其の二十六
突然目の前で展開した神から息子への逆プロポーズに、樹は動揺のあまり立ったり座ったり。そんな樹を落ち着くようにと窘め、しきりに感心したように鈴を見つめる梢。
(こういうのは男の俺から言わないといけないんじゃないのか? いや、でも鈴の親って誰だよ)
覚悟して臨んだはずの席で結局どうしていいのか分かず、考え過ぎて一人悶えるヒロだったが、深く深く頭を下げたままの鈴をそのままにしては置けず、鈴の隣に座り同じく両親に頭を下げる。
「俺、今までまともに誰かを好きだと思ったことなんてないんだ。でも鈴は、生まれて初めて本気で守りたいと思ったんだ。多分、これ以上に誰かにそう思うことなんてないと思う。だから一緒にいたいんだ」
顔は赤いが、一言づつはっきりと訴えるヒロ。突拍子もないことは承知の上で、やはり両親には分かってほしいと思うのだ。
ヒロの訴えを聞いた樹は、先ほどまでの狼狽えた表情から、普段見せる落ち着いた表情となってヒロと鈴の正面に座る。
真剣な眼差しで訴えるヒロの言葉を全て聞き終えた樹は、小さな息を吐き満足した表情で笑顔を見せる。
「お前のそんな真剣な顔なんて、いつから見てないだろうな。とても一時ののぼせ上りじゃなさそうだ」
目を閉じて樹の言葉を聞いていた梢が大きく頷きながら続いた。
「よく言ったよ、柊兎! お前がそう思うんなら、私は何も言うことはないね」
「あ、あの、じゃあ……」
「天狗様、いや鈴様かな? そろそろ顔を上げてください」
樹に言われても頭を上げようとしない鈴の肩にヒロが手を置くと、ようやくゆっくりと頭を上げる。
「躾のなっていない息子ですが、よろしくお願いいたします」
居住まいを正した樹と梢は鈴に向かい、平伏するかのように深々と首を垂れる。
切望した結果なはずなのだが、神に告白し、家族の前ではその神に逆プロポーズされ、更にそれを受け入れられ、両親は揃って頭を下げている。
(ホントかよ……何だこれ? いいのかこれ?)
「樹に梢。そんなに畏まらないでおくれ? こちらが居た堪れないよ」
その言葉を聞いた樹と梢は頭を上げ、緊張を解くように深く息を吐く。
「いやぁしかし、こんなことになるなんてなぁ」
「ヒロったら、樹ちゃんの若い頃みたいだったよ。不器用だけどまっすぐで可愛かったなぁ」
「日下部の男はそういう気概の者が多いかもしれないね」
ヒロもようやく緊張が緩み、痺れを感じて足を崩しながら、両親と鈴の会話に耳を傾けていた。
「しかし、これよく考えたら、とんでもない逆玉ってやつじゃないのか?」
妙な解釈をされているような気がするヒロ。
「それよりさ、鈴ちゃんって呼んでも大丈夫? 罰が当たるかしら?」
「当たらないぞ。良いに決まっている。私にとっては義理の母と言えるのだしね」
「本当? 私あまり行儀のいい方じゃないし、失礼だったら言ってね?」
「ヒロに言わせると、私は世間知らずらしいからな。私の方こそだ」
(言わせるとっていうか、実際知らないだろ、世間)
何だか居心地の悪い気分で痺れた足をさするヒロ。
「梢ちゃん! これお祝いしないといけないんじゃないの? 寿司取っちゃおうぜ、寿司!」
父がちょっと暴走気味な気がしてくるヒロ。
「いいね! よーし、私も何か作っちゃおうかな!」
「よし、邪魔かもしれないが、私にも手伝わせておくれよ」
「本当に? 嬉しい! 私、娘と台所に立つの夢だったんだ!」
「それは良かった。何でも手伝うから、いろいろ教えておくれ?」
「きゃー! もう、鈴ちゃん可愛い!」
(この人達、どうしていきなりこんなに打ち解けてるんだよ!)
「日下部は男家系だから、まだまだ先と思ってたけど、こんなに可愛らしい娘がきてくれるなんてなぁ! 俺、娘とか憧れてたんだよ」
「ねぇねぇ、私が選んだ服とか着てくれる? 私、女の子が欲しかったんだ! 一緒に買い物とかしたいなぁ」
「うわぁ……」
唐突に振って湧いた娘ブームの前に、存在さえ危ぶまれる息子だった。