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第12話

「ほう。こんな田舎に旅人さんとは珍しい」


 翌日、隆也たちがたどり着いたのは(さび)れた小さな村だった。王都近くの街を出発してから、初めて訪れる人里である。


「一晩宿を取りたいのですけど……」


 せっかくの人里だ。豪勢な食事や豪華絢爛(ごうかけんらん)寝床(ねどこ)など望むべくもないが、ここまで野宿を続けていた一行にとって、雨風がしのげる場所を得られるだけでもありがたい。さしあたり一晩の宿を、ということで交渉役に任命されたのは隆也だった。


 この世界の人間が三人も居ながら、よりにもよって地球人である隆也がなぜか交渉役をしている。だがそれも仕方ないことだろう。他の三人はことごとく交渉ごとに向いていない。


 まずどこからどう見ても平民とは思えないエルシィ、そして横柄(おうへい)な命令口調でしか会話が出来ないアルフ、最後は見るからに侍女の(よそお)いをしたルナである。ルナについては交渉役を果たすことも可能だろうが、やはり若い女性ということで相手から(あなど)られることもあるだろう。


 結局、隆也が最も適任だという意見で一致した。


 異世界云々(うんぬん)は隆也しか知らない事である以上、もっとも世慣れしている人間にお(はち)が回ってくるのは当然といえる。もちろんこれが貴族相手の交渉であれば、自然と人選も変わるだろう。だがここは辺境の寒村(かんそん)、貴族相手に交渉が必要となる可能性など皆無(かいむ)である。


「見ての通り、小さな村だでな。宿なんて立派なもんはありゃせんよ。まあ、村長の家かホルトの家なら空き部屋もあるだろうで、頼んでみればええ」


 村に到着すると隆也は畑仕事をしていた中年男性へ声をかけた。男の話によると、やはり常設の宿はないらしい。


 ホルトというのは酒場兼食堂を営んでいる人物の家だった。旅人がほとんど訪れないこの村では、ほぼ村人だけを相手にしている酒場と言って良い。食堂を兼ねているとは言っても、こんな小さな村だ。わざわざお金を出して食事をとるような者はいないため、食堂として利用されるのは旅人が訪れた時だけのようだ。


 中年男性に場所を聞いて訪ねてみると、一応臨時の宿屋も兼ねているらしく、空き部屋もあると言われた。




「空き部屋はあるんですが、その……四人ではちょっと狭すぎでして」


 たどり着いた建物で応対に出てきたのは、年の頃四十前後のひょろりとした男だった。どうやら彼がホルトらしい。


 へんぴな村とはいえ、さすがに客商売をしているだけあって、先ほどの村人に比べて丁寧な言葉遣いだった。


 彼が言うには、空き部屋というのも簡易ベッドが二つならんだだけのものであり、しかも一部屋しかないという。さすがに四人が並んで眠るには狭く、そもそもエルシィと同室など、アルフが許すはずもない。


 そこで宿の主人が提案してきたのは、ふたりがこの宿に泊まり、もうふたりが村長の家に泊まるということである。村長の家は来訪した役人が宿泊することもあるため、この村にしては立派な客間があるという。今回のように旅人の人数が多い場合は、二手に分かれて泊まってもらうことがよくあるらしい。


 それを聞いた一行は、挨拶も兼ねて一晩の宿を願い出るために村長の家へと向かう。村長がこころよく部屋を貸してくれたため、村長宅にエルシィとルナの女性陣が、宿に隆也とアルフの男性陣が泊まることとなった。


 到着した時間がお昼過ぎであったことから、隆也たちは半日ゆっくりと羽を休めることにした。王都近くの街を出発してからというもの、野宿続きで疲労がたまっていることを誰が言うともなく感じていたからだ。



 隆也は荷物を宿の部屋へ置くと、ルナから借り受けた小剣だけを持って出かける。


 せっかくの休息ではあるが、かといってアルフと同じ部屋でふたりきり、長時間過ごすのでは心落ち着くわけもない。ひとりになれる場所を探して、村を歩きつつあたりを見回す。


 申し訳程度の柵に囲まれた村は、見るからに辺境の寒村といった感じだった。


 至るところに畑があり、その側へポツリポツリとみすぼらしい家屋が建っている。その数は二十軒に満たない。村人の数は五十人といったところだろうか?


 畑では男達が農作業に汗を流し、井戸の周辺では女達が洗濯に精を出している。辺境である以上、野生動物の襲撃からは無縁でいられないはずだ。だが今はそんな事を感じさせないほど穏やかな空気があたりに流れていた。


 部外者である隆也たちを迎え入れたことで、多少なりとも緊張した雰囲気があるかと思っていたが、隆也が心配するほどこの村の人々は突然の異邦人を警戒していないようだった。


 そんな村の様子を見ていた隆也は、ふと些細(ささい)な違和感に気付く。だがそれは当の隆也自身にも具体的に説明できるようなものではなかったため、ハッキリとした思考につながらなかった。


 やがて隆也は村はずれの開けた場所に出る。柵の内側だが周囲には村人の気配もなく、人目を気にしなくて良さそうだと感じた隆也はその場で小剣を鞘から抜いた。


「ようやく何かつかめそうな感じなんだよな」


 誰にともなくつぶやくと、隆也はルナから手ほどきを受けた剣術の型をなぞっていく。


 軽く汗をかくと、今度は脳内に仮想敵を思い浮かべながら戦闘のシミュレーションを行う。相手は先日倒したコルや、手も足も出なかったシロツボ、そして毎日の訓練で剣を交えているルナだった。


 どれくらいの時間、そうして剣を振っていただろうか。

 ふと隆也の魔力感知に引っかかる反応があった。


「まあまあだな」


 偉そうな物言いで声をかけてきたのは騎士のアルフだ。


「あ……」


 感知によって、誰かが近付いてきているのは知っていたが、それがアルフだったというのは隆也にとって意外なことだった。てっきりエルシィかルナだと思っていたのだ。


 敵意が感じられなかったことに加え、人物特定できるほど集中して感知に気を向けなかったので、相手が意外な人物であることに驚きもなおさらだった。


「え……と、……見回りですか?」


「いざという時のために、自分がおかれた環境は常に把握しておかねばならんからな」


 アルフの物言いは決して友好的とは言えないものだが、それでも旅の始めに比べればトゲも取れ、いくぶんやわらかく感じられた。


「危機感が足らぬようなら、その根性を叩き直してやろうと思ったのだが……」


 どうやら隆也が自発的に鍛錬を行っていたことが、アルフの態度を(やわ)らげたらしい。


「足手まといにだけはなりたくないですからね」


「ふん、それが理解できているなら良い」


 無愛想にそう言うと、アルフはそのまま周囲の確認をするため立ち去る。


「休んでる時じゃなくて良かった……」


 アルフの姿が完全に消えたあと、隆也は冷たい汗と共にそうつぶやいた。




 ときおり休憩を挟みつつ、鍛錬を終えた隆也は傾き始めた太陽達を背にして宿へと歩いて行った。途中で出会う村人たちは、隆也が挨拶をすると愛想(あいそう)良く挨拶を返してくれる。


 気持ちの良い雰囲気の村だと隆也は思う。


 普通こう言った辺境の村では、閉鎖的な雰囲気が(ただよ)っていることが多い。滅多によそ者が立ち入ることもないため、見知らぬものに対する警戒心が高いのだ。もちろんそれが絶対というわけではない。妙に旅人へなれなれしい村人たちも中にはいる。


 強い日差しを受けつつ懸命に汗をかく男たちは、誰が見ているわけでもないのに、怠けることなく体を動かしていた。

 その中にはちらほらと腰の曲がった者もいる。都市部では隠居といって良い年齢だが、この村では貴重な労働力なのだろう。だが村人も当の老人達も、働くのは当然と考えているに違いない。互いに気を配り支え合っている暮らしがそこにうかがい知れた。


 女たちは夕食の準備に精を出している。井戸の周りに集まって楽しそうにおしゃべりをしながらも、手元では食材に付いた土汚れをせっせと洗い流していた。ときおりどっと笑い声が上がる。その顔に浮かぶ飾り気のない笑顔も、質素ながら穏やかで喜びに満ちた暮らしがもたらしたものであることは間違い無い。


 そんな村を見ながら、隆也は何か頭の中で引っかかるものを感じていた。


 だがそれは確信めいたものではなく、気のせいと言われればそうかもしれない程度の違和感だった。緊張続きの旅で神経質になっているのかもしれない。そう考えた隆也はかぶりを振って宿へと足を向ける。


 隆也が宿へと着いた頃、既に日は大きく傾き、八つの太陽は寂れた村を赤く染めつつあった。村長の家に宿を借りた女性陣も、食事のために宿へとやってくる。


「久しぶりに腕がなりますよ」


 宿の主人兼食堂と酒場のマスターでもあるホルトが、嬉しそうに言った。こんな辺境の村である。旅人の訪問はまれであるし、普段村人たちは自分の家で食事をとる。必然的にホルトの腕を振るう機会などそうそうないのだろう。


 だがこの日は事情が異なった。いつもならせいぜい二、三人の酔客(すいきゃく)しかいない店内は、椅子という椅子、テーブルというテーブルが埋まる大盛況である。


 隆也たちは滅多に訪れない旅人だ。その姿を一目見てみたい、あるいは外の世界について話を聞きたいと考える村人が押しかけていた。


「あんたらどっから来たんだ? ニホン? どこだそれ?」


「ねえねえ、王都って行ったことある? 私も一度で良いから行ってみたいわ

あ」


「ほれ。これ食ってみい。オラの畑で取れた野菜をつかってあるでな。うめえぞお」


「格好いいじゃねえか、そのグローブ! ちょっと見せてくれよ!」


「旅の話を聞かせてくれんかのお。わしゃあそういう話を聞くのが好きでな」


「綺麗な耳飾りねえ。それ、どこに行ったら売ってるの?」


「コルに襲われたりしなかった? え? 撃退したの!? すげえなお前!」


 当然その渦中にいるのは隆也たちだ。珍しい旅人相手、しかも酒が入って陽気になった村人たちは遠慮がなかった。アルフは若い娘や奥様方に囲まれてしかめっ面をし、エルシィとルナも大勢の人から質問攻めにあっている。


「すみませんね。旅人なんて珍しいものだから、みんな興味津々(しんしん)で」


 宿の主人でもあるホルトが苦笑いをしながら隆也のテーブルへ料理を運んできた。


 ホルトの言う通り、村人たちは好奇心の(おもむ)くままに隆也たちの話を聞いては目を丸くして驚いたり、楽しそうに笑ったりとずいぶん楽しんでいるようだ。


 見渡せば店内は満員御礼どころか立ち飲み客までいる始末である。村人の半分以上が来ているらしい。これでは旅人目当てに村人が集まったと言うより、村人たちの宴会に隆也たちが紛れ込んだといった方が正しいかもしれない。


「仕方ないわよ。私だってお手伝いなんかより旅人さん達の話を聞きたいくらいなのに」


 あまりの賑わいにホルトひとりでは手が追いつかず、急遽手伝いにかり出された女性がぼやく。深い藍色の髪を短く切りそろえたその女性は、年の頃十七、八歳に見える。


「はあー、疲れた。ちょっと休憩!」


 誰にともなく宣言すると、女は隆也のテーブルにある空いた椅子へと腰掛けて息をつく。


「まったく、収穫祭じゃあるまいし、馬鹿騒ぎしすぎよね?」


「え、ああ、まあ」


 それが隆也に対して問いかけられたものかどうか判断付かなかったが、根が小心者の彼は無難に相づちをうっておく。


 女はするりと手を伸ばしてテーブルに並んだ料理をつまむと、それを口にひょいと放り込んだ。


「にしても珍しいわね、こんな村に旅人なんて。街道からも離れてるのに、なんか近くに用事でもあるの?」


 一応事前に口裏を合わせていた通り、エルシィは地方領主の令嬢、ルナがそのお付き、アルフが護衛ということになっていた。隆也の立ち位置は、御用商人の三男でエルシィの幼なじみということになっている。最近独り立ちして運び屋の商売をはじめたと村人には説明していた。


「いや……、俺はただの道案内人ですから。あんまりその辺は知らないんです」


「なあに、その口調? ただの村娘相手にそんな馬鹿丁寧な話し方する人、珍しいわ」


 そう言ってケラケラと笑った。


「これでも商家の一員ですから、一応……」


「そりゃ商売相手にだったら分かるけど、あなたが今相手にしているのはただの村娘よ?」


「誰がいつお客さんになるかなんてわからないですからね。『世界は広し、されど世間は狭し』ってことです」


「ふーん……。あなた、面白いこと言うのねえ」


 女はそれまで浮かべていた笑みをおさめ、興味深そうな瞳を隆也へ向ける。隆也の目にはそれが『鳥かごの中身を見つめる野良猫の視線』に見えた。


 隆也の背にぞくりとした悪寒が生じる。一瞬、店内のざわめきも喧騒(けんそう)も全てが消え去り、静寂の中でひとり取り残されたような感覚に(おちい)った。


「ほら! いつまで休憩してるんですか」


 呼吸すら忘れてしまうような緊張感を破ったのは、女の頭に軽く叩きつけられた配膳用のトレイと、ホルトの声だ。


「いっ、たーい!」


「もう十分休憩したでしょう? 早く空いた食器を回収してきてくださいよ」


「わかったわよ、もう……」


 口を(とが)らせながら女は席を立つと、渋々とあちこちのテーブルを回って食器を回収し始める。


 女が立ち去った後、隆也は内心ホッと胸をなで下ろす。周囲を見回すと相も変わらずエルシィたちには村人が群がり、それ以外の場所でも各々酒を楽しんでいるらしくあちこちで笑い声が聞こえてくる。歌う者、踊る者、怒鳴る者、さまざまな村人によって店内は喧騒(けんそう)に包まれていた。


「ん……?」


 隆也はその光景に再び違和感を抱く。だがやはりその理由がわからない。


 もやもやしたものを胸に抱えたまま、次々と投げかけられる村人からの質問攻めに苦労しながら対応していくのであった。


2015/08/12 脱字修正 村人によっ店内は→村人によって店内は

2015/08/28 誤字修正 その数は二十件に満たない→その数は二十軒に満たない(誤字指摘感謝です)

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