お勘定
彼女のすっと伸びた綺麗な鼻や柔らかそうな形良く整った唇、大きくてくりっと丸い瞳がぼくの視界を占めた。
ぼくは咄嗟に腕を伸ばし彼女の肩に手を置いて、ぎりぎりのところで彼女を押し留めた。
しかし、彼女はぐいぐいと力を入れて迫って来る。
当然、高校生のぼくの力からすれば、押し留められるけれど。これにはちょっと驚かされた。
「……えっと?」
「ちゅうしてくれたら、信じてあげる」
この子、もしかして本気なのか?
本当に、ぼくは彼女の将来に対して、彼女曰く「責任」を取らなければならないのだろうか。
「あっ、えぇ……」
「……責任、取るんじゃなかったの?」
泣き顔になって、そんなことを迫るなんて。
子どもながら、ズルい。
ぼくは喉の奥から、小さく唸り声を上げた。
というか、ぼくで遊んでないか。そう言おうとしたけれど、彼女の浮かべている表情が思いの外真剣だった。
ここで茶化すのは、事態を悪化させてしまう。
仕方がない。
ぼくはとうとう観念して、彼女の顔に迫った。
少女が小さく息を飲むのがわかった。ぼくは彼女の白い頬にそっと唇をつけた。
木目細かい肌はすべすべしていて、とても滑らかだった。唇を押し返す肌の弾力は、柔らかくも力強かった。
僅かの間、ちょっとだけ触れただけ。
こんなの、キスのうちには入らない。そう自分に言い聞かせた。
彼女は目を丸くしていた。事態を上手く飲み込めないみたいで、目をぱちぱちを瞬かせてみたり、ぼくの唇が触れたところをそっと自分の手で触ったりした。
「……あっ、うん」
少女は惚けた顔をして、またぼくの目をじっと見つめ返した。
「えっ、何その薄い反応」
そう指摘すると、彼女の頬が見る見る赤く染まっていく。
耳どころか首元まで一気に真っ赤にすると、彼女は両手でラインが絶妙の柔らかい頬を覆った。
おませな癖に結構初心というか。素直な反応をするんだな、なんて思った。
「本当だよ? 絶対にだからね。約束したんだからね!」
彼女はさっきまで赤かった顔から翻り、花が咲いたような満面の笑みになった。
その彼女の変わり身の早さに、ぼくは失笑を禁じ得ない。
それはとても可愛らしいんだけれど。その笑顔には絶対、打算が含まれていると確信した。
将来、この子は凄い――というかとんでもない女性になるんじゃないかな、と思った。
彼女の機嫌が直ったところで、男が手を差し出してきた。握手を求めているのかと思ったので握り返したら、彼はかき消されてしまいそうな小さい声でお勘定、と言った。




