其の二十三
自室のPCを前にして、難しい顔でモニターを覗き込むヒロと少女。
「鈴蘭!」
渋る顔でモニターから目を離さない少女に、ヒロは困った顔で言う。
「うーん。ヒロがそこまで言うなら私は良いんだけど……」
名残惜しそうにモニターに映る白い花を眺める少女。
「いやいや、これでもいろいろ考えたんだよ! 絶対ぴったりだよ」
「うん。それは本当にとても嬉しいのだけどね」
いざ名前を付けよう。ということになったが、ヒロはどこか既に心に決めていた。
蔵の地下の壁画で見かけ、少女が楽しそうに指でなぞっていた小さな白い花。
ヒロはすぐにその花の名を口にしたのだが、理由を教えろと突っ込まれ、可憐な印象がぴったりだなどと上手く伝えることができずに、結局は何か説得力を求めてPCで検索して見せたりする。
PCに警戒を見せていた少女だったが、その便利さに興味津々でモニターにかぶりつく。
白い花から名前をとるということには納得してくれたようで、一緒にいろいろと見ていく。
ヒロが決めた「鈴蘭」。花言葉もぴったりだとヒロは思う。
「巧まざる優しさ」そして「幸せの再来」。力を取り戻せれば、昔のように山を元気な状態に戻せるのではないかと思うヒロ。そして何より、お人好しで人に警戒心のない苦労性の山神に幸せであってほしいと願い、希望のあるこの花言葉も気に入った。
……花言葉は他にもいくつかあったのだが、あまり考えるとまたからかわれそうなので、黙っておいた。
その一方で少女はモニターに映る別の白い花の一つがどうしても気になるというので見てみる。
「サザンクロス……?」
「かっこいいぞ……!」
顔をこわばらせるヒロ。
初めて告白した女性の名前が「サザンクロス」。正直それはない。
何か諦めさせる材料を探して花言葉を調べると、「願いをかなえて」とある。
(くっ! そんなに悪くないな!)
焦るヒロの横で忍び笑いを漏らし、モニターからヒロに向き直る少女。
「冗談だよ。ヒロが気に入って付けてくれた名なら、それが一番いいさ」
そう言って笑って見せる少女の笑顔に嬉しくなり、再び鈴蘭の資料が乗っているページを表示して見せるヒロ。
どれどれ、と覗き込んだ少女は鈴蘭の花言葉の続きを見てにんまりと笑ってヒロを見る。
「「純潔」と「甘美」かい……もうそんなことを考えているのかい?」
「言うと思ったよ! 別にどっちもいやらしい意味じゃないだろ!」
結局はからかわれ、顔を赤くするヒロ。
ともあれ、少女の名前はヒロの希望通り、「鈴蘭」となり、少し長いので普段は「鈴」と短く呼ぶこととなった。
「何にせよ、花言葉とは随分と詩的というか――」
「ああもう! 恥ずかしいからやめてくれよ!」
その反応にまた愉快そうに笑う鈴だった。
恥ずかしさを誤魔化すように、ヒロは更に気になっていることを聞く。
「団扇はもう使えないって言ってたけど、他に力を取り戻す方法はないの?」
「無いこともないよ。団扇を新しく作ることができればね」
「作れるの? だったらそうしよう!」
意外な答えに食いつくヒロだったが、鈴は若干難色を示す。
「そう簡単ではないよ? 何しろ貴重なものだからね」
作り方を聞かれ説明する鈴。材料としては、霊力を持った土地に生える八手の花が咲いたとき一つだけある特別な葉。
そしてその団扇に膨大な霊力を込めるために必要な霊石。
「八手の葉は一本だけ私の領地に生えるからね。時期になれば、とること自体は難しくはないよ。問題は石だね」
「どうやったら手に入るの?」
「それが大変なのさ……あれは霊力の塊だからね。霊力を持った者が死んだら、残った霊力が結晶化して残るのさ。例えば昨日の鼠なんかの『流れ者』。もちろん私や同類様が死んでも、霊力が残っていたなら、その分の石も残るよ」
鈴はそう言い、更に付け足す。
「まあ、今の私が死んだところで、ほんの小石程度だろうけどね」
「縁起でもないこと言わないでくれよ。だったら、昨日の鼠からも出たんじゃないの?」
「ああ、出たよ。……使ってしまったけどね」
「え? 何に?」
「ヒロを浄化したんだよ。あれが無ければ、私にお前を助けてやれる力は残っていなくってね」
「そうだったのか、ごめんね」
「謝る事はないよ? ヒロのおかげで私もそうすることができたんだからね」
「……ありがとう、鈴」
ヒロの言葉ににっこり笑って答える鈴。
「ということは、あの鼠みたいな『流れ者』を退治して霊石を集めれば、団扇を作ることができるってことだよね」
「そうだね。しかし、作ったことがないからね。どのくらい必要なものかわからないよ」
「うーん。誰かに聞ければいいんだけどね……」
こればかりは考えても分かるわけもなく唸るヒロ。
「それと、八手はもっと寒くなってから咲くものだ。私の領地は時間が穏やかに進むけれど、そのせいもあってまだしばらくは咲かないよ」
「そうなんだ。じゃ、八手が咲くまでにできる限り『流れ者』退治ってことか。あいつらはどれくらいのペースで来るんだ?」
「決まってはいないよ。ただ、ここ一年ほどは私が弱っているのが知れたのか、月に一度は来ていたかな」
それを聞いて驚くヒロ。
「まさか、それと一人で戦ってたのか?」
「それしかないだろう。出始めた頃は容易く追い返せたんだけどね。戦うにつれて力も失ってしまうから……」
鈴の背を優しく撫でるヒロ。しかし、鈴の言葉に引っ掛かり聞き返す。
「追い返す? 倒してたんじゃないの? 倒して石を集めてれば、もっと楽だっただろ?」
「もちろんそれもできたんだろうけど、奴らが私を本気で殺そうとしてきたのはつい最近のことだからね」
「今まで無事でいてくれてよかったよ」
ははは、と情けない顔で笑う鈴。
(笑いごとじゃないんだけどな……)
鈴のマイペースぶりに肩を落として溜息をつくヒロ。