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第10話

「と言うわけです、リューヤさん。厳しくいきますから、覚悟しておいてくださいね」


「あ、ああ。お手柔らかに……」


 ルナの申し出により、隆也は野営時に短時間の手ほどきを受けることとなった。幸い初日の今日は、旅人の件もあって早い時間から野営の準備をしたこともあり、時間的に余裕がある。


 隆也とルナは適当な長さの枝を木剣代わりに使い、立ち会い形式の模擬戦を繰り返す。本来なら基礎的な部分から行うべきだが、旅の途中ではそんな悠長(ゆうちょう)な鍛え方は出来ない。例え付け焼き刃であっても、実戦形式で訓練をした方が良いというエルシリアの判断だった。


「じゃあ、五本目いきますねー」


「はあ、はあ、はあ……。ちょ、もう少し休憩させて……」


「仕方ありませんね。少し休みを入れましょうか」


 時間にすればわずかだが、剣道の心得もない隆也にとっては初めての経験である。対してルナは本職の戦士ではないと言っても、エルシリアの侍女として護身術の心得はあるのだ。いかに相手が自分と同年代の少女でも、ずぶの素人である隆也が太刀打(たちう)ちできる相手ではない。

 四回目の立ち会いで、既に足もとがおぼつかなくなった隆也が泣き言を言うのも仕方ないことである。


 地面に座り込んで息を整える隆也に、横から見物していたエルシリアが疑問を投げかける。


「リュウヤ。なぜ魔力を使わない?」


「へ?」


 何のことかわからず、隆也が間の抜けた声をもらす。


「私はてっきり鍛錬のためにあえて魔力を使わずにいるのかと思ったが、先ほどから見ているとどうも違うのだろう? 見ていて違和感が(ぬぐ)えないのだが」


 なぜ魔力を使わないと言われても、隆也としては使い方がわからないのだから仕方ない。


 そもそも隆也の認識する魔力というのは地球と異世界をつなぐポイント――いわゆる魔力の(よど)み――だけである。戦いに魔力を使うと言われても、魔法の呪文なんて知っているわけもなかった。


「……えーと、魔力ってどうやって使うんですか?」


「え?」


「む?」


 だから仕方がないのである。地球人としては当然の、異世界人としては思いもよらぬ問いかけが隆也の口からこぼれるのも。


「あの……、もしかしてリューヤさん。魔力の使い方知らない……んですか?」


 目を瞬かせてルナが聞き返す。


 無言で首を縦に振る隆也を見て、エルシリアが王女らしからぬ深いため息をついた。


「まさか魔力の使い方を教えるところからとは……」


「なんか……すんません……」


 こうして隆也の戦闘訓練は一時中断される。何はなくとも魔力の扱い方を知らなければ、いくら戦闘技術をたたき込んでも効果が薄いということらしい。


 隆也たちは焚き火の側へ座ると、ひとまずは魔力に関する訓練を優先事項とし、ルナによる魔力の説明が始まる。


「魔力を見ることはできるんですよね?」


 ルナが確認する。


「うん。それ以上のことはわからないけど」


「ではまず魔力の種類を見分けるところから始めよう。魔力の澱みがハッキリと見えるのだから、おそらく適性はあるだろう」


 いつの間にかエルシリアが講師役をルナから引き継ぐ。


「ひとことで魔力と言っても全てが同じものではない。人に宿る魔力、物に宿る魔力、大気に漂う魔力と、それぞれ異なる。人に宿る魔力ですら、個人によって微妙な違いがある」


「リューヤさん。これが見えますか?」


 そう言ってルナが手のひらに魔力の塊を浮かべる。


「うん、少し赤っぽい光が見える」


「これが火を生じさせる一歩手前の魔力です。さらに魔力を込めていくと火種を発生させます。次はこれです」


 今度は反対の手に魔力を浮かべた。


「そっちは……、薄い水色に見えるけど?」


「これは同じように水を生じさせる一歩手前の魔力です。すごいです、これほど簡単に魔力を見分けられるなんて。普通は何ヶ月もかかるんですけど」


 ルナが驚きに目を丸くするが、隆也にはそれがすごいことなのか判断できない。


「そうなの?」


「ルナの言う通りだ。魔力を感じられるようになる第一段階、魔力の違いを見分けられるようになる第二段階、それは魔力を使えるようになるまで多くの者が苦しむふたつの壁と言われている。まさかいきなり第二段階まで一足飛びとは……」


 エルシリアがルナの言葉を肯定した。エルシリア自身、一回で魔力の違いを見分けた隆也に驚きを隠せないでいる。


「この調子なら、すぐに魔力を扱えるようになりますよ!」


 嬉しそうに話すルナは、すぐさま次の段階へと説明を進める。


「では次に、これを見てください」


 再びルナが手のひらに魔力を浮かべる。


「それは……? 魔力だよな? さっきのとはちょっと違うみたいだけど」


「そうです。今ここにあるのは何の手も加えていない、素の魔力です。これを憶えたら、今度は私のここをぼんやりと見てください」


 そう言ってルナが自分の心臓あたりを指し示す。


 言われた通り隆也はルナの心臓があるあたりを集中して見つめ続ける。


「なんか……、大きな塊が見える。もしかして、魔力?」


「あー、やっぱりもう見えるんですね。あんなに苦労した自分が情けなくなってきます……」


 隆也が見せる飲み込みの早さに、喜んで良いものやら落ち込めば良いのやら、複雑な感情をない交ぜにしながらルナがため息をもらす。


「ルナ、気にするな。それは私もだ」


 (なぐさ)めるエルシリアの表情は苦笑いだ。


「えーと……、何が?」


「いえ、何でもありません。これは私の体に内在する魔力ですよ。魔力は心臓のある場所へ蓄積されるんです。同じようにリューヤさんの体にも魔力があるはずですよ。自分の心臓がある場所を見て、同じように感じようと意識してみてください」


 ルナとエルシリアの様子が気になりつつも、隆也は指導役の言う通り自分の胸へと視線を落とす。二回目ということで慣れてきたのか、それとも自分の体だからわかりやすいのか、今度は先ほどよりも短い時間で自分の魔力を見つけることに成功した。


「あ……。これ、もしかして俺の体にある魔力って事?」


「そうだ。それがリュウヤの魔力だ。そこまで出来るなら、他人の魔力を読むことは造作もないだろう。私の魔力も見えるか?」


 今度はエルシリアが自分の胸を指し示す。さすがに三回目となると慣れたもので、さほど苦労することなくエルシリアの魔力を見つけることが出来た。


「はい。見えます」


「だから堅苦しいと……、まあ今は置いておこう。魔力には人それぞれ特徴がある。声や顔が各々異なるように、魔力も誰ひとり同一のものはない」


 エルシリアの説明に、隆也は三人の魔力を見比べてうなずいた。


「確かに……、少し違いますね。色というか……、鼓動(こどう)というか……」


「そこまで見えるならあとはもう慣れの問題だな。訓練すれば目を閉じていても魔力を感じられるようになるし、意識せずとも魔力の流れを見ることができるだろう。参考までに聞いてみるが、私の魔力はどんな風に見える?」


「ご自分で見えるのでは?」


「魔力というのは見る人によって見え方が異なるんです。だから姫様の魔力も私が見るのとリューヤさんが見るのでは多分違って見えるはずですし、リューヤさんの魔力も私と姫様が見ると別の印象になるはずです」


「そういうもんなの?」


「そうだ。で、どう見える? ほらここだ、ここ」


 エルシリアはそう言うと、面白そうな表情で自分の胸を指さす。


「うーん、そうですね……」


 魔力を見るところまでは問題がなかった。今度はその魔力をよく観察し、エルシリアとルナの魔力がどう異なっているのかを見分けようと、隆也はふたりの魔力を見比べる。


 集中して魔力を見ていると、次第にその違いが認識できるようになってきた。隆也は凝視(ぎょうし)しすぎて疲れた目を指でほぐしながらエルシリアに答える。


「なんとなく、違いがわかるような気がします。エルシリア様の魔力は色で言うと黄金色で、活動的というか……躍動(やくどう)感があるというか、そんな感じです。ルナの魔力は穏やかな感じで……、森の、いや草原を思わせる若草色、みたいな感じでしょうか」


「なるほど、リュウヤからだと私の魔力はそう見えるのか、面白い。だが――」


 隆也の答えを聞いて納得したように見えたエルシリアだったが、次の瞬間ニヤリと人の悪そうな笑顔をつくると、とんでもないことを言い放った。


「年若い女性たちの胸を長時間凝視するのはあまり褒められた話では無いがな」


「うふっ。そうですね」


 ルナが思わず吹き出す。


「なっ! 自分で見ろって言っといて……!?」


「くくっ……、ふふ……、ハハハッ! いや、ただの冗談だ。そんなに怒るな、ぷぷっ……」


 思いもよらぬ攻撃を受けうろたえる隆也に、エルシリアもルナも楽しそうに笑い声を上げる。


 少し離れたところで周囲の警戒をしていたアルフが何事かと訊ね、悪のりしたエルシリアが隆也の所行(しょぎょう)を伝えると、今度は激怒したアルフの声が辺り一面に響きわたることとなった。


2021/04/04 誤字修正 適正 → 適性

※誤字報告ありがとうございます。

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