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怒り

 あの女の子こと芦名圭は姿を消した。

 その二ヶ月後、ぼくは芦名圭の家を訪ねていた。

「横浜駅から一駅」というのは、どうやら彼女の口から出まかせだったらしい。中区にある小綺麗なマンションの一室が圭の自宅だった。

 考えてみれば、中区なのにどうして一番近い桜木町駅を使わなかったのか。一駅先にある横浜駅までわざわざ歩いてから「電車で一駅」だったのか。

 冷静になって考えれば、辻褄が合わないことばかりだった。

 もっとも、芦名圭と「彼女」を繋ぐことができなかった時点で、こんな風に考えられなかった訳だけれど。それでも、思い至らなかった自分の不甲斐なさに吐き気を覚えた。

 管理の行き届いた真新しいエントランスや廊下を見て、ぼくは思わず顔を歪めた。こんなに良いところに住んでいてもなお、家を出たくなってしまうんだな。そう思ったからだ。

 町内を散々騒がせたということもあってか、圭の母は肩身が狭そうに見えた。圭によく似ていた。目鼻立ちが整い、何より利発そうな外見は瓜二つだった。

 ぼくは、この女を一発殴ってやりたかった。

 いや、一発どころじゃない。圭の身体を傷つけたみたいに、彼女を痛めつけてやりたかった。圭の味わったものと同じ苦しみや痛みを味あわせてやりたかった。

 でも、ぼくを見て後ずさった女を見ると、そんな気もすっかり霧散してしまった。

 高校生のぼくが訪ねてきただけで、こんなに萎縮してしまう女を母に持つ圭が不憫でならなかったけれど。

 ぼくは彼女に問いたかった。

 何故、我が子に手を振るうのか。自分が苦しんだ末に産んだ実の子を、どうして傷つけることができるのか。

 でも、そんなことを問うたところで、ぼくが欲し納得できる回答は絶対得られないだろう。

 わかりたくもない。

 圭を傷つけるに足りる「正当な」理由だなんて、ぼくはこれっぽっちも知りたくもない。

 ぼくが何も言わず、去ろうとした時、圭の母はぼくの手を掴んだ。

 そして、掠れた声で言った。

 仕方なかったんです、と。

 その言葉を発した時の彼女の顔は、他の女性よりも容姿という点で整っていながら酷く疲れ切っていた。あの圭の母親なのか、と思わず疑いたくなってしまう程だった。

 ぼくはその手を振り解きたくなる衝動を必死に押さえ込んだ。そっと、ぼくは彼女の手から解放されると改めて向き直った。

 彼女は何か言おうと唇を開きかけたが、結局何も言わずに口を噤んだ。




 芦名圭の行方は掴めなかった。

 それは、圭の母が警察に捜索届を提出しなかったため、公には捜査が行われなかったということもある。

 一応、新聞の地方欄には、彼女の名前が出てきたが、五行にも満たない扱いで、幼いこと以外は他の失踪人と扱いは変わらなかった。

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