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あの時と同じ音

 戻らなくては。

 そう思い立った後の行動は早かった。ぼくは首からネックレスをぶら下げて、夏祭りに戻って来ていた。

 今まで動くのをやめてしまった世界が、急に動きだしたような感じがした。

 胸元で暴れる銀のネックレスを掴むと、ひんやりとした。

 暑くなるぼくの掌を、じんわりと冷やしてくれるようだった。圭の涼やかな横顔のような清涼感に、こころが緩んだ。

 彩度を失った世界に、色が戻った。

 灰色がかったフィルターは霧散し、何かが変わり、大きく動き出す予感をひしひしと感じた。

 まったく、馬鹿げてる。

 ネックレス一つ見つかっただけで、世界が変わるもんか。しかし、ぼくを取り巻く世界は確実に変化したように見える。

 そうだ。他ならぬ彼女がくれたものだからこそ、こんなにもぼくの世界を変えられるんだ。

 今のぼくには、提灯の灯りさえ、慎ましくて微笑ましく思える。


「焼きが回った、って奴かな」


 確かに、ぼくを衰えさせるには充分の年月が経ってしまったと思う。

 高校生の気分でいると、頭上を彩る提灯に頭をぶつけてしまう。ぼくの背は成長の速度を緩めた同級生達を尻目に、自分でも信じられないくらい伸びた。それだけの時間が経ったということだ。

 射的の前に立つと、店主は何も言わずにそっと空気銃を差し出してくれた。ぼくはそれを静かに構えた。

 ぼくの隣で騒いでいた男の子達の歓声が止んだ。

 あの時、圭はぼくに贈るつもりで、あの黒い箱を撃ち落としたのだろうか。

 だとしたら、どんなに素晴らしいことだろう。

 ぼくは今、ここであの箱のなかに収められた銀のネックレスが欲しかった訳じゃない。

 ただ、この夏祭りにけじめをつけるために、引き金を引こうとしていた。

 こんなことで終わりにしようだなんて、それこそ自己欺瞞も甚だしいと思いながら。

 それでも。

 ぼくは、心穏やかな気持ちで引き金を引いていた。

 倒れなくてもいい。

 ただ、この銃が発するポンという気の抜けた音が聴ければそれで。


 ポン。


 記憶と違わぬ音がした。

 ぼくは思わず目を瞑っていた。胸元のネックレスが激しく揺れたような気がした。

 かつて、圭と共にやった射的の情景がこころに灯って、霧散した。

 これで、いいんだと思った。

 いや、これでいいのだと思えた。

 ガチャンと、一〇年前に聞いた音がした。

 周囲がわっと、皆同じ反応をして沸き立った。振り返ると、いつの間にできたギャラリーが拍手をしてくれた。

 無口な店主が撃ち落とした黒い箱を出しだしてくれる。ぼくはそれを受け取ったものの、扱いに困った。

 ふと、ギャラリーのなかで、薄紅色の浴衣を着た女の子がいることに気がついた。どこかの誰かみたいに、頭に花をあしらった髪飾りをしていた。

 ぼくはその子に近付くと「いる?」と言って、箱を差し出した。

 彼女はまじまじと差し出された箱を見ていたが、首を横に振った。


「あれ、いらないの?」

「うん、あたしには大人っぽくて、似合わないから」

「……そう」


 ぼくは黒い箱を脇に抱えた。

 露店を出る時、店主が手を差し出してきた。握手を求めているのかと思ったので握り返したら、彼はかき消されてしまいそうな小さい声でお勘定、と言った。

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