手帳
彼女はどうやら幸運の持ち主らしい。
蛍光色が眩しい、というか目に厳しいピンクのボストンバッグと、同じデザインの表面をビニールでコーティングされた手帳を当てていた。
とはいえ、さすがにこれだけの額をくじに投入してなにも当らなかったら、ぼくはさっきの女の子を締め上げてしまっただろう。
露店で扱われるものだから、安かろう悪かろうの品物だと思ったけれど、案外しっかりと作られているみたいで安心した。祭りの最中にもしも壊れてしまったら、またやりたいと言われかねない。思わず胸を撫で下ろした。
「お兄さん、携帯持ってる?」
「ああ、あるけど何に使うの?」
もしかして、これで圭くんを呼び出してくれるのだろうか。
そうだとしたら話は早い。
なるほど、彼女が「大丈夫」と言ったのにも、これなら納得がいく。
「はい、どうぞ」
はたして。
彼女は慣れた手つきでぼくが携帯にあらかじめ打ち込んでいたプロフィール画面を表示させると、ぼくの個人情報を今し方手に入れた手帳に書き込み始めた。
ぼくの表情が思わず凍り付いた。
「……えっと」
彼女は自分の仕事に没頭して、ぼくの言葉をこれっぽっちも聞いちゃいなかった。
「あのさ」
小学生の癖に、もしかしたらぼくよりも字がうまいかもしれない。
ぼくは少なくとも一〇年は自分自身の名前を書いてきたけれど、今し方書いた彼女の字の方がうまく書けている。案外、習字でも習っているのかもしれない。
「おーい」
難しい漢字でも詰まらずに、なめらかに鉛筆を走らせている。
習っていない漢字でも、見様見真似で書けるなんて。想像していた以上の潜在能力を彼女は持っているのかもしれない。
「もしもし」
メールアドレスなんてあっという間だった。そうか、彼女は英語塾に通っているんだった。いや、それでもぼくが彼女の年齢の時は、こんなに滑らかに字なんて書けなかったような……。
「ありがと」
彼女は携帯を律儀に折り畳んで返してくれた。
「いえ、どういたしまして」
ぼくは携帯をポケットに入れて……思わず顔を覆った。
「いや、そうじゃなくて」
ぼくの期待をことごとく裏切ってくれる目の前の少女に、ぼくは髪を掻き毟りたくなる衝動を抑え込むのに必死だった。
なんというか、彼女はやっぱりぼくで遊んでいるだろう。その直感は決して被害妄想ではないだろうと確信した。
「わたしがいいって言うまで、アドレスとか番号とか変えちゃ駄目だからね」
彼女はそう言うと、手帳や先ほどの射的で当てた箱などをボストンバッグに詰め込んだ。
そして、それをぼくに押し付けた。
どうやら、ぼくが持て、ということらしい。
「次は金魚掬い、見に行きたい」
その口調が有無を言わさぬ断言だったので、ぼくは大きく深い溜息をついた。
一体、いつになったら迷子捜しができるのだろう。




