其の二十二
数時間前、ヒロと少女は、少女が自分の領地と呼んだ山の特別な空間を出て、迎えに来た樹と梢と共に日下部家に無事帰還することができた。
二人の無事を心から喜んだ樹と梢だが、母である梢は二人のぎこちなさに、何か感じるものがあったようだ。
ともあれ、団扇の捜索から一晩ぶりに帰り着くことができた日下部家の面々と少女は、梢が手早く準備してくれた朝食で空腹を満たし、ようやく落ち着いた。
自分のせいで不自由させたと少女が樹と梢に陳謝する過程で昨日のことを詳しく聞かれ、説明を始めた少女だが、どこまで話すかわからないと直感したヒロは、疲れているから先に休みたいと訴え、少女と相談するため自室に退散したのだ。
(俺、勢いで無茶したな……後悔してないけど)
日下部家で代々崇拝し守ってきた山の主、天狗様から授かった力で守ったこと自体は「よくやった」と褒められるかもしれない。『混じり者』と言っても、少女と離れていれば力は自然になくなってしまうらしいので、それほど問題でもないだろう。
問題なのは、ヒロが『稀人』と呼ばれる特異な存在だったことと、そのヒロが一族で何代にもわたって敬ってきた天狗様に惚れてしまい、あまつさえその天狗様を絆して口説き落としてしまったことだろう。
考え込むヒロの顔を覗き込み、不安そうにする少女。
(こんなことじゃだめだ。俺が一緒に居てくれって頼んだんだ。しっかりしないと!)
「心配しなくていいよ。父さんと母さんには後で一緒に説明に行こう」
「……本当にいいのかい?」
「当たり前だよ。二人で居られるなら、何だってするよ」
ヒロの言葉を聞いた少女は頬を赤らめて困った顔で言う。
「お前は放っておくと、女を泣かせそうだねぇ」
首を傾げるヒロ。
自室の机の椅子に座り、少女はベッドの上に腰かける少女と対面する形で落ち着く。
「まず、ずっと思ってたんだけどさ……」
ヒロを見ながらうんうんと二度頷きながら話を聞く少女。
「名前を聞きたいんだけど」
「無いな」
やっぱりなと思うヒロ。実際ないのだろうと見当がついていたから今まで聞かなかったのだ。
「前にも言ったが、お前の見ている私の姿は他の者には見えていない。敬ってくれる日下部の者には白い鷹として見えている。鷹は山神の化身だからな」
「そうなんだ。白いのはどうして?」
「それはちょっと私にはわからないよ。あと、いわゆる霊力を持っている者にもなんらかの姿で見えているはずだよ。その他には、『流れ者』や私の同類様は私の本来の姿で見えているはずだよ」
うーんと唸るヒロ。はっと思いあたり、少女に尋ねる。
「あのさ、『稀人』ってのはどの分類に入るの?」
あ。と口を開ける少女は澄んだ声のトーンを落として静かに言う。
「生まれながらに私らに近い存在……つまり同類様だね……」
(つまり、この長い白髪と幼い見た目と体型は本来の姿ってことだな……)
結果、貧乳が本来の姿だったことが明確になり、少女はそれなりにへこんだようだ。
それを察したヒロは話題を変えようと、話を本題に戻す。
「これからのことを考えても、父さんと母さんに話すにしてもさ、いつまでも『天狗様』ってのはちょっと……」
少女は若干へこんだ調子のままヒロに返す。
「お前が付けてくれたらいいよ。ヒロが私の名前を決めるんだ」
「い、いいのかな。俺が神様に名前を付けるなんて……」
「その神を口説いた奴が何を言うか。今更だ」
言われて見ればその通りだが、改めて指摘されると恥ずかしさがぶり返し顔を赤くするヒロ。
少女はその反応を見ては、ニヤニヤと口元を緩めた。