みます。天気が崩れなければおそらく明日の昼頃には到着すると思います」


 地図を広げながら隆也が説明した。


 途中で野宿をすることになるが、雨にでも打たれさえしなければ大丈夫だろうとふんでいた。もちろん夏だからといって、人の手が入っていない自然の山である。気を抜けばあっという間に遭難してしまうだろう。


 だが幸い近くには国道が通っている。いざとなれば道へ出られるということが隆也に安心感を与えていた。


 その後、一行は隆也の案内で信州の山を夕暮れまで歩き続け、小さな川のほとりで夜を越すことにした。


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