第3話
隆也にとって休日は稼ぎ時だ。
平日は放課後からの業務開始となるため、どうしても一日二件程度が関の山であるが、休日ともなれば話は別である。配送ルートを効率化して朝からフル稼働すれば、
「六件はいける!」
もちろん平日と異なり多くの企業が休みである。だが二十四時間三百六十五日稼働の研究機関や医療機関は曜日など関係ない。おまけに異世界においてはそもそも曜日の概念がなかった。地球に比べれば物流も未発達であり、隆也が地球で提供している『地球の裏側まで数時間』レベルのサービスまでは必要としない。
東京大阪間を翌日お届けという、地球で一般人が利用する宅配便のサービスレベルですら、異世界では奇跡のワザなのである。そのため平日に荷物を集荷して、休日にまとめてお届けというレベルでも十分だ。
「今日は……、お? 王都への配達があるのか。ひさしぶりだな、王都。んじゃこれは最後に回して、仕事の後に王都でショッピングでもするかね」
手帳で仕事を確認すると、隆也はいつもの通り作業着に身を包み、帽子をかぶって家をあとにする。
「まいどー! 時森配送でーす!」
「おお、トキモリさん。相変わらずヘンな格好だねえ」
カウンターの向こうから恰幅の良い中年男性が隆也へ笑いかける。
「またまたー。第一声がそれですか?」
ここは一般的に王都と呼ばれる都市、その商業街に軒を連ねたとある雑貨屋である。ちょくちょくと荷物をお届けしたり、あるいは依頼を受けたりするいわゆるお得意様のひとつだ。
「これ、いつものやつです。代金は前払いで向こうからいただいてますんで、ここに受け取りのサインをもらえますか?」
「はいはい。――これでいいかね」
「確かに。まいどありい!」
サイン済みの受領書をウエストポーチに入れた隆也は、これで今日の仕事が終わったとばかりに軽く伸びをする。思ったよりも早く仕事が片付いたため、ゆっくりと王都で買い物を楽しめそうだった。
もちろん王都と言えど日本の都会ほど栄えてはいないし、品揃えだって百貨店やショッピングモールと比べればかなり貧相だ。だがこの世界にはこの世界独特の文化や品物がある。そんな異色の品を見て回り、買い物をするのは隆也にとって貴重な楽しみとなっていた。
「何か面白いもの入荷してます?」
仕事を終えてプライベートモードへと切り替わった隆也は、ぐるりと店内を見回して面白そうなものがないか物色する。
「新しいものは……、特にないかな」
微妙な間を挟んで店主が答えた。
「そりゃ残念。何か街の雰囲気もちょっと暗いし、人も少なくなった気がするんだけど……、景気悪いんですかねえ」
期待はしていなかったのだろう。大して残念そうにも聞こえない口調で感想を述べながら、隆也はある一点を見つめていた。
そこにあるのは黒い手袋だった。だが不思議なことに片手分しか置いていない。ずいぶんと半端な品だった。
だが隆也の心を惹きつけてやまないのはその形状である。指の部分は第二関節から先がむき出しになるよう、途中で完全に切断されていた。いわゆる中二病御用達の指ぬきグローブというヤツだ。
既に中学生ですら無い隆也だが、周囲の友人達が中二病を患っていた頃には異世界と地球の移動ルート開拓と宅配業の立ち上げで躍起となっていたため、そういったものに目を向ける余裕が全くなかったのだ。
ところが仕事が軌道に乗って心理的に余裕が生まれると、今さらな事に周回遅れの中二病が隆也の脳を侵し始めた。
黒光りするそのつややかな表地。甲の部分にあしらわれたワンポイントの刺繍は荒々しくも気高い有翼獅子のデザイン。気のせいか、グローブの表面からは淡いオーラすら感じられた。
「またそれを見てたのかい?」
荷物を奥へと持って入った店主が、戻ってくるなり呆れ顔で隆也に声をかける。
「いいよなあ、これ。かっこいいわー。でも売り物じゃないんでしょう?」
「ああ、片手だけのグローブなんて半端物、売り物にはしないよ。第一それは――」
「昔の知り合いから譲り受けた思い出の品、なんでしたっけ?」
「そうだよ。だからまあ、両方そろっていても売り物にするつもりは元から無いんだよ」
これまで何度も聞いた話であった。
「それはそうと、これ。持って行きなさい」
そう言うと店主はカウンターの上に革袋を置いた。中からじゃらりと音が聞こえてくる。
「なんですか、これ?」
革袋を開いた隆也が驚きの声をあげる。革袋の中には金貨や宝石がいくつか入っていた。
「お礼だよ」
「報酬でしたら向こうで前払いしてもらいましたよ? さっきも言ったじゃないですか」
「それとは別のだよ。普段お世話になっているからね。ボーナスみたいなもんだと思って取っておきなよ。あと、店の中にある品からひとつ選んで持っていって良いよ。プレゼントだ」
突拍子もない事を言いはじめた店主に、隆也は目を丸くした。
「え? と、突然どうしたんです?」
「それくらいトキモリさんには感謝しているって事さ。まあ、今回だけだから。遠慮なく持っていきなよ」
あまりに太っ腹な――いや、物理的にではなく――店主の言葉を聞き、腑に落ちない表情を浮かべながらも、目が向くのはやはり先ほどの指ぬきグローブ。無駄だと分かっていても、この中からひとつだけ欲しい物をと言われれば、他に選択肢などなかった。
「……やっぱりそれが良いのかい?」
苦笑しながら店主が声をかけてくる。
「あ……、うぅ……、でも、これはダメなんですよね……?」
「……………………」
てっきり即答で拒否の応答があると思っていた隆也は、沈黙を挟んで店主が発した言葉で意表を突かれる。
「そうか…………、わかった」
「え?」
「あげることはできないけど、しばらく貸してあげるだけなら良いよ」
「マ、マジですか?」
「『まじ』? よ、よくわからないけど良いよ」
店主はショーケースから指ぬきグローブを取り出し、状態を確認したあと隆也へと手渡す。
念願かなってグローブを手にした隆也は、欲しかったおもちゃを買ってもらった子供のように満面の笑みを浮かべていた。さっそく左手に装着すると、拳を突き上げるように高々と頭上に掲げる。
「おおおおお! かっこいい! かっこいいいい!」
「あ……。そ、そうかい? 喜んでもらえて何よりだよ」
初めて見る隆也のハイテンションに、店主は若干ひいていた。
「そのグローブの銘は『黒絶の守護ミーレイ』と言うんだ。本当はもうひとつのグローブと対をなすんだけど……」
見た目だけでなく、銘すらも中二病ストライクど真ん中だった。
「確か持ち主を守る加護があるとかなんとか言っていたなあ。まあ片方だけだとどこまで効果があるのかわからないけどね」
「いえいえいえいえ! 加護なんてなくっても、十分ですとも! 黒絶の守護ミーレイ! 黒絶の守護ミーレイ! 素晴らしい名です!」
もはやグローブに取り憑かれたのではないかと思えるほど興奮を抑えきれない隆也に、苦笑いを浮かべた店主が言葉をかける。
「私にとって大事な友人が残してくれた思い出の品だからね。絶対に失くしたり壊したりしないよう、丁寧に、大事に扱ってね。約束だよ」
「もちろんですよ! 大事に大事に使いますから! ……あ、いつまで貸していただけるんでしょう?」
ふと正気を取りもどした隆也が疑問を口にする。貸してもらったは良いが、二、三日で返せと言われるとちょっと悲しくなってしまう。
「別に返すのはいつでも良いよ。トキモリさんが満足するまで使って良いから」
なんという太っ腹であることか。別に物理的な(以下略)。
「ま、まじっすか!? あざーす!」
「あ、『あざーす』?」
再び店主にはよくわからない単語を発し、ハイテンションボーイが直角九十度のお辞儀を見せた。
「ま、まあ喜んでもらえて良かったよ。……と、そういえばトキモリさんはこのあとまだ配達残っているのかい?」
「いえ、今日はこれで仕事終わりです。あとは市場にでも行って買い物しようかと」
「だったら申し訳ないんだけど、ひとつ頼まれてくれないかな?」
「なんでしょう? 今なら大概の頼みは二つ返事で受け入れてしまいそうな俺がここに居ますが?」
まだ微妙におかしなテンションの隆也だった。
「実はトキモリさんに仕事を頼みたいという人がいてね。出来れば今からその人に会って欲しいんだけど」
「ん? お仕事の紹介ですか? それなら二つ返事通り越して三つ返事で受けちゃいますよ」
「そうかい? それは良かった」
「それで、その方にはどこへ行けば会えるんでしょうか?」
「ちょっとまってて」
店主はカウンターの椅子に座ると、引き出しから紙とペンを取り出して何やら書き始める。やがて書き終わった紙を隆也に手渡しながら説明した。
「この場所へ行ってくれれば会えるように手配してあるから。向こうはトキモリさんが来るのを待っているはずだよ」
「わかりました。じゃあ今から行ってきます」
「ああ、トキモリさん」
目的地までの地図が書かれた紙を受け取り、浮かれた気分のまま店から出ようとする隆也を店主が呼び止める。
「なんですか?」
「いつもありがとうね。キミのおかげで助かっているよ。……本当にありがとう」
穏やかな笑みを浮かべながら店主が感謝を述べる。
「へ? い、いやだなあ。なんか改まって言われると照れちゃいますよ。お世話になっているのはこちらもなんですから。これからも時森配送をごひいきにお願いしますね!」
「ああ、それじゃあまたいつか」
「はい、またお届けにあがります」
隆也は左手にはめた指ぬきグローブを眺めてはニヤニヤしつつ、王都の商店街を地図にしたがって歩いて行った。