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エピローグ

「本当に良いのか、リュウヤ?」


 振り向いた拍子に、ストロベリーブロンドが尻尾のように揺れる。


「ああ、もともと王様にもらったお金なんだから、気にしないで良いさ」


 あっけらかんとした調子で隆也が言葉を返した。


 ここは日本のとあるマンション。その一室である。

 


 隆也の家からほど近い場所に建っているマンションのリビングで会話を交わすのは、運び込まれたばかりのソファーへだらりと身を投げ出している制服姿の隆也、そして立ったまま物珍(ものめずら)しそうに部屋の中を見回すエルシィだ。


 エルシィたちの住居として隆也が手に入れたこのマンションは、郊外でしかも(ちく)年数が結構たっているとは言え、三LDKという十分な広さを持っている。その購入金額は普通に考えれば学生の隆也に支払えるものではない。


 だが先日の依頼で受け取っていた報酬は、そんな常識すらあっさり(くつがえ)してしまうほどの大金であった。

 もちろん異世界のお金が地球で使えるわけもなく、換金のために少々の手間と手数料が必要になったのは言うまでもないだろう。実際には『少々』どころではすまなかったのだが……。


 あの強欲ババア、人の足もと見やがって……、と隆也は不愉快な記憶を思い起こす。


 大量の宝石や貴金属を日本のお金に換えるため、隆也は仕方なくある人物を頼らざるを得なかった。だがそのごうつくばりな人物は「不動産購入の手数料とアフターサービス料も含んでんだよ」と、相当額の取り分を要求したのだ。

 とはいえ、すぐにでもエルシィたちの住居を確保する必要に迫られていた隆也は、さんざん文句を口にしながらもその要求を飲むしか無かった。


 かくして王様から報酬として受け取ったお金は大幅に減ったものの、無事に中古マンションの一室を確保することが出来たというわけである。


「そうか、すまないな。迷惑をかける」


 亡国の王女がかすかに悲しさをまとわせた笑顔で口にする。


「それで、これからのことなんだけど――」


「ああ、それなら三人そろってからにしないか? お茶をいれるとか言ってキッチンに行ったままなんだが……」


 遅いな、とつぶやきながらエルシィがキッチンをのぞこうとしたタイミングで、ちょうど良くリビングへ戻ってきたのは薄い色の栗毛を持つ小柄な少女だった。


「すみません、お待たせしました。ちょっと容器の置き場所が高くて、なかなか届かなかったんです」


 ティーセットをトレイに載せ、姿を見せたのはエプロン姿のルナである。


「なんだ、言ってくれれば俺もエルシィも手伝うのに」


「いえ、この体にも早く慣れなくてはいけませんし」


 ミーレイの協力と隆也の能力で死の淵から舞い戻ることができたルナだが、やはり万全の状態というわけにはいかなかったようだ。


 周囲に漂うルナの魔力という魔力を全て集めてはみたものの、すでに世界へ溶け込んでしまった魔力が一部あったのだろう。再生したルナの体は明らかに一回り小さくなっていた。


 身長はもとより、平均以上のふくらみを持っていた胸も残念な大きさになり、それに気づいたルナが数日落ち込んでいたのは記憶に新しい。


 よく見れば顔もどことなく幼げに見え、エルシィ(いわ)く「まるで四、五歳若返ったみたいだな」ということだった。


 その中学生のような見た目とは裏腹に、ルナは慣れた手つきでテキパキとお茶を用意していく。


「どうぞ、姫様」


「だから姫はやめろと言っておるだろう」


「あ……、申し訳ありません」


 すでに国を失ったエルシィは姫と呼ばれることを嫌がった。


 この日本という国では「姫様」などと呼ばれれば周囲から奇妙な目で見られる、と隆也に聞いていることも理由のひとつであるし、なにより故郷の世界ではもはや身分を明かすわけにもいかないのだ。


「旅をしていた時のようにエルシィと呼んでくれればいい」


「はい……、エルシィ様」


 嬉しそうにルナが微笑む。


「それでリュウヤ、これからの事だったな」


「ああ、とりあえずは二人とも俺の仕事を手伝ってくれるって事でいいのかな?」


 お茶で喉を(うるお)した隆也が本題を切り出す。


「もちろんだ。その約束だしな」


「はい。私、楽しみにしているんです」


 ストロベリーブロンドと栗毛の頭が縦に揺れる。


《楽しいのー? じゃあ僕も僕もー。僕も手伝うー》


 どこからともなく脳内に流れてくる能天気な声を、隆也はあえてスルーした。


「俺はこっちで日中やらなきゃいけないことがあるから、活動するのは夕方頃から夜にかけてになるんだ。だから日中は二人とも好きに過ごしてもらって構わない。……もちろんその前にこの国について学んでもらわないといけないんだが」


「うむ。幸い言葉は通じるようだしな。あとは書物とあの……テレビとかいうのか? あれで勉学に(はげ)むとしよう」


「できるだけ早くリューヤさんのお手伝いが出来るようにがんばりますね!」


《ねーねー、僕はー? ねー、無視しないでよー!》


「情勢が落ち着くまで、向こうへ行くのはひかえようと思う。アルフさんのことも心配だろうけど……」


《あ、やっぱり無視するんだ。……だったらこっちにも考えがあるもん! ――えいっ!》


 隆也が延々とスルーし続けたせいか、脳内で響いていた声がプツリと消え去る。

 代わって今度は至近距離から能天気な声が聞こえてきた。


「これでどうだー! 僕も一緒にタクハイビンやるよー!」


 隆也たちは慌てて声のした方向へ目を向ける。いつの間に現れたのか、そこにはテーブルの上に座って隆也を見あげる四つ足の生き物が居た。


「へ?」

「む?」

「え?」


 三者三様の驚きを見せ、隆也たちが固まる中、黒い生き物が口を開く。


「あれ? どしたの? ねーねー、僕のこと見える?」


 パッと見は体長三十センチほどのネコ科肉食獣を思わせる姿。だが体全体を覆うようにフサフサの黒毛が生えているその黒い生物は、明らかに隆也の知らない動物であった。


「どこから出てきたのだ?」


「え? なんですか? この子?」


 エルシィとルナも困惑を隠しきれないでいる。

 その声に心当たりがあった隆也が、まさかという感じで問いかけた。


「もしかして、お前…………、ミーレイか?」


「そだよー? あれだけ助けてあげたのに、今さらー?」


 あきれたような声で黒生物が答えた。


「ま、いっかー。僕もタクハイビンやりたいー! 連れてって、連れてって、連れてってー!」


 慌てて自分の左手を見た隆也は驚きに包まれる。ついさっきまで身につけていたはずの指ぬきグローブが影も形も無くなっていたからだ。

 異世界のことを知るにつれ何度も衝撃を受けていた隆也だが、やはり地球とのギャップはまだまだ想像以上にあるようだった。


「ほらほらー、僕役に立つよー? 気配とか読むの得意だしねー。って言っているそばから、今も入口のところに誰かやってきたみたいだよ?」


 ホントかよ、と半信半疑で隆也が玄関へと(おもむ)く。

 外の様子をうかがおうとして、何の気なしに扉を開けた瞬間、ぴったりのタイミングで見覚えのある顔が目に入った。


「あ、亜美?」


 そこに居たのはボーイッシュな雰囲気を漂わせた隆也の幼なじみ、亜美だった。


「え? なんでお前がここに?」


「……ホントに居た」


 目を白黒させる隆也とは対照的に、制服姿の少女は剣呑(けんのん)な雰囲気をまとわせていた。


「隆也が……、最近帰り遅いから心配して、色々周りに聞いてみたら……。吉村君たちが『あいつはオンナ囲ってヨロシクやってる』なんて言うもんだから……。隆也に限ってそんな事するはずが無いって思ったけど、気になって……」


 段々と声のトーンが低くなっていく。


「……まさかホントに居るとは思わなかった。…………隆也、あんたここで何してんの?」


「え? いや、何って言っても……」


 予想外の訪問者に詰め寄られ、たじろいだ隆也は言葉を詰まらせる。


 重い空気の中、しばしの沈黙が訪れる。それはまるで可燃性のガスに包まれつつも、火の気が無いがために、かろうじて無事であるといったギリギリの状況。


 だが隆也の様子をうかがいにやってきたストロベリーブロンドの美少女が、あっけなくそこへ火種を放り込んだ。


「リュウヤ、何か問題でもあったのか?」


 突如現れた物言う花に、亜美が目を見開く。その口は空気を求める金魚のように無音のまま開閉を繰り返していた。


「おい、亜美。大丈夫か?」


 心配した隆也が声をかけると、それがトリガーとなったかのように亜美の感情が爆発する。


「あ、あ、……あんたまさかホントに!? 吉村君の言う通りだったのね! 高校生の分際で女の子囲っているなんてサイアク! サイテー! フケツだわ! ギルティよ! ギルティ!」


「どうしたんですか? エルシィ様、リューヤさん?」


 騒ぎを聞きつけてエプロン姿のルナまでが顔を出してきた。


「ふ、ふたりも……!? それも、こ、こんな小さな子まで……!」


 実際には隆也たちとそれほど年の変わらないルナだが、元の見た目を知らない亜美には年端もいかない少女に見えるようだった。


「ど、どういうことよ、隆也!? ちゃんと説明しなさいよ! この人たちは誰なの!?」


「え、いや、そのだな……」


 歯切れの悪い隆也にしびれを切らした亜美がエルシィに向かって問う。


「あなた方は……、隆也とどういう関係なんですか!?」


「む? 私か? そうだな、私はリュウヤの…………、所有物だな」


「しょ……!?」


 想定を上回る衝撃的なその言葉に、亜美が絶句する。


「そういうことだ。私の体はすでにリュウヤの物らしい」


 そう言ってエルシィがいたずらっ子のようにクスリと笑みをこぼす。完全に状況をおもしろがっているようだった。


「ちょっと隆也! あんたまさか人に言えないような事しているんじゃないでしょうね!?」


「い!? ちょっと待てよ亜美! エルシィも! 誤解招くような言い方するなよ!」


「ふふふ。だが事実だろう?」


「おいルナ! お前からも何とか言ってやってくれよ! これじゃあ俺が悪者みたいじゃないか!?」


「ひどいですリューヤさん。私の体を(復活させるために)全身すみずみまでその手で……。(魔力の粒をひとつひとつたぐり寄せたから)もう私の体でリューヤさんが触れていないところなんてひとつもありません。あの頃の(縮む前の)私を……返してください……」


 空気の読めるメイドが悪ノリし始めた。両手で顔を覆って泣き真似をしながらわざと誤解を招くような言い方をする。


「ちょっ! ルナ!?」


 それを聞いた亜美が、ショートカットから少しだけはみ出した耳を真っ赤に染める。ひきつった頬の筋肉がヒクヒクと動いていた。


「隆也ー! あんたって……、あんたってやつは……。この……外道! ロリコン! 鬼畜! ギルティよ! ギルティだわ! ギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティーーー!」


 顔を青ざめさせて狼狽する隆也。


 面白そうに笑い声を立てるエルシィ。


 顔を両手で覆いながらもプルプルと笑いをこらえるルナ。


 そんな四人を離れた場所から楽しそうに眺めるミーレイ。


 閑静(かんせい)な住宅街の片隅、中古マンションの廊下に亜美のギルティがこだまし続けた。


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[良い点] 面白かったです。短く手堅くまとまっています。
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