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第27話

「ガウウゥゥゥア!」


 雄叫びをあげて化け物が再び襲いかかってくる。


「俺が正面に立つ! エルシィは背後から!」


「わかった!」


 先ほどの一撃を見て、隆也は自分が正面に立つことを決めた。ミーレイの強化とシールドをもってしてもその威力は脅威だ。とてもエルシィには耐えられないだろう。


《シールド展開ー。今度は三重にしちゃうよー。あとねー、あとねー、視力も強化ー!》


 頭の中で陽気な声が響く。勝手になにやってくれてんだ、と悪態(あくたい)をつきたいところだが、残念ながら隆也にそんな余裕はなかった。


 化け物の正面に立つとなればシールドが有効なのはさきほど証明されているし、それを三重に張ってくれるのであれば安全性はなお向上するだろう。

 体からごっそりと魔力らしきモノが抜き取られているのは気になったが、問い詰めるのは化け物を仕留めてからである。


 とはいえ今さら『視力強化』などと言われてもわけがわからない。おそらく動体視力を強化したのだろうと隆也は安易に考えたが、その考えが一変するまでにそう長い時間はかからなかった。


 確かに化け物の動きは、見えやすくなっている。初撃はあわや被弾というギリギリの回避だったのが、今は余裕でかわせていた。回避だけではない。こちらの攻撃も、思ったよりも的確に命中している。


 その理由が明らかになり、視力強化の意味が明かされたのは、化け物の向こう側からときおりのぞくエルシィの動きを見たときだった。

 当然体の大きな化け物を挟んでいるからには、立ち位置によってエルシィの姿が完全に隠れることもある。ところが不思議なことにエルシィの姿が見えなくても、彼女がどう動き、どんな攻撃をくり出しているのかがなぜか隆也にもわかってしまうのだ。


「そういうことか」


 隆也はひとり納得する。

 意識を集中させると、周囲の状況が全て脳に映し出される。化け物を含めて自分達の立ち位置、その間合い、今いる洞窟の広さや壁までの距離、そして床に横たわったルナの体……。全てが手に取るようだった。


「あれか? 上空から俯瞰(ふかん)するように状況が把握できるってことか。でもこういうのって脳に対する負荷が大きすぎて、多用すると副作用があったりするんだよな、マンガなんかだと」


《ぴんぽーん! せいかーい! 百点満てーん!》


「嬉しくねえよ!」


 不思議なもので、自分の前方を見ている通常の視点は変わらず認識できるにもかかわらず、同時に俯瞰(ふかん)視点――あるいは自分の後方などから少し離れて見る視点――の情報も違和感なく把握できている。どういう理屈かはわからないが、自分達を客観的な位置から見ることが出来るのは確かに大きい。上手く使いこなせば後ろにも目がついているようなものだ。死角がなくなるというのは、それだけで危険を大幅に低下させてくれる。


 しかしそれは同時に、膨大(ぼうだい)な情報を処理せざるを得ない脳が酷使されるということに他ならない。長時間の使用には耐えられないだろうし、多用するのもまずいだろう。

 もちろん今はそんな事を言っていられる状況ではない。少々の無理は承知の上で、この化け物を沈黙させなければならないのだから。


 隆也がするべきことは、可能な限り目の前にいる化け物を倒すこと。それを意識しながら、隆也は化け物がエルシィを標的にしないよう、多少突っ込み気味に斬りつける。


「グガアァァァ!」


 腕を斬られた化け物が苦悶(くもん)の声をあげる。

 いらだちを振り払うように、化け物はその太い腕を左右に往復させた。だがそれは身体を強化した隆也にとって、十分に避けられる攻撃である。


 その速度さえ注意すれば、化け物の攻撃はいたって単調だった。打ち下ろしてくる腕を左右の動きでかわし、横から斬り上げる。


 横に払って来たときはバックステップでいったん下がり、カウンター気味にこちらも横なぎの一撃を入れる。突き出される拳をかいくぐって懐に入り、体毛で覆われた胴にダメージを蓄積していく。


 シールドへ攻撃を食らうことなく余裕をもって隆也が攻撃をかわすのと対照的に、化け物の方は確実に傷を増やしていった。


 問題ない、いける。そんな隆也の考えを慢心と呼ぶのだろうか。


 化け物の右腕をかいくぐって懐に入った隆也は、俯瞰(ふかん)視点で自分の背後と側面から向かってくる腕を感じた。次の瞬間、シールドの割れる渇いた音が三回連続して鳴った。それを理解する間もなく、さらに隆也を化け物の拳が襲う。


「うわっ!」


 とっさに体をよじって直撃を避けるが、巨大な拳を完全にかわすことは出来ない。


 左肩へ強い衝撃を受けたと感じたときには、既に隆也の体が吹き飛んでいた。むき出しの岩床を隆也は転がり、突き出した岩の塊にぶつかってようやく止まる。


「痛ってぇ!」


 身体強化のおかげで大けがはせずにすんだようだが、それでも拳を受けた肩がじりじりと痛み始める。


「リュウヤ! 大丈夫か!?」


「エルシィ! 今は攻撃するな!」


 吹き飛ばされた隆也の元へ行かせまいと、エルシィが化け物を牽制(けんせい)する。だがそれは化け物の意識がエルシィへ向いてしまうということである。ミーレイの力で身体強化をした隆也ですらかろうじて互角のスピードなのだ、エルシィには荷が重すぎるだろう。


 しかも――。


「増えてやがる」


《うわー! 何あれ、すごーい! 腕っていうより触手?》


 脳天気な声が隆也の頭に響いた。ミーレイの言う通り、化け物の体からは二本の腕とは別に六本の触手が生えていた。


 触手は先端に拳のような五本の指を持っており、一見しただけでは腕のようにも見える。だがその動きは明らかに軟体動物のようなうねりを見せており、内部に支柱としての役割を果たす骨が入っていないであろうことをうかがわせる。


 それが六本。腕とあわせれば計八本である。三重のシールドが一瞬で破られるわけだ。


「ミーレイ、治してくれ!」


《無理ー》


「どうしてだよ!?」


《治癒はおひとり様一日一回限りとなっておりますー》


「そういう大事なことは早く言ってくれ!」


 隆也は痛む肩を押さえながら立ち上がる。既に化け物はエルシィを標的に変えつつあった。負傷したからといって休んでいる余裕はないのだ。隆也は左腕をだらりと下げたまま、右手で剣を持ち直すと化け物の背中へ向けて飛び込んだ。


 俯瞰(ふかん)視点の光景が脳に映し出される。既に化け物はエルシィへと触手を伸ばしつつあった。


「お前の相手はこっちだあああああ!」


 あえて化け物の意識を引きつけるために、無防備な化け物の背中へ叫びながら斬りつける。だが化け物の体表はひどくぶ厚い皮に覆われている。両手ならともかく、いくら身体強化をしていても片手の力だけでは深い傷を負わせることが出来ない。


「浅いか!?」


 それでも化け物の目をこちらへ向けることには成功したようだ。すぐに肩と脇腹から伸びた触手がそれぞれ一本ずつ、隆也を挟むように襲いかかってくる。先ほどは不意を突かれて避けられなかったが、来ることがわかっていれば十分かわすことは可能だった。


《あ、シールド忘れてた》


「頼むよ、おい!」


《らじゃー。三重は無理っぽいので二重シールドてんかーい!》


 そうしている間にも、化け物は次々と攻撃をくり出してくる。完全に標的を隆也へと定めたようで、エルシィを牽制する一本の触手をのぞく七本全てが四方八方から襲いかかってきた。


 避けたと思ったらその瞬間に別の角度から触手が飛んでくる。俯瞰視点がなければとうていかわせない連撃を、隆也は細心の注意を払って避け続けた。


 だが回避するだけでは状況は好転しない。かわしざまに触手や腕へ斬りつけるも、片手だけでは決定的な威力とならず、せいぜい切り傷を与える程度だ。


「くそっ! 攻撃力を上げる魔法とかないのか、ミーレイ!?」


《僕そういうの苦手なんだよね。……剣を重くするくらいなら出来るけど?》


 使えねえ、と言いかけて隆也は考えなおす。確かに重さが増えるだけなら直接威力には影響しない。物体の落下という観点で考えれば決して無意味ではないはずだ。重ければ重いほど、上から振り下ろすときの威力は高くなるのではないか。


「斬り下ろすタイミングに合わせられるか!?」


《かんたん、かんたん》


「それで行こう!」


 突きも払いも斬り上げも、全て不要。狙うのは斬り下ろす一撃のみ。

 隆也は二本の腕と五本の触手からくり出される攻撃を辛抱強く避け続ける。常に七本の位置を俯瞰視点で把握しながら、敵が連係しづらくなるように立ち位置を変え、神経を張りつめてチャンスを待った。


 攻撃可能なタイミングは多くない。しかも攻撃に使えるのは上段からの斬り下ろしのみだ。足もとを狙ってくる触手をかわし、左右から同時に襲いかかってくる触手は一歩下がってやりすごす。正面からくり出される化け物の腕をかいくぐって、ようやく見つけたタイミングを逃さず剣を振り上げた。


「ここだ!」


《重量あーっぷ!》


 片手でも勢いを失わない剣速で、隆也は触手の一本へ向けて斬り下ろした。刃が触手へ接触する直前に、剣の重さがずしりと増す。次の瞬間、剣が触手を深く切り裂き、傷口から化け物の血があふれ出る。


「ガグアアアアア!」


 化け物が苦痛の叫びを口にする。

 隆也の目論見は成功した。加えて触手は本体や腕ほど硬くないのだろう。思いのほか深い傷を与えることが出来た。


「よし! 今の調子だ!」


《あいよー、じゃあ次はもっと重量あっぷー》


 傷を負った触手は明らかに動きが鈍っていた。既に隆也の脅威ではないだろう。

 そのまま隆也は一本一本触手に向けて、重量を増加させた剣で一撃を加えていく。慎重に、注意深く、息の詰まるほど緻密な回避を続け、その中で一瞬のチャンスを探し出す。

 極限まで研ぎ澄ませた集中力で、隆也はひとつ、またひとつと触手を葬っていった。


「五本目!」


 気合いと共に隆也の剣が触手を切り落とす。重量をさらに増した剣は、一太刀で触手を切断するまでになっていた。


 すでに触手は一本を残すのみ。俯瞰で見れば、エルシィへと向けられていた触手も傷だらけだった。化け物の意識が隆也へ向いていることもあり、触手一本に集中できたのが(こう)(そう)したのだろう。


 加えて大量の出血により、化け物の動きも鈍っている。もはや両腕の攻撃も脅威ではなかった。


《次は腕いってみよー!》


 軽薄な調子でミーレイの声が響く。


 隆也の剣が上段から斬り下ろされる。重量を増した長剣が化け物の太い腕に食い込む。


《あ、重さ足りなかった?》


 ぶ厚い表皮を切り裂いて、隆也の剣は確かに化け物の腕へ深く入り込んだ。だがその硬さと太さは触手とは比べものにならない。触手のように切り落とすことは出来なかった。


「ギエエエェェェ!」

 痛みに耐えかねた化け物が声を張り上げ、巨体をよじる。その瞬間、腕へ食い込んだ剣に無理な力が働いたのだろう。酷使(こくし)され続けた剣身が低い音を立ててふたつに折れてしまった。


「こんな時に!」


 隆也がルッセンで買った長剣は決して安物の粗悪品というわけではない。だが名のある(たくみ)が鍛えた逸品(いつひん)というわけでもないのだ。ごく普通の獣や革鎧を着た人間相手ならいざ知らず、巨大な化け物を相手に出来るほど丈夫な作りではなかった。


 もはや隆也の手元にあるのは、ルッセンであわせて買っておいた小ぶりの短剣だけだ。

 それは(まき)を集めるために使ったり、薬草を採取したりするためのものである。武器と言うよりは小道具というべきもので、とうていあんな化け物相手に通用するものではない。


「リュウヤ、私の剣を使え!」


 エルシィがすぐさま自分の剣を隆也の側へ放り投げる。


 隆也は苦痛にのたうつ化け物を警戒しながら剣を拾いあげ、ちらりとその剣身へと視線を向ける。さすがに王族が持つだけあって豪奢(ごうしゃ)な作りをしていた。


 剣の良し悪しはまだよくわからない隆也だが、それでもこれがその辺の店先で売っている一般用とはモノが違うということはなんとなく感じる。


《まあまあだね。でもさっきの剣よりはずっと良いよ》


 上から目線の声でミーレイが評価した。


「これならいけるか?」


《どうだろー? さっきよりも重くしてみる?》


「……ああ、思いっきり頼む」


 さっきは威力が足りなくて中途半端に刃が食い込んだのが失敗の原因だ。だが重量をこれ以上増したとして、それで本当にあのぶ厚い皮に通用するのだろうか。また同じ結果になったとき、換えの武器はもうないのだ。


 一瞬隆也が沈黙したのは、それを憂慮(ゆうりょ)したからである。


「グギャアアアアアア!」


 痛みにのたうち回っていた化け物が隆也達の方へ頭を向ける。


 体毛に覆われて表情は見えない。しかし見えていればきっと憎悪の視線を隆也に突き刺していたことだろう。化け物は今も声と体で怒りの感情を表現し続けていた。


「来いよ」


 隆也の挑発が聞こえたわけでもないだろうに、まるでその一言がきっかけとなったかのごとく、化け物が隆也目がけて突進してくる。


 化け物の腕が振り上げられる。隆也はそれを俯瞰視点で感じながら、最高の一撃をくり出す瞬間をうかがう。振り下ろされた腕が空を切り、隆也の体が化け物の懐に現れる。


 振り下ろされた隆也の剣が、傷を負った腕にさらなるダメージを加える。その後もでたらめにくり出される攻撃を冷静に避けながら、隆也は着実に化け物の傷口を広げていった。


 やがて化け物の腕は肉を切られ、骨を断たれ、皮一枚でかろうじてつながっている有様となる。辛抱強く戦い続けた隆也の努力が実を結んだ。


「これで!」


 隆也の剣が振り下ろされると同時に、化け物の巨大な腕が重い音を立てて地へ落ちた。


「残り一本」


「ガグゴァァァアアアアア!」


 もはや目の前にいる化け物は隆也の敵にもならない。注意すべきは腕一本。それも単調で粗雑な攻撃だけだ。


 少しずつ、無理をせず、隆也は確実に残った腕へと剣を斬り下ろす。

 このまま化け物を倒すのも時間の問題と思われたその時だった。


 パキン、という渇いた音。隆也がそれを耳にするのは三度目。そう、シールドの砕ける音だ。


「触手!?」


 驚きと共に隆也は俯瞰視点でハッキリと目にする。切り落としたはずの腕から、流れる血にまみれて新しい触手が生えているのを。ここに来て新しい触手の存在を警戒しなかった自分の愚かさに、隆也は呪いの言葉を吐く。


 落ち込む暇もなく、再びシールドの砕ける渇いた音が鳴った。予想外の出来事に一瞬動きが止まった隆也へ、振り回されていた化け物の腕が命中したのだ。


《まっぱだかー》


 ミーレイの言う通り、隆也はこの時点で裸同然となる。化け物がくり出す一撃の威力を前にすれば、隆也の着ている作業服など防御力は無きに等しい。


 体勢を整える暇もなく、新しく生えた触手が再び隆也へ襲いかかろうとしたその時。


「炎よ! ()(けが)れを浄化せよ!」


 隆也の後方から声がした。エルシィだ。彼女の作り出す炎が今まさに隆也へと襲いかかろうとしていた触手を包み込み、切り落とされた腕の断面を巻き込んで燃えさかった。


「ガゴアグアァァァァ!」


 化け物が叫び、触手がもだえ苦しむ。


「リュウヤ! 今だ!」


 エルシィが作ってくれた千載一遇のチャンス。

 隆也は剣を大きく振りかぶって気合いと共に打ち下ろす。


「いっけえええぇぇぇぇぇ!」


《重量増加ー! ちょー増加ー! しこたまサービス、大盛りでー!》


 振り下ろされた切っ先が、化け物の体に深く潜り込む。勢いそのままにミーレイの力で非常識な重量を与えられた剣が表皮を破り、骨を断って、化け物の胴体をまっすぐに引き裂いた。


「グゲギャアアアアアァァァァァ!」


 断末魔の叫びをあげ、化け物がゆっくりと崩れ落ちる。巨体が起こす音がやんだとき、洞窟はようやく本来の静寂を取りもどした。


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