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其の一

 月の輝く晩のこと。

 月の光を映したように、白く輝く鷹が低空を舞う。

 その羽の一枚一枚を柔らかく発光させ、優美に風を弄ぶ。

 その白い姿に一際映える緋色の瞳。

 その幻想的な姿は、見た者を須らく見惚れさせることだろう。

 もしも見えていたのなら、のはなしだが。


 雲のない空に眩しいくらいの月明かり。電灯も少ない河川敷の公園。人気は無い。


「うん。ここでいいだろう」

 声を発したのは鷹。落ち着きのある澄んだ声の行く先は、低く滑空する鷹の眼下を疾走する少年に向けられている。

 少年は少し離れて後ろを走る一人の男から逃げている。

 いや、正確には捕まらないように追ってくる男を誘い込んでいるのだ。

 鷹は急降下し少年の肩にふわりと着地する。

 鷹を肩に乗せた少年は、公園を大きくまたいで河川に架かる橋の下に駆け込み、両の手を膝に付き肩で息をする。

「ヒロよ、もう少し体力をつけた方がいいかもしれないな」

 鷹は変わらず澄んだ声に少しだけ意地悪さを乗せ、楽しげにクスクスと笑う。

「1㎞くらい走ってるから! 疲れて当たり前だって」

 息を整えながら、ヒロと呼ばれた少年が制服の上着のボタンを外すと、鷹はひょいと少年の頭に飛び移る。

 鋭い爪を持つはずの鷹に乗られても眉ひとつ動かさない少年。

 そんな事よりも制服を着たままだと後々面倒だと思い、カバンと共に離れた河川橋の足元に放り投げる。

 そんなところに置いてしまっては土で汚れてしまうのだが、少年が気にしているのはその程度の汚れではない。


 そうしているうちに、少年と鷹がいる橋の下には追ってきた男が追いつき、滑り込むように橋の下に入ってくる。男は特別息を荒げる事もなく、その大きな口を広げ口角を吊り上げて下品に笑う。

 少年は醜い笑顔を晒す男に左掌を向け、右手ではポケットから取り出したライターを、いつでも着火できるように構える。

 少年が男に向ける掌には大きく描かれた×(バツ)印。

 鷹は少年の頭の上で大きく翼を広げ、白く光るその体を一層強く輝かせる。

 風の気配が辺りを包み、少年と男が立つ地面には、街灯の光で作り出された橋の影に沿って細く白い光の筋が奔る。途端に周囲を包んでいた流れる川の水の音、橋の上を走る自動車の音が防音ガラスの向こうから聞こえるかのように遠のく。

 鷹は少年の頭から後方にひょいと飛び退き、その体を柔らかな白光に包みながら地面に降り立つ。

 降り立った光は形と大きさを変化させ、人の形を象ってゆく。

 光がその身体に吸い込まれていくように弱まり、露わになったその姿は白い少女だった。

 長い白髪、白のワンピース、白い肌にはあどけない表情に一際映える緋色の瞳。

 少女の姿を見た男は更に口角を吊り上げ、涎を垂らす。

 耳障りな引き笑いをする男は、太い枯れ木をへし折るような音を立てながら、その姿に変化を見せ始める。

 口が耳まで裂け、口角の両端からは黒く鋭い牙のような尖突が迫り出し、脇腹からは衣服を突き破り、もぞもぞと黒光りする昆虫の肢がいくつも蠢く。

 既に表情は人のそれとは呼べず、皮膚が裂けるほどに剥きだされた眼球は真っ赤に光っている。


「大ムカデだな。この手合いは相変わらず下品だな」

 少女は小さな溜息一つ漏らし、落ちこぼれを見る優等生のような気持になる。

 今や辛うじて人の面影を残す大ムカデと少女の間に立つ少年は、集中のために瞑っていた両目を開く。

 その両目は少女と同じく瞳だけが緋色だが、少女よりも淡く輝く。

 呼吸の乱れは収まり、目の前で異形を曝け出す大ムカデに対しても臆している様子はない。


「混じり……者……か」

 相変わらず耳障りな引き笑いに紛れ、聞こえて来る人の言葉。

「ヒロ、怪我はするんじゃないぞ」

 自分の前で大ムカデと対峙し、戦いに備える相棒の少年に声をかける少女。

「ああ、気を付けるよ」


 ヒロと呼ばれた少年は日下部くさかべ 柊兎ひろと

 赤みがかった黒髪と、大きく真っ直ぐ相手を見据える淡い緋色の瞳。

 少女と出会った二週間前までは、取り立てて目立った話題もない十七年間を過ごしてきた平凡な少年だった。

 学校生活では相変わらず平凡に過ごす少年は、白い少女と共にある目的のため、街に蔓延る異形の者を狩る力を持つ『混じり者』となった。


 もはや人とは呼べない姿に成り果てた大ムカデは、正面に立つ邪魔な少年に人ならざる動きと速さで飛び掛かる。

 淡く青白い光が少年の掌を包み、大ムカデの突撃を、かざした掌で押し戻す。

 その手は大きく描かれた掌の×印を中心に、手首までが獣のように鋭い爪を持つ、骨ばった大きな手を象る青白い光に包まれている。

 大ムカデはそれを見て、長く伸びる身体を波打たせ、吠えるように叫びながら再び少年に襲いかかる。 少年は避ける事もせず、右手に持つライタ―を大ムカデに向け着火し、ライターから出る小さな炎に、ろうそくを消すように息を吹き付ける。

 炎は少年の息で消えることなく、火球となって大ムカデに直撃する。一度は跳ねるように身を捩りながらも、更に吠えたて飛び掛かろうとするが、少年は火球を連続で放ち攻めの手を緩めない。

 大ムカデはたまらず川に飛び込もうとするが、分厚いガラスに激突したように鈍い音を立て、水に近づくことはできない。下品な叫び声を上げる大ムカデは、死にもの狂いで少女に向かい身体を伸ばす。


 その姿はまさに大ムカデと呼ばれるにふさわしく、黒光りする無数の節を持つ全長2mを超える身体に夥しい肢を蠢かせ、少女に尖突を向け突っ込んでいくが、庇うように目の前に躍り出た少年が放つ火球で頭を焼かれ、甲高い叫びをあげる。大ムカデの断末魔は、青白い光を纏う少年の左手でその身体を叩き斬るように切断され、ゴボゴボと不快な音に変わり途絶え、少年の腕や身体には、血飛沫のように黒い染みが残る。

 両断された大ムカデの身体は穴の開いた浮き輪のように、空気の漏れる音と不快な匂いを出しながら風に溶け、しぼんでいく。


「うん。戦いにも慣れてきたみたいだな。頼もしいぞヒロよ」

 紙を燃やしたように、真っ黒な煤を残し、もう大ムカデは影も形も残っていない。

 返り血のように少年の身体に付着した黒い染みも、同じように風に溶けて消えていく。

 代わりに大ムカデの倒れていた地面には、赤く輝く歪な形の小さな石が残る。

 その赤い石を拾い上げる少年の手は、先ほどまでの青白い光を纏っていない。


「今週三個目。狙われ始めてるのかな?」

「今まで狩る側だった者が狩られているわけだからな。何らかの噂はあるのかもしれないな」

 ヒロは投げ捨てた制服を橋脚の下から掴み上げ、着ることはせずに黒い染みの消えたシャツの襟もとを摘み上げ、くんくんと匂いを嗅ぐ。

「ああ、やっぱりこの匂いには慣れないよ」

 情けない表情で恨めしそうに口走る。

 それを見てしょんぼりとする少女を見て、慌てて側に寄るヒロ。

「洗ったら取れるから。もう帰ろう。すずも腹減っただろ?」

 軽く頭をポンポンと叩くと、パッと顔を輝かせ、返事はせず笑顔で二度頷く。


 少女の身体は淡く白い光に包まれながら、じゃれて飛びつくようにヒロの背におぶさる。

 奔る光の筋は音もなく消え去り、再び耳には川の水音と頭上の橋を渡る車のエンジン音。


 ヒロの背から肩へ、ひょいと飛び乗る白く輝く鷹。

 軽くヒロに頬ずりし、寄り添うように橋の下から出て行く少年と鷹。


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