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第6話

 出発の日から二日が経過した。


 『壮途(そうと)の地』への旅程は全くといって良いほど進んでいない。それは当然である。当初の宣言通り、隆也は二日間を既存の依頼遂行に費やしたため、王女一行はいまだ地球に足を踏み入れていないからだ。


 王都の宿、あるいは王都付近の街で待機するように隆也は提案したのだが、三人が三人とも、それぞれ表現は異なるものの(がん)として受け入れてくれなかった。


「この旅では私も身を明かすことは出来ない。王都やその周辺にはゆかりの者も多く、顔も広く知られている。私の正体が明らかになれば要らぬ騒ぎとなろう」


「騎士たる身が、受けたそばから使命を放棄するかのごとき怠惰(たいだ)は許されぬ」


「せっかくなのでいろんな街を見て回りたいですね。一日だって無駄にしたくないです」


 一歩も譲らぬ三人に、隆也は折れざるを得なかった。民主主義的に考えても三対一の圧倒的劣勢である。


 妥協案として、隆也が二日間いない間、三人で無理のない距離を進んでもらうことにした。ちょうど良いことに、歩いて二日ほど言ったところには別のポイントがあったからだ。

 そのポイントからは日本へ移動ができるため、二日後にそこで合流すれば問題無いだろうという判断だった。


 もちろん『異世界→地球→異世界』のショートカット移動をするのだから、二日分歩いたからといって、行程(こうてい)が縮まるわけでもない。むしろ当初の予定から外れるため、目的地への最短ルートが使えなくなってしまう。


 隆也は請負(うけおい)済みの配達を急いで終わらせ、新規で舞い込んでくる依頼については丁寧に辞退し、機嫌を損ねる幼なじみの亜美へ時々フォローを入れながら何とか残っていた仕事を片付けることに成功した。


 そして出発から二日後に終業式を終えた後、ようやく三人の同行者と合流したわけである。


「さて、トキモリ殿。今日から我々と同行していただけるのだな?」


「はい。今日からよろしくお願いします」


 微笑を浮かべながら手を差し出す王女。高貴な身分にしては気さくな性格らしく、隆也に対しても着飾った様子がない。

 反対に突っかかってくるのが護衛の騎士である。


「貴様! 姫様に対してなんと馴れ馴れしい! そもそも二日も待たせたことに対して謝罪の言葉すら無いのか!?」


 自然体の王女に対して、こちらは必要以上に肩肘を張っているように感じられた。騎士にしてみれば、同行するのが得体の知れぬ運び屋の男と戦力としては全く役に立ちそうに無い侍女である。王女の安全が彼の働き次第であることを考えれば、それも無理はないだろう。


「アルフ! 失礼であろう! 無理を通したのはこちらなのだ、トキモリ殿が謝罪せねばならぬ理由は何もない!」


「ですが、姫様!」


「くどい!」


 ふたりのやりとりを前にして隆也は内心肩をすくめると同時に、騎士がアルフという名であることを初めて知った気がした。よく考えてみれば、初対面の時には名乗ってもらった記憶が無い。


 これはこれは、と隆也はこれから先の旅程(りょてい)を思い、気を重くする。騎士に歓迎されていないとは知っていたが、これではほとんど仮想敵扱いである。


「トキモリ殿。とりあえずはこれからの行程を確認したいのだが?」


 隆也の方へ体を向け直してストロベリーブロンドの王女が切り出す。


「あ……、はい。今日はここから南にある森へと向かいます」


「何を言っているのだ貴様は? 方向が逆では無いか。遠ざかってどうする」


 手帳に目を落としながら説明する隆也へ、騎士が口を挟む。


「確かにアルフの言う通りだ。なぜわざわざ遠ざかるような方向へ行くのだ?」


 さすがに隆也の意図が読めない王女も騎士に同意する。いきなり目的地から意図的に遠ざかろうというのだ。騎士で無くともその反応は当然だろう。


「私の使う移動手段というのは直接的な距離があまり関係ないんです。ここからですと南の森を経由する方が近道になるんですが……、言葉で説明するのはちょっと難しくて」


「む……」


 王女と騎士、ふたりそろって何とも言えぬ表情だ。


「えーと、ですね……。これは先日他言無用をお願いした件ですが、私が普段使っている移動方法に関係することなんです」


 隆也がそう言うと、ふたりがとたんに表情を改めた。そしてその先を話せとばかりに目で促す。


「実は南の森にある場所からは私の故郷に行くことが出来るんです。私の故郷を通ることができれば、このまま普通に歩いて行くよりもはるかに早く移動ができます」


 今度は一転してふたりの顔に(いぶか)しげな表情が浮かぶ。


 隆也は頭を抱えたくなった。出発早々にこれだ。実際に見てもらえば話が早いのだが、当然この辺りにはポイントがない。少なくとも南の森まで行かないことには実践のしようが無い。


 SFの世界なら『ワープ』の一言で通じるかも知れないが、せいぜい動物の背に乗るくらいしか移動手段というものがないこの異世界で、瞬間移動やワープと言っても理解してもらえるわけがないだろう。


 その時、それまで口を開かず横で控えていた侍女が隆也へ向けて話しかけてきた。


「その移動方法というもので、トキモリ殿はいつもオクタルから王都まで荷物を運んでいたのですよね?」


「え? ええ。オクタルから王都へ来る時も同じ手段を使っていましたよ。使う入口は違いますけど」


「そうか……、確かにオクタルから三日で王都に移動できるほどの手段なら、少々の遠回りなど問題にはならんか……」


 口元に手を添えて王女が納得したようにつぶやく。


 侍女の何気ない問いかけは、隆也にとってありがたい援護射撃となった。ふと隆也が侍女に目を向けると、彼女はうっすらと微笑みかけてくる。その表情を見るに、どうやら意図的な発言だったらしい。


「その移動手段を使わない場合は、どれくらいでルッセンまで到着する?」


 次いで騎士が問いただす。


「その場合は私が同行する意味が全くありません。普通に歩くなり、移動用の家畜に乗って移動するなりですよ。私が居ても居なくても到着までの所要時間は変わらないでしょう」


「むう……」


 気に入らない、といった風に騎士がうなる。


「では最初から結論は出ているな。トキモリ殿、異を差し挟むようなことを言ってすまなかった」


「姫様! そのような者に謝罪の言葉など必要ございません!」


「アルフ……」


 小さくため息を吐くと、王女は首を横にふった。


「誤りを認めたなら謝罪する。人として当然のことであろうに」


「姫様は王族にございますぞ! 王族が容易く謝罪の言葉を口にすれば、王家の沽券(こけん)に関わります!」


「くだらぬ。沽券も何も王家が存続すればこそであろう。そもそもここには国内の貴族もおらねば、他国の外交官もおらぬ」


「そう言う問題ではありませんぞ! この者はただの一般人です! 増長して『王家の姫君が自分に頭を下げた』などと吹聴(ふいちょう)するやもしれませぬ!」


「トキモリ殿がそのような賤劣(ひせん)(やから)とは思えぬ。なによりこれから共に旅をする仲間ではないか。くだらぬ事にこだわってどうする。さあ、そろそろ出発せねば日が暮れる」


「お待ちください、姫様――」


 もはやこの話はここまでとばかりに南へ向けて歩き始める王女と、それを追って説得を続ける騎士が離れていく。


「私たちも参りましょうか?」


 呆然とする隆也を現実に引き戻したのは、栗色髪の侍女が発した明るい声だった。


「え? ……ええ」


 隆也たちは早足でふたりの後を追いかけ始める。


「あ、さっきはありがとうございます。助かりました」


 先ほどの援護射撃を思い出して隆也が軽く頭を下げた。


「ふふふ、お役に立てて何よりです」


 横を歩きながら、侍女が隆也へ微笑みを返す。


「侍女さんは不安じゃないんですか? 我ながら下手な説明で混乱させてしまったように思えて……」


「ルナミスです」


「え?」


「私の名前。『侍女さん』じゃなくてルナミスですよ。どうぞ気軽にルナと呼んでください」


 人なつっこい笑顔を浮かべて侍女が言う。


「ルナ……さん、ですか?」


「そうです。年齢も大して変わらないでしょうし、そんな堅苦しい言葉遣いじゃなくて、もっと砕けた口調で良いですよ?」


「んー……、でもルナさんって貴族なんですよね?」


「一応は。でも生まれつきの貴族じゃないんですよ。養女ですから。根っからの貴族じゃないですし、あんまりそういうのって気にしません」


「そうですか……。そりゃ、こっちも気が楽ですけど……。じゃあ、えーと。こんな感じで口きいちゃうけど良いのかな?」


「そんな感じで口きいちゃっても良いですよ。うふふ」


 確かに侍女として表情を抑えている時のルナミスも、それはそれで目を引く容姿であった。だがこうして女の子らしい自然な笑顔を浮かべると、それまでの印象とはまた違ったみずみずしい魅力があふれ出る。


「じゃあ、俺のことも隆也と呼んでよ。そっちが俺の名前だから」


「リューヤ殿、ですか?」


「君付けでも呼び捨てでも、好きなようにどうぞ」


「では、リューヤさんで」


「よろしく、ルナさん」


「こちらこそよろしくお願いしますね、リューヤさん」


 気が滅入(めい)るばかりだった今回の依頼で、ようやく隆也が心落ち着けた瞬間だった。





 南へ向かって歩くこと二時間。一行は目的地の森へと到着する。


「この森でよいのか?」


 先頭を歩いていた王女が振り返って隆也へ訊ねる。

 てっきり箱入り娘の王女様かと思えばなんのその。二時間歩き詰めでも息ひとつ切らせていない。


 普段から体を鍛え、訓練を重ねているであろう騎士が平然としているのはわかる。納得できるのだ。だが最初に会った日、すみれ色のドレスに身を包み、優雅な所作(しょさ)を見せていたあの王女がまさかここまでの健脚(けんきゃく)を見せるとは隆也も予想だにしなかった。


「ここに何があるのですか?」


 横を見ればこれまた何事もなかったかのようについてきている侍女が、小首をかしげながら隆也に問いを投げかけていた。


 隆也は戸惑いを隠せずにいる。


 おかしい。この世界では体力の基準が違うのだろうか、と。


 旅をするには明らかに向いていないであろうメイド服を来た侍女――中身は貴族の令嬢――が、二時間歩きっぱなしでも泣き言ひとつ言わないというのは一体どういうことなのだろう。


 途中気を遣って何度もルナに声をかけてはみたものの、その都度笑顔と共に「大丈夫です。姫様のお付きならこれくらいは当たり前ですから」と、何やら詳細に問いただしたくなるような言葉が返されてきた。


 ひょっとしてこの中でもっとも体力がないのは隆也かもしれない。


 異世界へ移動するためのポイント捜索とルート確立のため、半年間やみくもに野山を歩き回った隆也は、同年代の少年達と比べても相当強靱(きょうじん)な下半身と体力を持っているはずである。宅配の仕事を始めてからも、先日コルに襲われそうになったケースのように、危険から逃げる必要に迫られることは多い。そのため自然と人並み以上の体力を維持できている隆也であった。


 その隆也をしてショックを隠せない現実である。もし宅配によって足腰が鍛えられていなければ、今来た道程の半分も進めずにへばっていたに違いない。そうなれば面目(めんもく)丸つぶれである。


 そんな隆也の心中も知らず、ポニテ王女は「早くしろ」と言わんばかりに後から来る隆也を待っている。


「ええ、間違いありません。ここからは俺が先導します」


 休む間もなく、隆也を先頭にして一行は森の中へ入っていった。手帳の記録を頼りに隆也は道なき道を進んでいく。

 やがてキョロキョロと辺りを見回していた隆也は立ち止まると、同行者に向けて一言だけ告げる。


「ここです」


 そこは一見何の変哲(へんてつ)もない森の一部だ。

 一行が森に踏み入ってからそれほど時間も経っていない。おそらく五分も歩けば草原へ出られるような森の外縁部(がいえんぶ)である。


 だが隆也の目にはハッキリとその違いが見えていた。隆也が対面としている木の幹には、キラキラと輝く虹色のモヤがかかっている。これこそが異世界と地球を結ぶ出入口だ。


「魔力の(よど)みだな。それがどうかしたのか?」


 面白くもなさそうに王女が言う。


「え? 見えるの!?」


 隆也の言葉遣いが驚きのあまり素に戻る。


「別段珍しくもなかろう。魔力の流れが(とどこお)った場所ではたまに起こる現象だ。魔力は……知っているだろう?」


「あ、はい……。魔力はもちろん知ってますが……」


 魔力というのはこの世界で一般的に知られる『生命の根源』と言われている力だ。生物が生きるためには必須のものであり、大地から植物が、植物から草食動物が、草食動物から肉食動物が、それぞれ魔力を取り込むことでこの世界の食物連鎖が成り立っている。


 この世界では万物が魔力を持っている。というよりもむしろ『魔力が形を成したものを物体と呼ぶ』というのが常識らしい。隆也は魔力を地球で言う熱エネルギーのようなものと理解していた。


 これまで自分が地球と異世界の行き来をしている場所について、隆也は誰かを連れてきたり見せたことはなかった。そのため隆也が見ている虹色のモヤが、魔力そのものであるということを指摘する者もいなかったのだ。当然地球育ちの隆也自身が気付くはずもない。


 ちなみに魔力は目に見える。個人差があるため見え方には人それぞれ違いがあるらしいが、適性の高い者にはハッキリとその形状まで見えるということだ。逆に魔力の扱いが苦手な者にはなんとなくというレベルでしか分からないという。地球で言うなら相手の顔色がなんとなく優れないことに気付く、という程度なのだろう。


 だがどうやら王女の適正は高いらしく、ハッキリと木の幹にかかる魔力のかたまりを凝視(ぎょうし)していた。


「これ……、魔力だったんですね……」


 今さらながらモヤの正体を知った隆也がつぶやく。


「今までなんだと思っていたんですか?」


「え? いやあ……、なんというか……」


 横から投げかけられるルナの疑問に隆也は言葉をにごす。『自分にしか見えない特別な何か』などと、昨日までの認識を口にすることは恥ずかしくて出来なかった。


「それで? この(よど)みが何だというのだ」


 乾いた声で騎士が問う。

 遠回りまでして、へんぴな森まで連れてきたあげく、くだらないものを見せただけか? と、その表情が語っていた。


「これを使って俺の国へ飛びます」


「なに?」

「は?」

「え?」


 三者三様の反応が返ってきた。


「この澱み? は私の国とつながっています。私の国にも同じような澱みがあって、私はその場所まで一瞬で移動することができるんです」


「にわかには信じがたいが……」

「何を馬鹿なことを」

「まるでおとぎ話みたいですね」


 これまた各々異なるリアクションである。


「信じられないのも無理はないでしょうから、今から私がひとりでこの澱みに入ります。正確には触れるだけなんですが、一度向こうに移動してからすぐに戻ってきますので、見ていてください」


 いくら口で説明しても(らち)があかないことは明白(めいはく)であった。ならば実際にその目で見てもらうだけである。


 無言で見守る三人を背後にして、隆也は何のためらいもなく魔力の澱みへ手で触れる。


 その瞬間、周囲の景色が波紋のように揺れる。辺りの木々がゆがんで見えたかと思うと、あっという間に隆也の姿は三人の目前から消え去っていた。


2015/08/02 誤字修正 行きひとつ→息ひとつ

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