其の十二
大きな窓のような開口部の他、通気のための小さな穴でもあるのだろうか、内部にはいくつかの方向から細い光が差し込んでくる。大きさも方向も不規則に差し込む光のせいで、せっかくの懐中電灯もあまり意味をなさず、動けばどこかで自分の物と思われる影が視界にちらつく。
それを見ながら壁の花を辿り、ヒロと少女はいつの間にか蔵の最奥に行き着いていた。
相変わらず緊張感もなく壁の花をなぞっていた少女はピクリと何かに反応し、その長い白髪がふわりと揺れた。開口部から取り入れられた外気が、同じく開口部から差し込む光と、そこに立つヒロの身体で作られる陰で覆われる真っ暗な空間に吸い込まれていく。
ヒロは手を伸ばすが、そこにあるのは壁。
暗い壁を左掌で撫でながら少しづつ、風の抜ける場所を探すと、指先には縦に大きく伸びる溝がある事に気づく。
右手に持つ懐中電灯で溝を照らすと、そこには日下部家の家紋と白い花を合わせた見事な浮彫が施された、アーチ状に分割された壁がある。この壁は、いつ入っても開口部と所々からの光で象られる自らの影で見え難くなるように作られているようだ。
「父さん、壁に何かありそうだ!」
ヒロの声に駆けつける樹と梢。
「なるほど。よく見つけたわね柊兎」
息子の発見に感心する梢。
樹は浮彫の施された壁を注意深く観察し、手掛かりを探す。
アーチ状の壁は縦大よそ二m、横幅は一mにも満たない長細い造りで、周辺の壁から出っ張りも引っ込みもしていない。樹は力を込めて押してみるが、壁は微動だにしない。
横幅も狭いため、二人がかりで押す事もできない。手をかけるような窪みや取っ掛かりもなく、引くことはできないため、樹は再び体重をかけ、身体を押し付けるように力いっぱい押してみるが、目の前の如何にも何かありそうな壁は動く気配すらないのだ。
「押してどうにかなるものじゃないみたいだね」
樹と梢が周囲を探し始めるが、この壁の他に手掛かりはないと思うヒロは改めてアーチ状の壁を上から下までくまなく観察する。
ヒロの傍らでしゃがみこんでそれを見ていた少女は、アーチ状の壁の下、床ギリギリの部分を指さす。壁と対面するヒロのつま先のあたりだった。
自分を見上げる少女の指さすところにライトを当て、隣にしゃがみこむ。
そこには小さな花が描かれていた。しかし今までと違い着色されず、少女に言われなければ壁の浮彫に気がとられて見つけることはできなかっただろう。今まではヒロの胸の高さに描かれ続けていた花の絵に対して位置も低すぎる。
ヒロが、その色を持たない小さな花の部分を軽く押してみると、軽い抵抗の後いとも簡単に押すことができた。壁全体のちょうど半分の位置からヒロが押した下半分は壁の奥へ。上半分は手前に倒れるかたちで止まった。
細長いアーチ状の壁は床から一m、ちょうど半分の高さの一部だけが固定されており、下部分から押すことだけで奥へと開く隠し扉だったのだ。
しゃがみこんだ姿勢のままのヒロと少女の目の前には、しゃがんだままの姿勢でもギリギリ通れるかという狭さの暗い通路が奥へと続いている。
「すごいな! 面白いな! ヒロ!」
隠し扉を見つけた少女はもう、大喜びで手を叩く。
その声で樹と梢もアーチの壁に戻り、隠し扉だったことに驚く。
「さすがにこの狭さは俺と梢ちゃんは無理だ。天狗様は大丈夫だろうが、ヒロはいけそうか?」
体の大きい方ではないヒロでも際どいところではあるが、どうにか通れないことはなさそうだ。
「何とかなると思う」
隠し通路と、隠し扉の造りを見た樹は腕を組み、感心したように口にする。
「これは、子供以外では見つけることも難しく、仮に見つけても通る事もままならないってことだ。……危険はないと思うが、気をつけろよ」
懐中電灯を持ったヒロが先行し、少女がその後を付いて隠し通路の奥へ進んで行く。
しゃがんだままでは移動し難いため、懐中電灯を持つ片手を前に向けた状態でもう一方の手と両膝をついて先に進むヒロ。しかし隠し通路の中は無明ではなく、どこから差し込んでいるのか、所々に僅かな光が規則的に続いている。その光のあるところには壁に白い花だけではなく、蝶々や小動物、金魚なども描かれ、うっすらと浮かび上がる。
それはまるで『ここを通る誰か』を楽しませ、怖がらせないようするための気遣いのように感じる。
(ここは多分、天狗様のために作られた通路なんだろうな)
少女は描かれた壁画の一つ一つに足を止め見入っているせいで、なかなか進まない。