射的
露店に並ぶ列に、徐々に背広姿が混じり始めていた。
世のお父さん達は大変だなぁ、仕事が終わった後も家族サービスなのか。そんなことをふと思いながら、視界のなかでぼくはマリノスのユニフォーム姿を探し求めていた。
「ねぇ、お兄さん、射的って得意?」
「いや、ぼくはそういうのはあんまり……」
そもそも、お小遣い自体が少なかった。それに、バイトもやっていないから収入自体が小さい。
だから、無駄遣いはあんまりしたくなかった。
そもそも、こういう場所では全然お金を使わない方なので、自然と散財したくない気持ちばかりが強くなってしまう。
しかし、少女の顔色が怪しくなってくると、とても断りにくかった。瀬奈さんの時もそうかもしれないけれど、女性からの頼みに対して、ぼくは決定的なまでに弱かった。
それがたとえ、こんな愛らしい女の子相手でも。
「ねぇ。持ち上げて」
「……え?」
「だから、持ち上げてよ。わたしの背丈じゃ、そもそも台に届かない」
ぼくがおろおろしていると、露店のおじさんが顔を出して射的用の銃を黙って差し出してきた。
彼女はそれをさも当然、と言わんばかりに受け取ると、慣れた手つきで構えてみせる。
「さ。ほら」
「わっ、わかったよ」
彼女に促されて、ぼくはそっと彼女の脇に手をやる。そして、腕に力を緩やかに込めるとそっと持ち上げた。
重くて持ち上がらなかったら格好悪いなぁ、なんて思っていたけれど、ぼくが想像していたよりもずっと少女は軽かった。
細い身体で、ちょっと力を入れすぎると亀裂でも入ってしまうんじゃないかと心配になった。
痩せているけれど、小さくても女の子だからか、柔らかさと暖かさを感じさせる。筋肉質と骨の鋭さが目立つ男のものにはない、優しさと温もりだった。
子ども独特の高い体温は、夏の夜でもしっかりと存在感があった。
「もうちょっと高く」
「はいはい」
ぼくの鼻のすぐ下には彼女の頭があった。短い髪のくせに、シャンプーなのかリンスなのかはわからないけれど、優しい香りを発していた。
瀬奈さんもそうだけど、女性はそれとわかる心地良い香りを発しているように思う。その香りのもとは一体どこにあるんだろうか。
ポン。
気の抜けた音がしたと思うと、ガチャンと床に何かが落ちる音がした。
終始沈黙していた店主が一言、やるねぇと呟いた。ぼくがそっと少女を降ろすと、彼は箱を差し出した。
「凄いね。よくやったね」
「うん」
ぼくが彼女の頭を優しく撫でると、彼女は恥ずかしそうに肩を縮めて大きな目をそっと細めた。
歓声を上げて喜びを露わにする訳でもなく、無関心を装う訳でもない。
その慎ましい感情の発露に、ぼくの心臓が大きく高鳴った。
ふと、彼女の顔から徐々に笑みが引いていって、真顔に戻ってしまった。
一体何事かと思うと、彼女は慌てて自分の胸を覆うように両手で隠した。
「なに、どうしたの?」
彼女は小さな口元をわななかせながら、声をくねらせながら言った。
「お兄さん」
「えっ、なに?」
「……わたしの胸、触った」
「えっ!?」
彼女は先ほどまでの笑みとは打って変わって、思い切り嫌そうな表情を浮かべた。その顔は嫌悪感をこれっぽっちも隠そうとしない。幼い女の子の剥き出しの敵意を感じて、ぼくはじりじりと後ずさってしまった。
「えっ、それは誤解だよ」
彼女の顔がくしゃくしゃと歪む。
それは年相応の表情だったけれど、できれば女の子の泣き顔は見たくなかった。
「酷い」
今まで胸を覆っていた手で、彼女は顔を覆った。そして、背中がまるでびくびくと寒さに震えるようにして跳ね上がった。
「あー、えっと、ごめんね」
ぼくはそろそろと彼女に歩み寄ると、震える背中をなるべく優しい手付きで撫でた。
彼女はそんなぼくにそっと身体を預けてくるので、ぼくは思わず彼女の華奢な体躯をしっかりと抱きしめてやる。
少女の髪から仄かに甘い香りが漂った。その身体は小さくて、細くて、心もとなかった。
ぼくはせめて彼女に自分の気持ちが伝わるように、腕に優しく、だけどしっかりと力を込めた。
「……責任、取ってくれる?」
なんだよ、責任って。
そう思ったけれど、そう言うと後々絶対面倒なことになると思ったので、ここは黙って頷いておく。
「本当?」
「ああ、本当だよ」
目の下にうっすらと涙の跡を作って、彼女は問うてくる。ぼくは彼女の投げかける視線にしっかり応えると、力強く頷き返した。
「本当に、責任、取ってくれるんだよね?」
「はい。その通りです。男の言葉に二言はありません」
そういうと彼女は、ずいと自分の顔を差し出した。




