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其の十三

 十mほどを進み、狭い通路は突然途切れる。姿勢のせいで時間はかかったが、先を移動するヒロは立ち上がれる高さのある空間に出たのだ。


 手を伸ばせば天井に届くほどの小さな部屋だった。その天井と壁の間には小さな開口部がいくつかあり、光の筋か合わさる先には白い鳥が描かれ、その下には下へ向かう階段が見える。光の色は照度が低く黄色みがかり、夕刻が迫っていることがわかる。


「行こう」

 少女に手を差し伸べ、先へ進むことを促すヒロ。少女は静かに頷き、ヒロの手を取るが、薄暗い室内のせいかどことなく浮かない表情に見える。


 階段は思ったよりも長く、通路ほどではないが狭い。左右の階段には相変わらず小さな壁画が描かれているが、少女は先ほどと違い、足を止めて見ようとすることはなかった。

 自分が手を引いているせいかとも思ったが、少女は少し俯いて元気がないように思える。

「もしかして、体調が悪い? 力が足りなくなったとか?」

 そう声をかけるヒロに少女は、少し困ったような笑顔で答える。

「いや、違うんだよ。私には分かるんだ。お前たちのおかげで随分近くなったからね」

 その答えに首を傾げるヒロ。ハッと思いあたり、少女に尋ねる。

「近くなったって? もしかしてもう鼠が近づいてるのか?」

「ああ、そうじゃないよ。もちろん、あいつは山の麓でこちらを伺ってはいるけどね」

 その答えに焦りを感じるヒロ。そうしているうちに二人は階段を降り切って、恐らく最深部であろう部屋に到達する。


 先ほどの小部屋よりも大きく、大よそ五m四方の部屋で天井も窮屈に感じない充分な高さを持っていた。今までもそうだったが、この部屋にも細かい開口部からいくつもの光の筋が部屋を彩っていた。

 構造上分厚い壁を持つ室内で、しかも地下にまで光が差し込むというのは、日が暮れかけていることを差し引いたとしてもありえないはずだが、天狗様が通った時のための気遣いを考えても、無数の小さな開口部から取り入れた光の通り道に鏡でも置いて、隠し通路を照らす工夫がなされているようだ。


 二人の正面には、小さな光で飾り付けられた小さな社がある。

(山にあるのと同じくらいの社だ。やっぱり天狗様のための蔵だったんだな)

 社に近づくヒロと少女。小さいながらもしっかりとした屋根と注連縄があり、左右には石灯籠が置かれている。

 社には二段だけの綺麗な石で造られた階段があり、白い布で大切そうに包まれ祭られている、八十㎝四方、深さは二十㎝ほどの箱状の物があった。ヒロは社に手を合わせ、その白い包みを手にする。少女は箱のあった場所の下に、何かを見つけ覗き込む。

「何かあった?」

 少女は手を伸ばし、同じく布に包まれた箱状の物を手にする。少女の手にあるのは、ヒロの持つ者と違い、三十㎝程度の長細い箱だった。


「箱を持ったまま出るのは難しいね。時間もないし、ここで開けよう」

 差し込む光は徐々に弱くなり、黄色から赤に近づきもう夕暮れと言ってもいい時間なはずだ。

 何も言わない少女を見ると、先ほどと同じように少し寂しそうな顔でヒロを見つめる。

(何なんだ?)

 そうしていても何も解決しないと思い直し、その場で胡坐を組み、膝元で白い布を解きにかかるヒロ。

 箱状の物を包む白い布は、極めてきめの細かい麻のような手触りで、質感も良く、とても丈夫そうだった。

 力強く繊細な、触れた事のない感触に手を止めるヒロ。

「それは上布じょうふというものだよ。貴重なものだったんだよ」

 少女はそう言いながらその場に座り込み、自分の膝の上で細長い箱の包みをいとも簡単に解く。

 ヒロもそれに倣おうとする。見た感じからややこしい結び方で苦労するかと思ったが、少女の解き方を見たおかげで、あまり難航することなく解くことに成功する。


 白い布の中には予想通り箱があった。かなり昔に安置されたもののはずが、白くきめ細かい肌と清々しい香りがする。

(桐の箱だ)

 箱を開ける前に少女を見るヒロ。しかし少女は、自分の持つ包みから取り出したスライド式のような造りの箱の蓋を既に開け、中から巻物を取り出していた。

 

 少女は巻物を広げ、読み進める。ヒロは時間がない事に焦りを感じ、箱を開ける事に了解を得ようとするが、少女は小さな声で「うん……」と呟いただけだった。

 少女の対応に口を開きかけたヒロだったが、少女の寂しげな声と神妙な表情に口を噤み、自分の手元の箱を開けにかかる。


 深く作られた四方桟の箱の蓋は、ずずず、と軽い抵抗を感じさせながら持ち上がる。

 箱の内側からは華やかなほどに香り立つ桐の香り。そこには、かなり上等なものだったであろう、純白の紙。その紙に包まれたイメージ通りの『天狗の団扇』のシルエットが見える。

 息を呑むヒロだったが、同時に団扇から感じる雰囲気に違和感を感じ、純白の紙をそっと捲ってみる。

 息を吸い込み愕然とするヒロ。そして、そんなヒロに静かな視線を送る少女の姿があった。


「て、天狗の団扇が、枯れてる……」

 思わず口に出して呟くヒロ。


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