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其の十七

 赤味がかった黒髪と淡い緋色の眼光に溢れる怒りを滲ませて大鼠と睨みあう人影。

 月明かりを背にしているせいでその表情まではわからないが、『混じった』ことで互いを知覚し合う事ができる白い鷹には、優しい心が怒りと憎しみで暴れ狂っているのがよくわかる。


(ヒロ……)


 呻くように小さく鳴く白い鷹の声を合図にしたかのように、今や熊と見間違えそうな大鼠は石礫が飛んできた方に身を起こし、ヒロはその大鼠めがけ左手に持った石を投げつける。

 ヒロの手から放たれた石礫はヒロの身体を離れてから急加速し、放たれた矢のような勢いで大鼠の身体にめり込んでいく。

 劈くような高い叫び声を上げた大鼠は地響きを立てながら、猪のごとき突進でヒロに迫る。

 淡い緋色の眼光を閃かせながら、姿勢を低くしたヒロは、激突する直前に左掌で地面を叩く。突然足元から突風が吹き上げ、中空に身を躍らせ、一気に大鼠を飛び越えて着地と共にもう一度石礫を投げつけ、石礫は背後から大鼠の肩口に突き刺さる。

 傷からはどす黒い血液が飛沫をあげ、口からは涎と甲高い声を上げのたうつ。

 ヒロは振り返り、倒れ込むほどの勢いで白い鷹のもとに駆け寄り、その痛々しく傷ついた身体を見て、ギリギリと音がするほど合わせた歯を軋ませる。


 左掌で白い鷹にそっと触れると、息も絶え絶えだったその身体は僅かに精気を取り戻し、ようやくまともな呼吸ができたように大きく身を膨らませて吐息を洩らした。

 「ヒロ……」

 ヒロに声をかける白い鷹。しかしヒロは背後で落ちた枯れ枝を踏み折りながら、口から湯気をを立ち昇らせてこちらを睨み殺気だつ大鼠に、瞳の緋色を燃やしながら向き直る。

 数メートルの距離を置いて下から睨め付けるように大鼠と対峙するヒロは、今まで本人も見たことがないほどの怒りの形相だった。

 わななく身体と、ざわつく赤味がかった髪。


 圧力を感じるほどの瘴気を吐き出し、両腕でビタン、ビタンと地面を叩いたかと思うと再び涎と血液をまき散らしながら突進してくる大鼠。

 瞬く間に距離を縮め、ヒロの頭部に前歯を突き立てようとするが、既にヒロは白い鷹をその手に抱き、更に数m離れた社の前に移動していた。

 社の前の小さな石段に白い鷹を休ませ、左掌で優しく撫でるように触れ、大鼠に視線を戻しゆっくりと前進する。


「やりやがったな……よくも、やりやがったな……!」

 左掌を振り上げると、周囲に転がる小石や拳大の石が一度に持ち上がり、ヒロの掌の高さでピタリと静止する。白く発光する掌の×(バツ)印。

 ヒロの身体の周りには風が巻き起こり、社のある丘の外周の木々もそれに呼応するようにざわざわと揺れ動く。


 それを見た大鼠は一瞬たじろぐようにその身を起こし、大鼠の動きを合図にしたように勢いよく左手を大鼠に向かって振り下ろすと、空中で微動だにしなかった多数の石が、一斉に弾かれたように大鼠の体中に突き刺さっていく。

 被弾しながらも長い尾を使い、その巨体をを空中に躍らせる大鼠は石礫の嵐を回避して着地すると、威嚇するようにヒロに向かって吠えたてる。

 

 ヒロは自らの巻き起こした風を集めて大鼠にぶつけようとするが、ブン!と言う音と共に地面を鞭のように這ってきた大蛇のような大鼠の尾に足を払われ、地面に横倒しになってしまう。ヒロの集めた風は集中力が途切れたためか霧散してしまう。

 その隙を突き、横倒しのヒロの身体に倒れ込むように覆いかぶさり噛みつこうとする。

「ヒロ!」

 白い鷹は傷つき疲れ果てた身体を起こし叫ぶ澄んだ声は、暗がりに響く。

 

『ぶはっ! ぶはっ!』

 興奮したように大鼠が発する耳障りな呼吸。その呼吸は一度ビクリと身体を跳ねさせ、ゴボゴボと泥水が湧き上がるような声に変わる。


 先ほどまでの怒りの形相は消え失せ、残忍なほど無感情に淡い緋色の瞳を見開くヒロは、左手を大鼠の喉元に突き立てた状態で立ち上がり、そのまま大鼠の巨体を左腕一本で立ち上がらせる。

 ヒロの身体は大鼠から吹き出すどす黒い血液を浴び、人間を超える温度の体液と異臭に塗れる。

 平均よりも小柄と思われるヒロが、巨体の人外を腕一本で持ち上げる。それは異常としか思えない情景だった。

 

 ギリギリと大鼠の喉元に突き刺したままの左手を握りしめ、更に噴出した血液でその身を汚していくヒロ。

 もはや表情一つ変えることなく右足を大鼠に押し当てると、思い切り蹴り飛ばす。

 血飛沫を上げながら後方に転がる大鼠。ヒロは左手に握られたままの引きちぎった肉片を無造作に大鼠に投げつける。

 ビシャリと音を立て肉片は大鼠の顔面に叩きつけられ、大鼠は喉元の大穴から、掃除機で液体を吸い上げたような音を立て続ける。


 ヒロは両腕をぶらりと下げたまま一瞬で大鼠に近づき、左腕を振り上げる。

 その掌に×(バツ)印が一層強く発光している。

 無感情な淡い緋色の瞳で大鼠を見下ろすヒロ。


 振り上げられた×(バツ)印は更に光を強くし、ヒロの左手首までを青白い光が包み、その光は荒々しく骨ばった鋭い爪を持つ獣のような手を象る。

 

 ヒロが左腕を振り下ろす。

 風が巻き起こり、青白く発光する獣の爪で大鼠を切り刻んでいく。

 喉から迸る大鼠の絶叫、断末魔。

 数本の斧で同時に叩き斬られたように、大鼠の胸は抉られ、腕は切断され、頭部は破壊される。


 新聞紙でも燃やした後のように、大鼠の身体は煤の塊のようになり、ヒロの身体の周りに渦を巻く風で巻き上げられ、粉々に消えていく。

 ヒロはそれでも左腕を振り上げるのを止めず、大鼠の身体のあった地面を何度も抉り叩き割る。


「ヒロ! ヒロ!」

 何度も響く白い鷹の声。

 その澄んだ声を聞いたヒロは、地面に獣の手を突き刺したまま前のめりに倒れ、昏倒してしまう。


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