18:怒りの、切り裂き光輪(こうりん)!
「貴ッ様ぁあああッ! リーナを……離せぇええっ!」
アークリートは激高すると、攻城弩砲を構えた。
ガシャリと重々しい音が響くが、本来は地面に据え置いて撃つのが基本の重兵器だ。
矢の先端にはPDB――毒化ドロップス弾頭――が取り付けてあった。最後の一発、アークリートの切り札だ。
「まってアークリート。ここは僕が」
「キラリ!?」
キラリはアークリートを静かな、それでいて有無を言わせぬ迫力に満ちた声で制すると、二歩三歩と玉座の間に進み出た。
端に、むっとしたブタの臭気と死臭が押し寄せる。
足元でバリッと、骨の砕ける音がした。
見回すと、謁見の間は見るも無残に荒れ果てて、ズタズタに裂かれたタペストリーが散らばり、床一面にしゃぶりつくされた人骨が転がっていた。
「…………」
キラリは怒りを覚えつつも、無言のまま真正面を見据えた。
幅15メートル、奥行き25メートル程もある謁見の間、その際奥の中央、一段高くなった玉座に「そいつ」はいた。
身長5メルテにも達しようかと言う茶色く巨大な体躯。醜さに輪をかけた、ブヨブヨとした皺だらけの面構えの豚の王が、赤い目を爛々と輝かせてこちらを睥睨していた。
「――豚の王、ハーグ・ヴァーグか」
『ブヒュルルル!? エサが……我が崇高なる名を呼ブゥのか?』
ギヒャァ、と口元に歪んだ嘲笑を浮かべる。
左右には幹部と思しき、人間から奪ったであろう鎧と剣で武装した豚人間が7匹いた。鼻息も荒く、ガシャリと武具を鳴らしながら戦闘態勢でこちらを睨みつける。
キラリはホイップルと共に瞬時に部屋の中を「索敵」する。
敵は全部で、王も含めて8体。
10体と言ったホイップルの誤認の理由がすぐに明らかになる。
「キラリ、あの子……懐にドロップスを複数隠し持ってるっプル!」
「なるほど、だからプルは誤認したんだね」
「うん。危なかったっプル」
もし、キラリが部屋ごと吹き飛ばしていたら、アークリートの友人も粉微塵にする所だったのだ。
「その子を離せ!」
キラリは言い放った。
今にも飛び掛ってくる気配を纏わせている側近の幹部達を、ブギィ! とブタの王は威嚇し止める、
権威を見せつけようというのではない。キラリも自分のエサだとでも言わんばかりの表情でだ。
『動くなブギヒヒヒ。これは……人質。オマエ、動けないブギヒヒヒ』
王とはいえ、知性を感じさせない虚ろな瞳。ただただ喰らい、しゃぶるだけの忌まわしき生き物がそこにいた。
そして巨大な手で、こっけいとも思える「豚の着ぐるみ」を着た金髪の少女をギリギリと締め付ける。
エメラルド色の瞳をした綺麗な顔が、苦しげに歪む。
「リーナ! 今……助けるぞ!」
「アークリート。だめ、逃げて……無理、だよ……ッ!」
「無理じゃない。僕が、助けるから」
キラリは背中に、まるで見えない剣の柄でもあるかのような動きをすると、光り輝く「光の剣」を抜き払った。
豚たちにどよめきが起こる。
長さは2メートルもあろうかという長大な光の、幅広の剣に豚人間の幹部達もたじろぐ。
『ブギュルルウ!? そ、その武器を……捨てれば、この人質は、離してヤル……。ブヒュユユ』
「キ、キラリ、いかん!」
アークリートが三歩後ろから叫ぶ。それは「言うことを聞いて判駄だ」という叫びだが、友の苦痛を目の前に明らかに動揺していた。
豚の王は、武装した幹部達に目配せをする。
演技にさえなっていない。キラリが武器を放した瞬間、襲わせるつもりなのは明らかだった。
『ブヒュルル? サァ、どうする? 人間……』
「駄目ッ! 私はいいから逃げてアークリート!」
『黙れェェエ!』
カハァ! と豚の王が大口を開け、ダラリとした舌でリーナカインの顔を舐めようとした、その瞬間。
「わかった。王様、ほら……武器は離すから……」
『ブヒュルルル! ギヒヒ、イイ、ダロウ』
「キラリ!?」
アークリートが叫ぶのを聞かず、キラリはひょいっ……と、光の剣を放り投げた。
そして、次の瞬間。
『ブッギィイヒィイイ! やれ、お前ラァアアアアアア!』
耳まで裂けたかのような卑劣な笑みを浮かべ、豚の王が叫んだ。
その号令に、ドウッ! と一斉に7匹の豚人間が地面を蹴った。総重量で床板が砕け、爆発的な突進力でキラリ目掛けて殺到する。
だが。
ヒュイイイイイ! と「光の輪」が真横から滑るように空中を飛翔すると、7匹の豚人間の脚を次々に切断した。
『ブッ!? ギィアアアアアア!?』
『ンナガッブヒィイ!?』
次々に豚人間達は、前のめりに倒れ、もんどりうって転がる。
切断された脚や足首が赤い放物線を描きながら宙に舞った。
「キラリ! 上手いっプル」
「はぁ――――ッ!」
それは、光の剣を「循環型ビーム」つまり、本来の姿に戻したものだ。光の剣はビームのチェーンソーのように文字通り光速で循環しながら刃を形成しているのだ。
それを解いた事による「光の輪」。それは物質を溶断する超高エネルギープラズマの塊だった。
キラリは僅かに眉根を寄せると指先を動かす。まるで見えない糸でもあるかのように、指を動かし壁際まで飛翔していた「光の輪」を玉座の間の上空へと誘導した。
シュルルと急カーブを描いて上昇する光輪を、豚の王は口をあんぐりと開けて見上げている。
『ななな!? 何……なんだブッぎゃァアアア!?』
「――友達を、返してもらうよ」
キラリはそう言うと、指を「くんっ!」と上から下へと動かした。
それに同期して、豚の王、ハーグ・ヴァーグの真上から真下に向けて「光の輪」が垂直降下、金髪の少女を握っていた腕をいとも容易く切り落とした。
『もっ……ゲェエエエエエエ!?』
腕を失うと同時に、バランスを崩し玉座から転がり落ちる豚の王は、腕の切断面を押さえて絶叫した。
「あ痛ッ!」
「リーナ!」
ドサリと落下し悲鳴をあげるリーナカインに、アークリートは素早く駆け寄ると、引っ張り起こした。
「リーナ! 立て早く!」
「アークリート! な、何なのあの子!」
「説明は後だ! とにかくキラリのところへ!」
『逃がさんぞぉおおお!? 貴ッサマラァアアアブギュルルル!』
「寄るな! 化け物」
追い縋る豚の王に、アークリートは振り向きざまに左手に装着していた小型の盾から、銀色の矢を放った。
ピシュッ! とそれは正確に豚の王の左目をえぐり、再び絶叫が響く。
対人の矢は、毒化ドロップスは仕込まれていなかったが時間稼ぎには充分だった。
悶絶する王から逃れ、地面に転がりジタバタと足掻く7匹の幹部の隙間を縫うように駆け抜けると、アークリートはリーナカインをつれて、無事に玉座の間の入り口、即ちキラリの元へと駆け戻った。
「キラリ! 恩に着る!」
「よかった、でも……礼は後。ここからが……本番みたいだ」
『おのれぇらぁあああ! 我が、偉大なる種族……四天王の一角を担う……このハーグ・ヴァーグ、侮るナブギュルルウウ!』
ゴゴゴ、ゴゴゴ、と真っ赤なオーラが全身から立ち乗ると、7人の幹部達の悲鳴がピタリと止んだ。
「な、なんだ?」
「キラリ! 連中のドロップスが……共鳴しているっプル!」
顔に付いたバイザー状態のホイップルから緊迫した声が漏れた。
目の前の真っ赤なマーカが警告を発している。
――共鳴、融合!?
と、背後の柱の影に隠れていたミュウが、苦しげな顔でよろよろと地面に倒れこんだ。
「……キラ……り」
「ミュウ!? どうしたの!?」
「お、おい!?」
アークリートが今度はミュウに駆け寄って支える。その顔は青ざめていて苦しそうだ。
「ミュウの……体内のドロップスまで共鳴してるっプル!」
「は!?」
――今、なんて言ったんだ? ミュウの体内の……ドロップス?
ホイップルの声に、キラリは眩暈のような感覚を覚えた。
永遠とも思える静止した時間の中に放り込まれたような、そんな錯覚を。
その視界の向こう側で、豚の王の失った腕がジュブル! と湿った音を響かせて「再生」した。
『ギュフルルルウ!』
七匹の幹部達の脚も次々に再生し、立ち上がってゆく。
全員が同じ赤い禍々しいオーラに包まれて、落ち窪んだ眼空からはギラギラとした赤い光が放たれている。
「キラリ! この場は……撤退ップル!」
「あ、あぁ」
<つづく……>




