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逃避

 暦の上では秋になったものの、残暑は厳しかった。

 気温はどうやら過去の記録の更新に熱心らしく、天気予報は連日の酷暑を大々的に報道していた。雨の日でさえ、暑さと無縁の日は今のところなかった。

 この日も厳しい日差しが横浜の街を容赦なく襲った。

 せっかく憧れの瀬奈さんと二人で会う機会ができたというのに、そんな時に決まって脳裏に過ぎる顔は圭の顔だった。

 今ならば、笑顔と笑顔の間に浮かんだ、影を含んだ切ない表情の意味がわかった。

 それを思うと、ぼくはあの時の夏祭りに戻りたかった。

 戻っていって、彼女の手を掴みに行きたいと願った。

 時々、そんな空想に耽って、もしも圭とその後も一緒に過ごせたら、なんて考えることがあった。

 きっと、ぼくに会えただけで花が咲いたような笑みを浮かべてくれるだろう。年不相応に大人びている癖に、子どもっぽい我儘を言ってぼくを困らせるんだろう。そして、ぼくが疲れて帰ろうとすると、慌てて服の裾を強く引っ張るんだ。

 さっきまでは強い口調で迫ってきたっていうのに、翻って大きな瞳を潤ませて、嫌と連呼するに違いない……。

 現実逃避だ。

 結局、ぼくも圭の母のように、肝心なところで仕方がないと思ってしまい、彼女の手を掴んでやれなかったのだ。

 もし、ぼくがあの時圭の手を掴んで離さなければ、きっとあの子はどこかへ消えてしまわなかっただろう。そんな確信に近いものが、ぼくにはあった。

 夏祭りの一時を共有しただけで、あんなに懐いてこころを許した圭。

 差し伸ばされる手さえあれば、彼女はどんな手でも握り返しただろう。ちょうど、あの夏祭りのように。

 せめて、彼女の逃げた先が幸せで溢れているといいのに。

 落ち延びた先でも、圭は瞳にいっぱい涙を浮かべているのだろうか。それを思うと、我ながら身勝手だけれども、心配になる。

 そう、ぼくとの思い出が些末なことのように思えるくらい、幸せになってくれれば。

 それだけで。

 それだけでいいんだ。

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