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其の八

 少女の語る、ヒロの五代前の先祖と天狗様の会話――


「童や童。手に持ったそれは何だね?」

「これは、すごく遠くまで見える筒なんだ。とてもすごい筒なんだ」

「それはすごいな! 遠くを見るのは、さぞ面白いんだろうね?」

「うん。すごく面白いよ! だから邪魔しないでよ」


 言われた天狗は童の後ろに近づき、左右から何とか覗き込もうと首を忙しく動かすが、童はその都度背を向け、ああ面白い、ああすごいと声を上げる。

「なぁなぁ、童よ。私にも、それを覗かせてはくれないか?」

「ええ? 駄目だよ、これはすごく大事なものなんだ」

「なぁなぁ、そんなこと言わずに。私にも覗かせておくれ」

 背を向ける童に頼み込む天狗。

「仕方ないなぁ、でも、これはすごく大事なものなんだよ。だから、ただでは貸せないよ」

「それならそれなら、少しの間これと取り替えておくれよ」

 天狗が差し出した団扇を、横目で見て、ようやく筒から天狗に向き直る童。

「仕方がないなぁ。だったらいいよ。まったく仕方がないなぁ」

「うんうん。ありがとうよ、童」

 団扇と交換した竹筒を有難そうに扱い、早速覗き込む天狗。しかし、覗けど覗けど都はおろか、お先真っ暗。何も見えはしない。

「童よ童、私には何も見えないぞ?」

「それはね、コツがいるんだよ。よーっく覗かないと、駄目なんだ」

 そう言われた天狗は、うんうんと唸りながら節の塞がった竹筒を懸命に覗き込んでいた。

 そんな天狗を尻目に、そーっとその場を離れていく童。



 青ざめながら話を聞いていたヒロは、そこまで聞かされて思わず口を挟む。

「も、もしかして、それっきり……?」

「うん。頑張ったんだが、結局見れなかったよ」

 何とも情けなそうな顔で笑う少女。

「本気で言ってるのかよ! 騙されてるよ! 力が生み出せなくなったのって、うちのご先祖のせいだろ……」


 そのせいで力を失い、醜い鼠にまで喰い殺されそうになった天狗を思い、一層青ざめるヒロ。

「……ダメだろそれ、騙されてるって!」

「そう言うな。それにほら、これも、こんな風に使えば役に立つ」

 どこから取り出したのか、少女の手には細めで短い竹が握られている。よく磨きこまれたように艶めく竹を右手に持ち、上から右肩に持っていき、気持ちよさそうにぐりぐりと自分の肩をマッサージする少女。

「ツボ押しか!」

 思わず突っ込みを入れるヒロ。

(お人好しにもほどがあるだろ……全くもう!)


「お前によく似ていてね。とても元気でかわいい童だったよ」

 それを聞いて居た堪れなくなったヒロが勢いよく立ち上がるのを見て、少女は驚く。

「つまり、その団扇は家の何処かにあるってことだ。俺、探してくるよ」

「日が暮れたら、あの鼠がここへ来るだろう。私はもう行かなければ」

 ヒロは立ち止まり、少女の腕を掴む。

「ダメだ! 絶対に行かせない!」

 ヒロは少女を引き寄せ、共に部屋から出る。

(うちのご先祖のせいで天狗様が死ぬかもしれないんだ。絶対に見つけるぞ)

 無駄に大きな古い階段を少女を連れて降りるヒロが玄関に差し掛かると、重厚な木づくりの玄関の引き戸がちょうど開き、ヒロの両親、父のいつきが母 こずえを伴って帰ってきた。

 慌てたヒロは少女を隠すように前に立ち、父に話しかける。

「と、父さん? 今日はやたら早いじゃない」

 こんな時間に父が帰ってくるのは珍しい。思わず慌ててしまうが、そんなヒロを樹は玄関から見上げる。

「ああ、最近忙しかったからな。たまたまだ。それより、表で聞いたぞ? あまり母さんに心配かけるようなことはするなよ」

 苦笑いしながら、いかにも母の手前仕方なく、という素振りでヒロに注意する樹。

 根が真面目で優しい息子の性格に信用があるのか、樹は基本的に厳しいことはあまり言わない主義のようで、ヒロも父に対しては間違った事をしなければうるさく言う人ではないと思っている。

「ごめん。昨日は知らないうちに寝ちゃってて……」

 嘘をついていることに心苦しく感じつつも答えるヒロ。


 樹はすらりと背の高いスマートな体型で、四十代後半だが若々しく快活な愛妻家。後ろに控える梢は父よりも五歳年下だが、父以上に元気で若々しい。二人は仲睦まじい似たもの夫婦と言えるだろうが、実際のところは、年齢の割に子供っぽい樹に手を焼く気の強い梢が主導権を握る。とは言っても、息子のヒロから見ても仲がいいのは間違いない。


 少女は、自分の姿を覆い隠すように前に立つヒロの背後から顔を出して樹と梢を覗き込む。

(まずいって! 隠れててくれよ)

 ヒロは焦って少女を隠そうとするのだが、その姿はしっかりと両親に見られていた。

「コラ! ヒロったらそんな大きな鳥家に入れて!」

 梢の言葉に思わず少女の姿を確認するが、ヒロのシャツの背中を軽く掴み、腰のあたりから顔を覗かせたままである。もちろん姿は鷹ではなく、白い姿の少女のままだった。

(母さん、もしかして鷹の姿で見えてるのか?)

 対応に困るヒロを尻目に、樹はヒロの背後の存在に目を見張っている。


 樹は慌てることなく礼をするように顔を伏せ、落ち着いた様子で靴を脱ぎ座敷に向かって進んで行く。

「ヒロ、そのまま座敷へ来なさい」

 長い廊下を進む途中、樹は改まった口調でヒロにそう言い置いて梢を伴い、廊下の奥へと姿を消した。


 残されたヒロは背後の少女と目を合わせるが、少女は無言のままヒロを見上げ、そのままヒロの手を引き、樹と梢の入って行った座敷へと進もうとする。


「まずいよ! どこかで待っててくれよ」

 ヒロは小声で少女に訴えるが、当の少女は聞く耳持たず、開け放たれた座敷への入り口をくぐってしまう。事もあろうに、座敷にはヒロよりも少女が先に踏み入れるかたちだった。


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