第21話
「まったく。こんな奇天烈な発想、一体どこで思いつくのやら」
感心するとも、あきれるともとれるようなエルシィのつぶやきが、薪のはぜる音に混じった。
距離を稼ぐためにいつもより遅めの野営となったその夜。隆也が魔力探知を行った結果、尾行と思われる反応は消えていた。どうやら上手くいったようだ、と仲間へ伝えた隆也に返ってきたのがさきほどのセリフである。
尾行の人数が少なかったのも幸いした。見失った隆也たちを再び捕捉しようにも、全方位を探索することができなかったのだろう。
無事に尾行を振り切った隆也たちは、ときおりエルシィの指示で方角を微調整しながら西へと歩を進める。その後は追っ手の気配もなく、旅はいたって順調なものであった。
そうしてルッセンを経ってから四日後、隆也たちはようやく目的地である『壮途の地』へたどり着くことに成功する。
「ここが目的地で間違いないの?」
「そうだ。この中から強く引かれるような感じがする。間違いないだろう」
今、隆也たちの前にあるのは何の変哲もない洞窟の入口だ。山中の岩肌が露出した斜面に、ポッカリと空いた黒い穴が見えている。
見たところ自然に出来た感じの穴は、成人が横にふたり並んでも十分余裕をもって歩けるほどの大きさだった。
警戒しながら四人は洞窟の奥へと足を踏み入れる。ルナによって点された魔法の灯りが周囲をぼんやりと照らす中、しばらく進む一行の前にこれまでとは違った光景が現れた。
地面も壁も天井も、むき出しの岩であることは変わりないのだが、その形状が整っていることに全員が気づく。多少のでこぼこはあるものの、平にならされた床面や壁面は天然の洞窟を思わせたそれまでと異なり、明らかに人の手が入ったと思われる様子が見て取れる。
なにより決定的だったのは、一定間隔で壁に下げられた灯りの数々だ。
おそらく周囲の微量な魔力を活用していると思われるその灯りは、ここが人為的に作り出された、あるいは整えられた場所であることを教えてくれる。
エルシィの感覚と人の手が入ったこの環境。まちがいなくここが『壮途の地』なのだろう。
「おめでとうございます、姫様。これでようやく使命が果たせますな」
「ああ、これで皆も救われよう」
アルフが珍しく笑みを浮かべる。一方のエルシィも笑顔を見せているが、こちらは安堵半分といったところだ。
「ここまで来られたのもリュウヤの道案内があればこそだ。本当に感謝する」
「ふん。貴様もこれでお役ご免だ。さあ、どこへなりと行くが良い」
エルシィの感謝に続いて、アルフがいつも通りの高慢な態度で言い放つ。
旅の当初はアルフを「いちいち突っかかる人だな」と思っていた隆也だが、これまでの旅路で決して悪い人ではないということも理解していた。
だが貴族の生まれで騎士、さらには王女の護衛ともなればそういった高圧的な態度も仕方ないのだろう。ときおりは隆也を認めるような言葉もあり、多少は親交を深められた気がしている。
「ま、乗りかかった船だ。王都までの帰り道も同行するよ」
だからアルフの乱暴な言葉も受け流し、隆也は依頼を完遂した達成感から気前よく口にした。それに対するエルシィの返答は、なぜか短くない沈黙を伴った。
「……そこまでは依頼に含まれてないだろう。気にしなくて良いんだぞ、リュウヤ?」
「一応ね。ただ本来宅配は受取人の受領サインをもらうまでが仕事なんだ。でも今回は受取人がいるわけじゃないだろう? だからまあ、依頼人の王様へ報告し終えてようやく完了、というところかな?」
「それも『信用』ということか?」
「そう。信用を積み重ねるにはこういう気配りが大事なんだよ」
リュウヤらしいな、と言って微笑んだエルシィが首を縦に振る。
「ではすまないが、ここでアルフたちと待っていてくれるか? 私は奥に行かねばならん」
「ああ、わかった。どうせ詳しくは教えてくれないんだろ?」
「……すまない。国家機密にあたることだからな。本来この場所を知られるだけでも問題なのだ」
その奥に何があるのか、そしてエルシィが何をするのかはわからないが、隆也も部外者が首を突っ込んで良いことではないだろうと考えた。
「ん、わかった。無理を言うつもりはないんだ」
だから隆也としては素直にそう答えたのだ。
だがしかし、異議を唱える声が思わぬところから上がる。
「おやおや、王国の姫様はずいぶんと不親切なことで」
「誰だ!?」
誰何するアルフの声に応えるように、入口方向から足音が響いてくる。
音からすると人数はひとり。やがて静寂につつまれた洞窟の中へ響きわたるその音が近付き、通路の暗闇から人影が現れた。
「なるほど、ここが王国民発祥の地というわけですか」
現れたのはひとりの男。年の頃は四十前後だろうか。ひょろりとしたスタイルだが、その足取りは決して素人のそれではない。戦い慣れた者の経験を感じさせた。だが一方でその表情には人好きのする笑顔が浮かべられ、場違いな印象を感じさせる。
隆也たちはそろって目を見張った。この場所に自分達以外の第三者がやってきたこともそうだが、なによりも目前に立つ男の顔に見覚えがあったからだ。
「あんたは、宿の!」
「そのローブ……、やはり帝国の者だったか!」
そう、隆也たちと男は面識があった。一行が一晩宿を取り、そして夜間に襲撃を受けた村。その村でホルトと名乗った宿の主人こそ、今隆也たちの前にいる男だったのだ。
獣繰りに襲われたときから予想はしていたが、アルフの言葉通り、彼は帝国の人間だったらしい。裾の短い、だが豪奢な刺繍の入ったローブを身にまとい、腰には長剣を下げている。
「ご名答」
客に料理を差し出す時と同じ笑顔でホルトが答える。同じ笑顔にもかかわらず、その表情がやけに嫌らしく感じるのは状況が状況だからだろう。
思いもよらぬ乱入者の存在に、エルシィが声を荒げる。
「どうしてここが!」
「ああ、疑問に思うのは当然でしょうね。いえなに、我々に道案内をしてくれる方がいただけの話です」
「ふざけたことを! この場所は我が王家にすら漠然とした位置しかわからなかったのだぞ。どうして道案内をすることができる!」
「ふむ……、道案内というのは少々表現が不適切でしたかな? ではこう言い換えましょう。『場所を知らせてくれた』と」
「どういうことだ」
訝しむエルシィからの視線を受け流すと、ホルトはルナへ目をやって満面の笑みで言った。
「助かりましたよ。あなたのおかげで何とかギリギリ追いつくことが出来ました」
「ルナ!?」
「貴様! やはり帝国の手先だったのか!?」
エルシィがルナを振り向き、アルフが糾弾する。いきなりのことで、ルナ自身は見るからにうろたえながらも必死で否定の言葉を口にした。
「ちっ、違います! そんな事してません! 本当です!」
「ならばなぜヤツがここにいる!? 貴様が手引きしたからではないのか!?」
「私じゃありません! 信じてください!」
「その袋。前から怪しいと思っていたのだ。それで帝国と連絡を取っていたのだろう!」
「こ、これは……、その、違います……」
ルナが腰から下げている袋に話が及ぶと、途端に彼女は言葉に詰まりはじめた。
その様子がさらに不信感を招いたのだろう。アルフは遠慮もなしにルナへ近付くと、無理やり袋を奪い取って中身を取り出す。
「きゃっ!」
「なんだこれは……?」
「もしかして……継石、か?」
「継石?」
アルフが取り出した物。それは鈍く光るオレンジ色の結晶だった。大きさは親指の爪ほど、混ざり物が多いのかところどころ鈍い光にシミのような部分が見られた。
聞き覚えのない『継石』という名称に疑問を浮かべる隆也へ、意外なところから説明が飛んでくる。
「魂を継ぐ宝石。それが継石ですよ。運び屋君」
「魂を継ぐ……?」
ホルトの言葉に、隆也は眉間へシワをよせながらも聞き返した。
「何も知らないままというのも可哀想です。まだ時間はありますし、私が教えてあげましょう」
帝国のローブをまとった男が、求めてもいない説明を買って出た。
「人間が死ぬとどうなるかは知っているでしょう?」
敵方の人間から教えられるのというのがいまいち気に入らない隆也だったが、それ以上に知りたいという欲求が勝った。どのみちエルシィたちは教えてくれそうにないのだ。
「魔力に還元されて世界へ溶け込んだ人間は、巡り巡って再び生まれ出でる。帝国民も王国民もそれは変わりません。ただ、生まれ出でる場所が違うだけです。それは国や民族にとっての故郷とも言える。帝国では『聖なる海』と呼ばれ、空国では『終わりと始まりが交わる場所』と呼ばれているのです。王国にとってはここがつまりはそれにあたるということですね」
「死んだ人間がここで甦るということか?」
「いささか認識が誤っていますね。野山でのたれ死ぬならいざ知らず、集団の中で暮らしている人間は世界へ溶け込んだりしません。その前に親子、兄弟、恋人、――そういった親しい人間が取り込み、同化する。そしていずれは自らの分身体、つまり子として再び世に産み落とすのです」
「だが子を成すかどうか、そして誰の魔力を以て子とするかはその人間次第だ。コルの魔力を使って子を作ろうとする者などおるまい」
不本意な表情を浮かべてエルシィが言葉を引き継ぐ。放って置いても帝国人によって隆也へ伝えられてしまうなら、帝国にとって都合良くねじ曲げられた情報が出る前に、自分たちの口から話した方が良いと判断したのだろう。
「何を言いたいのかわからない」
ホルトが語る内容も、エルシィが言っていることも、隆也にとっては馴染みがない話である。すんなりと飲み込めるわけがなかった。
「つまり、敵対する人間に取り込まれた人間は『基本的に人として再び生まれることはない』ということだ」
忌々しそうな表情でエルシィが言った。
「かつて帝国が侵略した土地にも最初から住んでいる人間達がいました。ですが今その地に住んでいるのは帝国民だけです。帝国の支配下になったから『帝国民になった』わけではありませんよ。文字通り、もともと帝国民だった人間だけが住んでいるのです」
続けて口を開くのはホルト。その表情は隆也を見て楽しんでいる様子すら感じさせた。
「もともといた人間はどこへ――、まさか?」
その答えを察した隆也の顔色が変わる。
「帝国は侵略した地にいる人間をひとり残らず取り込みます。帝国に組み込むでもなく、奴隷にするでもない。殺して、魔力だけを取り込むのですよ。当然取り込まれた人間は、再び世に生まれ落ちることもない。愛しているわけでも親しいわけでもない人間に対して、帝国民にはそんなことをする義理も必要性もないですからね」
ホルトの言葉に隆也は衝撃を受け、言葉を失った。短い沈黙の後、最初に口を開いたのはエルシィだ。
「前々から帝国が我が国を狙っていることは知っていた。我が国も決して小さな国では無いが、今の帝国相手ではとうてい勝ち目がない。すぐにでも王都は陥落してしまうだろう」
「だから保険をかけた。そういうことでしょう?」
「くっ、どうしてそれを……?」
「やはり貴様が!」
「そんな……、違います!」
自分たちの行動が筒抜けとなっていたことを知り、アルフがルナに詰め寄る。その形相は今にも殴りかからんばかりであった。
自分よりも力の劣る婦女子へ暴力をふるってはならないと、騎士として体に染みついた道徳観をもってしても、その憤りは抑えきれないようだ。
「おやおや、可哀想に。あれもこれもお嬢さんに責任を負わせるのは感心しませんね。そうではありませんよ。単に経験上の話です。以前滅ぼしたとある国が全く同じ事をしていましてね。その時は我が帝国もまんまとしてやられた次第です」
ホルトは手のひらを上に向け肩の高さで左右に広げると、自嘲するように言った。
「国民全員の魔力を一部だけでも事前に継石へ取り込ませ、発祥の地へ捧げる。そうするといずれ本体側の魔力も引き寄せられて、生まれ変わることが出来る。我々が本体側の魔力をいくら取り込もうとも、発祥の地に捧げられた方が優先されるので、勝手に魔力が体から抜けて行ってしまうのですよ。それではもったいないでしょう?」
まるで解説のような話しぶりは、事情を知らない隆也へ向けてのものだろう。
「だから、それを阻止しに来たと?」
「正解です。ちなみにもう王都は陥落しましたよ。確か十日ほど前、だったでしょうか?」
隆也の確認にホルトが何気なく口にした答えは、エルシィたち王国の三人が息をのむに足る内容だった。それはつまり既に王国が滅び、王都にいた人間も帝国人によって魔力として取り込まれたことを示している。
「ご心配なく、姫様。あなたのお父上も王都の皆さんも、きちんと我が軍の血肉として活用いたしますので」
「き、貴様ぁ!」
ホルトの言葉に、エルシィが目を血走らせて叫んだ。
「落ち着いてください、姫様! まだ終わったわけではありません!」
「その通り。あなたが持っているその継石。それを破壊しなければ、せっかく取り込んだ魔力が無駄になるかもしれません」
アルフの言葉をホルトは肯定して言う。
「ただ、国民の魔力を継石へ集めていることはわかりましたが、目的地の方がわからない。ということでやむを得ずここまでの旅路を狙うことにしたのですよ。で、そこのお嬢さんにご協力いただいたわけです」
再びホルトの視線がルナに向けられる。ルナへ問いかけるエルシィの顔には、信じたくないという心の内が浮かんでいる。
「本当なのか、ルナ?」
「嘘です! 私は陛下や姫様を裏切るようなことはしていません!」
「だったらこの継石は何なんだ!」
アルフが袋を突き出すと、それまで強く否定していたルナの声が弱々しくなる。
「それは……、孤児院のみんなや、貧民街の……人たちです」
ルナの答えを聞いた途端、エルシィの表情は見るからに蒼白となり、アルフは苦々しく顔をゆがめた。
2021/04/04 誤字修正 補足 → 捕捉
※誤字報告ありがとうございます。




