其の二十五
母の言葉にギクッと分かりやすく反応し、あからさまに狼狽えるヒロに意地悪そうな視線を送る鈴。
母 梢の突っ込みと父 樹の驚きの視線にさらされるヒロ。
鈴に助けを求めようと一瞬目をやるが、鈴の意地悪そうな表情にすぐ諦め、覚悟を決めたように居住まいを正す。
「俺、天狗様が、鈴が好きなんだ」
「鈴?」
同時に聞き返す両親。ヒロは自分が付けた鈴蘭という名前を告げる。
「うちの馬鹿息子が、身分も弁えずにとんだご無礼を働きました! 重ね重ね、何とお詫びして良いか――」
「いやいや、何も無礼なことはないんだよ。嬉しいよ」
蒼白な面持ちで平謝りする樹は鈴の言葉も聞かず更に続ける。
「まさか、うちのヒロがあなたに何かしでかしたってことは……」
ヒロは大慌てで否定しようとするが、何か言う前に平然と鈴が答える。
「しでかしたも、しでかしたさ。何せ私を口説き落としてしまったんだから、大したものさ」
驚きのあまり口を開けたまま言葉もなく固まり、ぎぎぎ、と軋みを上げながらヒロを睨みつける樹。
「ヒロぉ……お前、家で代々お守りしてる山神様に手ぇつけやがるとは……」
「違う! 父さん、何か勘違いして――」
あまり見たことのない父の凄みに、懸命に誤解を解こうとするヒロだったが、昨日の朝のベッドでの目覚めを思い出し、否定しきれずに言葉を無くしてしまう。
そんな二人を見て以外にも梢は愉快そうに笑う。
「随分奥手で心配してたけど、意外と度胸あるじゃない? 母さん安心しちゃった」
「梢ちゃん! そんな呑気な!」
「口説き落としたって言ってるんだから、鈴ちゃんだってヒロを憎からず思ってくれてるんじゃない。山神様って言っても、何だか気さくで可愛いしね」
「鈴ちゃんて! 梢ちゃんまで、勘弁してくれよ」
「樹ちゃんだって、うちの親の反対押し切って私を口説き落としたじゃない。自分だって思い込んだら頑固なんだから、どっしり見守ってやんなよ、情けない!」
「どさくさに人前で旦那を辱めるなよ!」
二人のやり取りに屈託なく笑い、見守る鈴。
ヒロは気が気ではない。どうにも女性の方が肝が据わっているようだ。
「つきましては、だ」
一瞬その身を白い光に包み、二人の会話に割り込む鈴。
ヒロは何が起こっているのかわからないが、樹と梢は驚きの表情で鈴を見ている。
「驚いた。その姿が鈴ちゃんなの?」
思わず疑問を投げかける梢。
「え? もしかして見えてるの?」
驚く両親の表情から察しても、どうやらさっきの光は鈴が二人の目に、自分の姿を晒すための何かをしたのだろうと思うヒロ。
鈴は座敷に手を突き、樹と梢に深々と頭を下げる。
「この鈴に、御子息を賜りたく存じます」
昔の言葉や言い回しなど、よくわからないヒロだが、さすがに何となく意味は分かる。
深く頭を下げたまま、空間ごと切り取られたように固まる樹とヒロ。
誰も言葉を発しない状態で、困ったような小声でもう一度言う鈴。
「……息子さんを私に下さい」
(言い直した!)
別に意味が解らなくて黙っているわけではなかったのだが、鈴も空気に居た堪れなくなったらしいと思うヒロ。
突然の行動にさすがに多少驚きはしたものの、鈴の可憐な容貌と清廉な態度に感心し、ほうほう、と感じ入る梢。
言い直した台詞の方に何処で覚えた台詞だとか、その台詞は男が言うものだとか、突っ込み切れない樹とヒロは、ただオロオロと慌てるばかりだった。