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其の四

 日下部家二階、ヒロの自室。

 ベッドの上にタオルを敷き鷹を寝かせ、その姿を心配そうに見守るヒロがいる。


 社での戦いの後、光を失った鷹を腕に抱いたまま、カバンとレジ袋を引っ掴み足早に自宅に帰ってきたヒロは、探せばリビングか台所にいるであろう母に見つからないよう、部屋に鷹を連れ帰り、タオルの上に寝かせた後、こっそり負傷した右手を洗い、自分で応急処置した。

 傷はもっと深いものだったはずだが、家に着くころには出血は既に止まっていたのだ。

 気配はあるので様子を伺ったが、母の姿は見えない。ついでに冷蔵庫にお供えに買ったシュークリームとコーラも入れておいた。

 そろりそろりと自室に戻ったヒロは、目を覚まさない鷹をどうしていいかわからず、部屋のPCで白い鷹を検索してみた。

 モニターに映し出される白い鷹。

(実際いるんだな。……でも)

 違うのだ。白い鷹は珍しいが、実在する。しかし問題はそんな事ではない。

 つい一時間前の大鼠との戦いを思い出すヒロ。


 自分の血液を吸収し、その白い身体を発光させた鷹。

 明らかに人間ではないであろう大男、鷹はそれに狙われていた。

 鷹もまた、普通の鷹であるはずもない。戦いで見せた数々の能力。

 そして何より、澄んだその声で人の言葉で話し、自分を守ろうとした事実。

 考えてもそんな生き物がいない事は、成績のあまりよくないヒロにもわかることだ。


(だとしたら……いや、でも)

 思いながらヒロは次の検索ワードを『天狗』と打ち込む。

 そこには昔話で知られる、背に翼のある山伏姿の団扇を持った、赤ら顔の長い鼻をした姿とその伝承が書かれていた。父から聞かされていただけに、調べたことがなかったわけでもない。文字を読むのが得意でないせいもあり、しっかり調べたわけではないが、このくらいのことは知っていたし、一般的にも共通のイメージで伝わっている。

 (だよなぁ)

 面倒と思いながらも、更に読み進めようとしたとき、ベッドに横たわる鷹が苦しそうに鳴く声が聞こえた。ヒロは慌てて側に寄り、その身体を撫でてやる。

 広げた翼を畳むことすらできず、浅い呼吸を繰り返す鷹。

(まさか、死んじゃうんじゃ……?)

 再び社での出来事を思い出すヒロは鷹の発した言葉を思い出す。

『……どうして来たのだ』

 そして社に向かう道のりで吹いてきた弱々しい向かい風と、何度も足元に放られた小石。

(……こいつは、俺があそこに来ないように警告していたんだ)

 大鼠にいたぶられながらも自分を助け、逃がそうと戦った鷹に対し、何とかして助けてやりたいと心底思うヒロは、自分の血液を吸収して輝いた姿を思いだす。

(あれを、やればいいのか?)


 机の引き出しからカッターナイフを取り出すヒロ。

 カリカリと刃を伸ばし、その無機質な光を見る。

(痛いだろうな)

 当たり前のことを考えてみる。

(……そこまでするか?)

 自分のやろうとしていることに、自分でも引いている。

 しかし、そんなことを考えながらも、迷ってはいなかった。

 目の前で瀕死のていの鷹は、ついさっき社で悲鳴を上げ、あれほど傷つきながら自分を守ってくれた。

 右手で持ったカッターナイフで、左掌を人差し指の下から斜めに切りつける。

(こいつがいなかったら、俺だって殺されてたかもしれないんだ)

 ヒロは歯を食いしばり、更に対角線を描くように切り付ける。

 大きく×(バツ)印が描かれた左掌からは血液があふれ出し、痛みでカッターナイフを床に落としてしまう。右手で左手首を強く握り、身体を振るわせるヒロ。

 ベッドに近づき、傷ついた掌で鷹に触れる。

 鷹の身体に付いた血液は、思った通り染み一つ残さず鷹に吸い込まれていく。

 (目を覚ましてくれよ)

 そう思いながら左手で優しく鷹の身体に触れ続けるヒロ。


 鷹はヒロの血液を吸収し、少しづつ精気を取り戻していくように見える。

 やがて身体は柔らかな白い光を発し、鷹の呼吸も安定してきた。

 うっすらと目を開け、大きな緋色に輝く瞳をヒロに向ける。

 状況がわからないらしく、翼を投げ出したまま体を起こし、小さく首を動かしてヒロとヒロの部屋を見る。

「よかった、気が付いたんだな」

 鷹は本来鋭いはずの目をぱちくりと見開き、自分に触れているヒロの手を見る。

 乾いた血液がこびりついた手を見た鷹は、慌てたように体制を整え、ようやく翼を畳む。

『……お前さんその傷、自分でやったのかい?』

 山で聞いたのと同じ澄んだ声は、ヒロの怪我を心配しているのか少し沈んでいるようだ。

「やっぱり喋れるん――」

『何てことを……、せっかく腕の傷は塞いだというのに!』

 喋れる相手だと思っていたので、意思の疎通を図ろうとした途端に怒られた。

『見せてみろ、傷を塞ごう』

「いや、大した傷じゃないよ。これでお前が助かるなら、いいんだ」

『血は命そのものだぞ。粗末にしてはいけない』

「粗末になんかしてないよ。それを言うならお前だって、あんな目にあって俺を庇ったじゃないか!」

柊兎ひろと……お前は優しい者に育ったのだな。嬉しいぞ』

 ヒロは鳥の顔に表情などないものだと思っていたが、それは間違いだったようだ。優しい眼差しを向ける鷹は、穏やかに微笑んでいるように感じられる。

『それにしてもだ、私にはもう、あの社からお前たちを見守り続ける力はなくなってしまった。そう遠からず、私は風になって消えてしまうだろう』

(見守る? あの社から? まさか、本当に?)

『だから、私に対してお前の命を使う必要はない。仕留め損ねたあの鼠くらいは、どうにかしてみせるよ』

「……何だよそれ、死ぬって事なの?」

『うーん……まあ、そういう事だ。そうしたら、もうお前たちも山に縛られることもないだろう』

 子供のころから、大好きだった小さな山。

 ヒロは年々生命力を失って小さくなっていく山の姿を思い出す。

(嘘だろ、本当なのかよ)

 しかし目の前で白く輝く鷹が、自分に微笑みかけながら、人の言葉で語りかけているのだ。疑うことなど無意味な事だった。

『最後にお前と話せて良かったよ。……今までありがとう』

「嫌だ! 俺の血でどうにかなるなら、好きなだけ使っていいから! お願いだよ!」

 思わず声を大きくするヒロ。

 家に伝わる『天狗様』を正直言って信じていなかったヒロだが、それを抜きにしても、苦しみながら自分を救ってくれた存在に告げられた別れに、納得したくなかったのだ。


 緋色の瞳を伏せ、静かに首を横に振って見せる鷹。

『私にはもう、力を生み出すことができな――』

 突然言葉を打ち切り、窓の外に目をやる鷹。

 咄嗟に窓に向かおうとするヒロに、鷹は鋭く声をかける。

『顔を出してはいけない!』

 しかし、既にヒロの目には、山に向かう道の先から、爛々と光る赤い双眸を見てしまっていた。

 即座に、鷹は翼を広げ、白い光を放つ。


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