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第11話

「珍しいな、ヨーの群れか」


 旅人の死に立ち会ってから数日。隆也たち一行は順調に旅を続けていた。


 野営の時間にはルナから魔力の使い方と剣術を手ほどきしてもらい、ようやく異世界の一般人なみに魔力が使えるようになった隆也は、彼女が驚くほどの吸収力で戦う術を身につけていった。


 やがて一行は山を越え、見渡す限りの広大な草原へと足を進める。そこでエルシリアのつぶやいた言葉が冒頭のそれだ。


 つい先日カーソン村へ集荷に行った時のことが隆也の脳裏によぎる。隆也にとってはあまり思い出したくない記憶であった。


「まさかねぇ……」


 どうにも嫌な予感――既視感(きしかん)とも言う――を感じた隆也は、すぐ側を歩くルナ達にも聞こえないほど小声でつぶやくと、あたりの気配を探り始める。


 この数日間、ルナからの手ほどきを受けた隆也は魔力の扱いにもずいぶんと慣れていた。それは身体能力を向上させる技術や、剣技と魔力を組み合わせて戦う戦闘術、そして周囲の気配を魔力で探る術である。


 気配とは言うが、実際には生物の魔力を感知する方法と言っても良い。人間の持つ魔力を知覚する延長線上で、隆也は人間以外の生物が持つ魔力を把握することも出来るようになっていた。


 もちろん直接目に見える範囲であれば確実に魔力を見ることが出来るが、索敵警戒目的ではあまり意味がない。敵が目に見えている状況というのは、既に索敵が用をなさないという状況でもある。


 そのことを踏まえて、ルナから目に見えない範囲の魔力感知についても手ほどきを受けていた。

 それは魔力をこちらから見るのではなく、逆に相手が放つ魔力を体で感じるという方法だ。この方法は相手の持つ魔力が強ければ強いほど知覚しやすい。また、慣れれば意識せずとも相手の魔力を感じられるようになるという利点がある。


 だが一方で、相手が魔力を隠蔽(いんぺい)している場合には有効ではないという点、そして魔力が弱い相手ではかなり近付かないと認識が出来ないという欠点がある。


 そこで隆也は自分なりに工夫をしてみた。相手の魔力が届くまで待って『感知』するのではなく、こちらから魔力を飛ばしてその反応を見ることで『探知』というやり方である。

 個々人の魔力が微妙に異なる以上、そこには少なからぬ魔力同士の反発、拒絶が起こる。そのため、魔力がある物体へ自分の魔力を飛ばすと、わずかな――違和感レベルの――反応が発生するのだ。


 ルナから教えてもらった『感知』を「パッシブソナーみたいなものか?」と考えた隆也が、「だったらアクティブソナーのような使い方もできるんじゃないか?」と試した結果がこの方法だった。


 この方法の欠点は、対象との間に障害物があると精度が落ちてしまうということだ。

 魔力を飛ばす範囲を広げればある程度カバーは出来るものの、どうしても反応が弱くなったり拡散したりとわかりづらくなる。加えて相手の魔力感知能力が高い場合、こちらから魔力を飛ばしたことが知られてしまう。まさにアクティブソナーの弱点そのままだった。


「囲まれてる……。多い」


 そんな隆也の探知に引っかかるものがあった。


 腰のあたりまで伸びた草が辺り一面に広がる草原は、拡散を引き起こしてしまうため魔力の反射という一点で考えれば好ましくはない。だが逆に言えば大木や大岩、人工建造物などの遮蔽物(しゃへいぶつ)が存在しないため、完全に魔力の反射が遮断(しゃだん)されることもない。こういった場所ではおぼろげな反応でも十分に役立ってくれるのだ。


「リュウヤ? ……ん、居るな」


 最初に隆也が警告を発してからしばらく間を置いて、他の三人も接近する相手に気がついたようだ。


 ヨーの群れがピクリと反応する。一頭が立ち上がると、他のヨーも次々と四つ足で立ち上がった。

 それらは皆一様に同じ方向へ頭を向けていたが、次の瞬間、毛むくじゃらの体をひるがえして全力で逃げ始めた。


 見かけによらぬスピードで逃げるヨーを追って、草原から青い影が飛び出してくる。草原のハンター、肉食獣のコルだ。まるでカーソン村へ行く途中の再現さながらである。だがあの時と異なるのは隆也が一人ではないこと、そしてコルの数がはるかに多いことだった。


 ヨーの群れをコルの一団が追い立てる。それとは別の数頭が、ノロノロと草原を歩いていた二本足の獲物へと狙いを定めた。


 一行の左右から青い毛皮をまとった危険が迫る。

 隆也にとってはシロツボとの一戦以来初めての、そして自分の意思で武器を持つ初めての実戦である。


 実戦形式の練習だけは毎日ルナとやっていた。だがそれは命の危険が伴う戦いではない。

 隆也の手に汗がにじむ。ルナから借り受けた小剣の持ち手を何度も握りかえした。


「リューヤさん、落ち着いて。今のリューヤさんならコル相手でも大丈夫です」


「あ、ああ……」


 ルナの声に自分が緊張でがちがちになっていることを知り、隆也は大きく深呼吸をした。


 まだまだ万全の状態からはほど遠いが、状況は隆也が落ち着くまで待ってはくれない。隆也たちへと襲いかかって来たコルの数は探知に引っかかっただけでも十二体。迎え撃つこちらは武装した人間四人(うちひとりは初心者)である。いつぞやの狩人が言っていた話を信じるなら、撃退は相当難しいといえる。


「来たぞ!」


 エルシリアが声を上げるのと、複数のコルが一斉に飛びかかってくるのはほぼ同時だった。


 隆也は自分に向かってきた二体へと意識を集中する。背後から一体、そして右側面から一体。

 短い日数とはいえ鍛錬の成果もあって、周囲の魔力を探知する技術はかなり向上している。背面から襲いかかるコルの動きも、今の隆也は手に取るようにわかっていた。


 隆也は体の魔力を活性化し身体能力を向上させると、振り向きざま小剣を横なぎに払った。牽制(けんせい)となればもうけもの程度だったが、運良くその軌道と飛びかかるコルの体が重なる。硬い毛皮を切り裂いて、肉を断つ感触が小剣を通して伝わってきた。


 予想外の反撃を受けたコルは、その体から血を流しながらも戦意をまだ失っていないようだった。一撃与えることが出来たとはいえ、傷はそこまで深くないらしい。


 だが、隆也の目はその動きがすでに万全の状態からほど遠いものであることを見抜き、すぐさまもう一体のコルへと目を向ける。同胞(どうほう)の失敗を見て、多少なりとも警戒心を持ったその個体は、間合いの一歩手前で今にも飛びかからん姿勢のままこちらを(にら)んでいた。


 一瞬硬直した空気を破ったのは、最初に襲いかかり傷を負ったコルだった。

 自らの失敗を取りもどそうと思ったのか、それとも先ほどの反撃が偶然の結果と(あなど)ったのか、正面から隆也へ向かってくる。同時に様子を見ていたもう一体のコルもタイミングを合わせて襲いかかって来た。


「見える!」


 魔力によって強化された隆也の目は、二体の動きをあまさず捕らえていた。本来人間の目では追いきれない程の俊敏(しゅんびん)性を持つコルであるが、動体視力を強化しさえすれば十分に対処は可能だ。


 通常、そのラインこそが一般人と戦闘を生業(なりわい)とする者の明確な境目であり、また超えることが困難な壁である。その一線をいつの間にか隆也が突破していることに、隆也本人ですら気がついていない。


 隆也はまず手負いのコルを標的と定めた。瞬間的に足へと魔力を集中させ、一足でコルとの間合いを詰める。

 手負いのコルは、急激に接近する隆也のせいで攻撃のタイミングを微妙にずらされてしまう。しかし本能の(おもむ)くままそのズレを修正し、その足首へと牙をむける。それが隆也の読み通りであることも気付かずに。


 隆也は瞬時にサイドステップでコルの牙を逃れると、無防備となったその胴体に横から切りつけた。


 先ほどよりも重い手応えが隆也の手に伝わってくる。狩人とは思えぬ情けない悲鳴をあげてコルが倒れこんだ。


「もう一体」


 隆也が一体を切り伏せている間に、もう一体居た無傷のコルは隆也の背後へと回っていた。当然魔力感知を習得した隆也にはお見通しである。

 背後からの奇襲も体を回転させてかわし、攻撃直後一瞬動きの止まったコルへと回転の勢いそのままに一撃を加える。


 傷を負い、動きが鈍くなったコルは既に隆也の敵ではなかった。なおも食らいつこうとするコルを落ち着いて切り捨て、余裕が出来た隆也は他の三人へと目を向ける。


 エルシリアは二体の、ルナは二体の、アルフは三体のコルをそれぞれ相手にしている。本来なら援護するべきはこの一行で最重要人物のエルシリアであろう。だが隆也の魔力感知は、ルナの元へと忍び寄る二体のコルを捕らえていた。


 三人の中でもっとも戦闘能力が高いのはおそらく本職の騎士でもあるアルフだ。エルシリアについても見るからに戦い慣れをしており、十分余裕がありそうだった。よく見れば足もとに(いき)()えたコルが一体倒れている。


 一方のルナはあまり近接戦闘が得意では無いのだろう。いくら戦うことが出来るとはいえ、ルナは本来侍女である。牽制(けんせい)を行いつつも距離を取ろうと苦心(くしん)している様子がうかがえた。ましてさらに二体のコルを相手取るのは厳しそうだ。


 一瞬でそこまでを判断すると、隆也は足もとから小石を拾い、エルシリアの側面から飛びかかろうとしていたコルへと投げつけた。

 命中こそしなかったものの、思いもよらぬ方向からの物体に、コルの意識がこちらへと向く。その隙を見逃さずエルシリアがコルへ一撃加えたのを見届けて、隆也はルナの援護へ向かった。


「あと二体、追加で襲ってくるぞ!」


「リューヤさん!?」


 ルナを囲んでいたコルの一体へ向けて隆也の小剣が振り下ろされる。

 野生の本能でそれをかわしたコルは、新たに出現した敵へ警戒の視線を向ける。


「援護する!」


「まとめてやります! 少し時間を稼いでください!」


 追加で二体、合計四体のコルが自分達を囲んでいることを理解したルナは、魔力を使って一網打尽(いちもうだじん)にするべく、隆也へ時間稼ぎを求める。


「わかった!」


 そう返事すると、隆也はルナを護るようにその側でコル達へ睨みをきかせた。

 四対二。自分達が圧倒的に有利だと判断したコルは、無防備な体勢を見せるルナへ向けて、一体また一体と襲いかかる。


 それに対するはルナを護るべく小剣を振るう隆也。飛びかかるコルを一体ずつカウンターで処理していく。


 ルナが魔力を練り上げて、いざ襲撃者達へ反撃の一撃を加えようとした時、すでに二人の周囲には四体のコルが動かぬ体を横たえていた。


「え……? あれ? ……リューヤさん?」


「あ、すまん。もう終わったわ」


 せっかく練り上げたにもかかわらず、魔力のやりどころを失ったルナが呆然(ぼうぜん)とした様子で周囲の状況を見わたす。


「す……、すごいですよ! リューヤさん!」


 我に返ったルナが驚嘆(きょうたん)の声をあげる。


「実戦が初めてとはとても思えません!」


 そんなルナの賛辞(さんじ)に隆也が照れていると、それぞれの相手を撃退したエルシリアとアルフがやってくる。


「ルナ、リュウヤ、無事か?」


「はい。大丈夫です、姫様」


「こちらは四体か……。さすがだな、ルナ」


 周囲に倒れている四体のコルを、ルナが倒したものと誤解するエルシリア。それも当然であろう。戦闘を生業とするわけでもない隆也が六体ものコルを倒したと、一体どうして想像できるだろうか。


「いえ……、この四体は全部リューヤさんが……」


 ルナから説明を聞き、エルシリアは驚きに目をむいた。続いて隆也からさらに二体を切り伏せていたことを聞くと、その表情は複雑なものとなる。


「ひとりでコルを六体……、六体か……。うん、なんだ、その……、心強いな……」


「ふん……。まあ足手まといにならねばそれで良い……」


 アルフもこの点については特に食ってかかることはなかった。むしろ普段の彼を考えれば、これは隆也に対する最大限の賛辞とも言えるだろう。


「しかし、コルが襲ってくるのに良く気付いたな。まさか数日前まで魔力が扱えなかったリュウヤの方が、先に気配を察知するとは……」


 コル達の亡骸(なきがら)を取り込みながらエルシリアが隆也へ言った。ちなみに隆也もエルシリアに言われて――渋々ながらも――自分が倒したコルの光を吸収している。


「あ、いや……、たまたまだと思うけど」


 魔力だ魂だのと言っても、元は血まみれの獣が自分の体に入り込んでくる感覚に眉をしかめていた隆也は、自分の言葉遣いがぞんざいになっていることも気付かない。


 当然その無礼に噛みつく人物がここには居た。


「おい、貴様。図に乗るなよ? 何だ、その口の利き方は? 姫様に対して不敬にも程がある!」


「アルフ。何度も言うようだが私がそれで良いと言っているのだ。リュウヤを責めるのは筋が違うだろう」


「しかし姫様!」


 エルシリアは手のひらをアルフへ向けてその言葉をさえぎると、全員へ言い聞かせるように口を開く。


「アルフもその話し方はやめよ。今後は旅の仲間として、対等の立場ということを周りに示す必要がある」


「それはどういうことですか、姫様?」


 隆也の側に付いて、光の取り込み方を教えていたルナが疑問を投げかける。


「この先は人里が点在する地域を通ることになる。王国に属する村でないから顔が知れていることはないと思うが、姫だの王女だの呼ばれればどうしても人目を引くだろう。我々の役目を思い出せ」


「確かに……、姫様がここに居ることは知られるべきではありませんね。もし彼らに知られようものなら……」


 思案げにルナが目を伏せる。


「だからこそ我々は目立つわけにはいかない。できればただの旅人を装いたい」


 そんな三人のやりとりを聞きながら、隆也は「それは無理だろう」と心の中で盛大に突っ込んだ。


 どう考えても自分達一行が人目を引かずにはいられない、ということをこの世界の人間ではない隆也ですら自覚している。


 エルシリアに対するアルフの仰々(ぎょうぎょう)しい(うやま)い方もそうだし、当のエルシリア自体がその容姿、振る舞い、物言いで目立ってしまう。ただの旅人として見てくれる人間が一体どれほどいるだろうか? 


 ルナに関しては身なりさえ変えてしまえば平民としてごまかすことも出来るだろうが、その容姿に関してはいかんともしがたい。動画投稿サイトで『閲覧回数二百万回は堅い』という隆也の見立てもあながち大げさではないのだ。


「む……。姫様のおっしゃりたいことはわかりました。ですが王族への敬意を捨て去るがごとき言動は我が誓いに反します。旅の間、姫様と呼ぶことは避けます。誠に不敬の限りながら、エルシリア様と呼ぶことをお許しください」


「だからな、アルフ。名前で呼んでしまっては意味がないだろう。私の名を知っている者が居るかもしれないではないか」


 あきれた風にエルシリアが言う。


「今後私のことはエルシィと呼ぶように。姫、王女、エルシリア、いずれの呼び方も禁止だ。ルナもリュウヤもわかったな?」


「はい、エルシィ様。なんだか子供のころに戻ったようで懐かしいですね」


 ルナはひとり嬉しそうな声で返事をする。


「様も付けぬ方が良いのだが」


「そればかりはお許しを。仕える身としては呼び捨てなど出来ません」


 そこだけは譲れぬ、といった口調でアルフは言い切る。


「それにエルシィ様。長年染みついた振る舞いはそうそう抜けるものではありません。地方領主の娘とその護衛あたりで手を打っておく方が自然に見えるのでは無いでしょうか?」


 間を取り持つ形でルナが意見を述べた。


 それに隆也も同意する。商人の娘を名乗るという手もあるが、商品を持っているわけでもないし、貴族と商人では振る舞いが違いすぎてすぐにバレそうである。


「なるほど、ルナの言うことにも一理ある。アルフは私の護衛、ルナは私の付き添いという形にしよう。そうすれば言葉遣いや振る舞いも不自然にはなるまい」


「はい」


「それならば」


「リュウヤはもともと私や我が国に仕えているわけではないのだから、様付けも丁寧な言葉遣いも必要ないだろう?」


 エルシリアの言葉に、隆也へ向けるアルフの目が厳しくなる。


 隆也はやんわりとエルシリアに翻意(ほんい)(うなが)した。


「え? いや、でも領主の娘相手にそれはまずいんじゃあ……」


「なあに、お抱え商人の息子で親しい幼なじみということにでもしておけば良かろう? ひとりくらい砕けた態度の人間が居た方が、周りの目もごまかせる」


 王国の姫と騎士、ふたりの板挟みで精神的な疲労をためる地球人の気も知らず、ポニーテール娘がにこやかに言った。


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