第20話
すったもんだしながらも、隆也たちは無事ポイントを通過して異世界へと舞い戻る。
空に浮かぶのは相変わらず八つの太陽。ひとつひとつは地球の太陽と比べてかなり小さいが、さすがに数がこれだけあると日差しもキツイ。
隆也が持つなけなしの知識からすると、連星をもつ恒星系に生命が誕生するとはとうてい思えない。
だがここは魔力が存在するような世界である。下手をすれば別次元の宇宙という可能性だってあるのだ。地球の常識が通用しなくても、それほど驚くことでは無いのかもしれない。
「ここはルッセンの近くなのか?」
エルシィが八つの太陽を見て表情をやわらげる。隆也にとっては違和感をもたらす太陽も、彼女にとっては安心できる光景なのだろう。
「ああ、ルッセンなら南へ少し行ったところだ。急げば日が暮れるまでには着くと思う」
ルッセン。それは旅の中継点であり、さしあたっての目的地である。最終的な目的地は『壮途の地』だが、その正確な位置はわかっていない。
大体の位置だけがエルシィにはわかる、という程度の手がかりが唯一あるだけ。ルッセンの街は、そんなどこにあるかも分からない壮途の地に最も近い街だった。
傾き始めた太陽の光を浴びながら、隆也たちは南へと歩いて行く。やがて草原が赤く染まり始めた頃、向かう先に防壁を備えた街が見え始めた。ルッセンの街だ。
急ぎ足で街へとたどり着いた隆也たちが門を通る頃、八つあった太陽はそのうち三つを残して西の空へと沈んでいるところだった。
ルッセンは四方を防壁に囲まれた中規模の街である。王都から遠く離れたこの地域では最も大きな街と言えるだろう。
人口は五千人ほど。日本でなら村レベルでもこれより人口の多い地区がある。しかしこの異世界において五千人という人口は、大都市とは言えなくとも比較的大きい部類に入るのだ。
ルッセンはふたつの街道が交差する場所に位置し、典型的な宿場町が発展して現在の大きさにまで成長してきた。そのため旅人を受け入れる宿の数は他の街と比べても多い。隆也たちは大して苦労することなく、一晩の宿を確保することができた。
「久しぶりにベッドで眠れるなあ」
「そうだな。野営もかなり慣れてはきたが、こうも続くとやはり暖かいベッドが恋しくなるものだ」
普段日本で暮らしている隆也には野営続きはかなりキツイ。
一晩二晩くらいならともかく、この旅を始めてからまともにベッドで眠ったことがないのだ。つい本音が口から出てしまうのも仕方ないことだろう。だがそれはエルシィも同じ思いだったようだ。
その晩隆也はゆっくりと食事をとると、早々にベッドへ潜り込んだ。疲れた体をベッドへゆだねた途端、猛烈な睡魔が襲いかかってくる。そのまま隆也は意識を深い闇の底へと沈めていった。
疲労を抱えた体は貪欲に休息をむさぼり、隆也が目を覚ましたのは八つの太陽がすっかり姿を現してからだった。
朝食の時間はとっくに過ぎていたため、隆也はやむを得ず露店の軽食を買って食べるはめとなった。同室のアルフはしっかりと太陽が昇る時間に目を覚まし、宿の朝食をゆっくり味わったようだ。
隆也を起こしてくれなかったのは少しでも眠らせてやろうという優しさか、それとも自己管理すらできない愚か者に関わりたくなかったのか。少なくとも前者は無いな、と隆也は渇いた笑いを浮かべる。
遅い朝食をとる隆也の左右と対面には、旅の仲間である三人が同じテーブルを囲んでいた。一晩ぐっすり眠ってリフレッシュしたはずの三人だが、その表情は少々険しい。
「気付いているか?」
エルシィがアルフに訊ねる。むろんアルフも彼女の言いたいことはすでにわかっているようだ。
「はい。明らかに我々をマークしているようです。人数は少ないようですが」
「安らぐ暇もないということか……」
それは隆也たちを監視する人間の気配。エルシィたちが言うには今朝からその視線を感じるのだという。
隆也の魔力探知はあくまでも魔力をもった存在を知ることができるだけである。数千人の人間が暮らすルッセンでは、当然数多くの反応が隆也にも探知できる。
だがそれは『人間が居る』ということがわかるだけであって、それが隆也たちに無関係な人間なのか、それとも隆也たちを監視する人間なのか判断することはできない。
残念ながら、隆也の魔力探知は野外でこそ威力を発揮するが、今回のように街中では役に立たないようだ。
「しかし、エルシィ様。いくら何でも向こうの動きが早すぎませんか? これではまるでこちらの動きが筒抜けになっているようにしか思えません」
口にした以上の意味を込めるように、アルフがエルシィへ視線を送る。
「……おそらくは前もって広範囲に網を張っていたのだろう」
エルシィは短い沈黙の後、何かを振り切るように自分の考えを口にした。
「だとすると、なおさら早めに出発した方が良いんだろうな」
「どういうことですか、リューヤさん?」
「いや、網を広げれば広げるほど、その編み目は粗くなるだろ? 監視の人数が少ないっていうんなら、獣を操るやつらがこっちへやってくる前にさっさと監視を振り切った方が良さそうじゃない?」
隆也の考えにエルシィも同意する。
「ああ、リュウヤの言う通りだ。早々に準備をととのえて出発しよう。リュウヤは自分の剣を買っておくのも忘れるなよ。いつまでもルナの小剣を借りているわけにもいくまい」
当初はもう一泊する予定だった隆也たちが、急きょ予定を前倒しして出発することにした。
慌ただしく宿を引き払うと、二手に分かれて旅に必要な道具や消耗品を調達していく。エルシィの指摘通り、自分の剣を入手しておくことも必要だった。ルナから借りた小剣は、隆也にとって短すぎるのだ。
東京で携帯食料を買い込んでいたこともあり、短時間で準備をととのえることができた隆也たちは、昼食をルッセンで食べるとすぐさま街を後にする。
ルッセンを発って数時間、街道を外れて隆也たちは夕暮れに染まる大地を南へ進んでいた。周辺には人影も無く、野生動物にも今のところ遭遇していない。
「ついて来ている」
魔力探知で周囲を警戒していた隆也がポツリと言った。
町を出たときから一定の距離を置きながらついてくる魔力が索敵網にかかっていた。街道を離れたこんなルートにやってくる人間などそうそういるものではない。しかも隆也たちが休息を入れる度、あわせたように動きが止まる。相手がこちらを尾行しているのは間違い無いだろう。
「わかるのか? リュウヤの魔力探知はずいぶん遠くまで届くんだな」
「エルシィ様。相手が少数なら、今のうちにおびき出して消しておいた方が良くありませんか?」
相手の人数が少ないことを伝えると、それを聞いたアルフが強行策を申し出る。
「確かにそれが一番安心かもしれないが……、向こうもおいそれと姿は現さないだろう。私が向こうの指揮官なら、援軍が到着するまでつかず離れず無理をしないよう監視を継続させる」
そうして時間が経てば経つほど、隆也たちは不利な状況に追い込まれる可能性があるのだ。
「しかしこのままでは……」
「もちろんアルフの言いたいこともわかる。こうやって向かう方角を誤認させるようにルートを変更していても、どこかで撒かねばならん」
尾行がつくことを予想していた一行は、行き先を偽装するために本来向かう方角とは違う南へ向けて歩いている。
だがこのまま南へと進み続けるわけにはいかない。進めば進むほど、本来向かうべき西への行程が長くなってしまうのだから。
「だったらこんな案はどうかな?」
当然それは隆也とて理解している。南へ向かいながらも相手の目をくらませる方法をずっと考えていたのだ。
隆也が思い浮かべたのはステルス性を持った戦闘機。
どうやら敵はなんらかの方法で隆也たちの位置を把握しているらしい。しかもそれは隆也の魔力探知と同程度の有効範囲を持っているようだ。もしかすると隆也と同じ原理でアクティブソナーのような手段を用いているのかもしれない。
もしそうであれば、ステルス戦闘機と同じようにごまかすことが出来るかもしれない。隆也は敵が自分と同じ方法を使っているという前提で、対策をエルシィに説明する。
「魔力を拡散させ、相手に認識させない――だと?」
隆也が考えた対策はふたつ。
ひとつは自分達の存在を隠蔽することだ。
隆也の魔力探知は魔力を飛ばし、その反射を確認することで対象の位置を特定する。ならば反射が術者へ返らないようにすれば位置を特定されることはない。
完全に反射を防ぐことは無理でも、その方向をそらし、拡散させて反射自体を弱くすることはできるだろう。
同時にもうひとつの対策が必要となる。
例えこちらの存在を薄くしたところで、相手が注意深く探知すれば見つかるだろう。
だから相手の目をくらますために、身代わりとなる魔力を用意しなければならない。それは隆也たちが相手の探知範囲から逃れるまでの一時的なもので良いのだ。
隆也はまず自分達の存在を隠蔽するために、近場の小さな林で葉の付いた枝をいくつも折り、それを各人の身体にまとわせた。遠目からは植え込みの小木がごそごそと動いているように見えたことだろう。
「完全に反射するのではなく、剣撃を受け流すように拡散させる、か……」
隆也の説明を聞いて、エルシィが首をひねりながらも隆也から手ほどきを受ける。
本来はステルス戦闘機のように、正面反射断面積をゼロに近づけたいところだが、隆也もさすがにそれは無理だと判断した。次善の案として、探知されにくくするチャフのような方法をとった。葉のひとつひとつに軽い反射の魔力を付与し、飛んできた魔力を部分的にそらすことで拡散を計るという方法だ」。
「リューヤさん、さっき切り倒したこの木はどうするんですか?」
「これは人間サイズに切り分けて、身代わりにするんだ」
魔力のカモフラージュをしたところで、完全に反射を消すことはできないだろう。
だが明らかに隆也たち四人と思われる反応が残っていれば、その側にある小さな反応から気がそれるのではないか、そう隆也は考えた。小動物だとでも勘違いしてくれればもうけものだった。
四つの丸太に四人それぞれの魔力をまとわせる。半日もすれば魔力は消えてしまうだろうが、一時的にでも偽装できればそれで十分だ。
隆也たちは持ち歩いているテントのひとつを林に設営し、丸太をその中に並べる。魔力探知では四人が存在するように見えるだろうし、相手が近付いてきたときにも少々の時間稼ぎにはなるはずだ。その上で、葉の付いた枝で体を覆った四人はすみやかに脱出を計る。
もちろんこれで上手く尾行を撒けるという確証はない。そもそも敵が隆也と同じ方法でこちらを探知しているかわからないのだし、この偽装すら見破る方法を編み出しているかも知れないのだ。
「まあ、ダメで元々さ。やってみて効果がなければ別の方法を考えよう」
そう言って隆也は笑顔を浮かべた。
丸太にまとわせた魔力が消える前、正確には魔力が薄れて敵が異変に気づくまでに出来るだけ距離を稼ぐ必要がある。相手の探知範囲がどれくらいかわからないため、一行は休憩も最低限にして西へ向け急いだ。




