其の二十一
明け方と言う以外、時間の知れない天狗の領地で依然として抱き付いたままのヒロと、正座のままそれを受け入れる少女。互いに赤い顔をしている。
深呼吸をし、辛うじて落ち着きを取り戻した少女は、抱き付かれたままヒロに問いかける。
「ヒロよ。この姿はね、お前が私に対して抱いた印象と、私自身の持つ様々な要因が形になっているだけさ。お前にはどう見えているのかわからないが、きっとお前の理想も入っている。だから気に入ったのかもしれないが――」
「何だよそれ! 俺はロリコンじゃないし、どっちかっていうと巨乳好きだ!」
少し落ち込んだ声で少女が答える。
「……何だか、ものすごく失礼なことを言われた気がするよ……。幼く映っているのだとすれば、それはお前の理想ではなく、事実私が山神としては幼いからだよ」
「よくわからないけどさ、可愛いとは思うけど、俺は別に見た目で好きになったんじゃないと思うよ。……お人好し過ぎるところとか、世間知らずなところとか、神様のくせに妙に人懐っこいところとか、意外と隙のあるところとか――」
「ど、どっちにしても失礼じゃないか! もう神への冒涜だぞ……」
ヒロの言葉に突っ込みを入れつつも、ますます赤くなる肌には照れたような表情と、その声には嬉しさが滲み出ている。
「何でもいいよ! 怒られてもいい! 一緒にいたいんだ!」
「な、な、何でもよくはないだろう……」
散々言われた上に押し切られてしまう少女。
「言っとくけど、諦めないからな。どうしたら一緒に居られるかを考えてくれよ」
「……本当に厄介な心柄だね? 私がお前を嫌いだったらどうするつもりだい?」
その言葉を聞いて、一瞬固まるヒロ。
「……え? そうなの?」
抱き付いた姿勢から、バッと顔を上げ、焦った顔で少女を伺うヒロ。
明らかに狼狽え、オロオロと不安そうに自分を見つめるヒロの落ち着かない佇まいに、少女は可笑しくなってしまい、手で口元を隠し小さく吹き出してしまう。
ヒロは少女が笑う意味が解らず更に狼狽え、目にはうっすら涙すら滲んでくる。
それを見た少女は忍び笑いが止まらず、しかし笑いながらも、ヒロが自分に向ける純粋な愛情に対して、今までにない感情を持つ。
今まで、自分を敬ってくれる人間から向けられる愛情に対して『守りたい』と思い、少女も山神として愛情を注いできた。
しかし今、ヒロが目の前で不器用に、懸命に向けて来る愛情は、一族としての信仰でも自然に対する畏敬でもなく、真っ直ぐ自分自身に向けられている。
山神としてではなく、少女はその愛情を『欲しい』と感じる。
「全く……一族で信仰してきた山神を口説き落とすとは、困った奴だよ」
少女のその言葉を聞いた、蒼白だったヒロの顔には再び朱が差す。
喜びを表そうと何か言いかけるが、少女の両腕が首にまわされたことに驚いて溜まってしまう。
少女は照れ隠しなのか、先ほどとは態度を一変させ意地悪そうな顔でヒロに凭れ、耳元に頬を寄せてヒロにしか聞こえないであろう小声で囁く。
「責任とってもらうからね……人間」
自分の首に腕を絡ませ、しな垂れかかる少女の視線は、ヒロにとってこれ以上になく扇情的で、感じる吐息の熱だけで体中に汗を滲ませた。
緊張と熱にあてられ、へなへなと体の力が抜けていくヒロ。
「あらあら、神に求愛した男が、随分情けないじゃないか?」
へたり込んだヒロに凭れかかったままの少女は、愉快そうに忍び笑いを漏らす。
「急になんなんだよ……」
急に色っぽい態度で自分をあしらったことに、真っ赤な顔で抗議してみるヒロ。
そんなヒロを見下ろしながら満足そうににんまりと笑う少女。
「なーに。尻に敷く準備さ」
自分の未来に不安をちらつかせられ、僅かに顔を引きつらせるヒロと、してやったりと満面の笑みで笑う少女。
遠くで、ヒロと天狗を呼ぶ樹と梢の声が木霊していた。