第五話「デモンストレーション」
「はい、じゃあ、システムによる実戦練習を始めるよ」
現在地、体育館。
昼休み終了のチャイムから五分経った今、クソババアもとい教頭先生様が、体育館の入口から真っ直ぐ奥に行った所にある壇上で新入生全員に向けて授業開始のコールを放った。
それにしても、入学式の時も思ったが、広いな、ここ。所々に着いているバスケットゴールが中学の時よりも小さく感じる。それに、二百五十人を優に越える新入生全員プラス教師数人が入ってもまだスペースに大分余裕がある。
まあ、全体の半分とはいえ、それでも充分広いこのシステム用施設満載の校舎(長い為、これからは新校舎と呼ぼう)の中でも、システムを大規模人数で使う為にこの体育館は特に広く作られているらしいからな。これで一杯だったら逆に困る。
「今日、あんた達に来て貰ったのは他でもない。明日の大会に向けて実際に魔法で戦って貰い、さっさと扱いに慣れてもらう為だよ。じゃあ早速バトルについて詳しく説明するかね」
よし来た! 年寄りのクセに話が手短かなのは評価に値するぜ、クソババア。
その教頭の発言と共に教頭の後ろにある壁に、直径二メートル程の長方形の映像がそこだけ切り出したように写しだされる。写っているのはスマートギアのディスプレイとその周囲を拡大した図だ。
しかし、スクリーン無しで写し出すとは、流石システム用施設というべきか。
「説明書や初日に聞いた説明でもう知ってると思うけど、一応また説明するよ。スマートギアに付いているボタンは、赤が電源のオンオフ、黄色がバトル申請・承認、緑が魔法発動、青が敵・自の点数表示だ。そして魔法発動と点数確認は同時に行えない」
教頭の説明と共に、画面にはそれぞれのボタンから伸びた矢印とその先に教頭の説明通りの使用意義を書いた小さな黒文字が出現する。
まあ、確かにそこまでは既知の通りだ。
「さて、じゃあ次は慣れとルールについて説明していこうかね。魔法の発動の復習も兼ねて、これは実戦やりながらの方が良いだろうから、玉野先生、立川先生、前へ」
あらかじめセットしていたのか、その台詞の直後に一番右のAクラス、左のFクラスの横から登場する二人の教師。
「まず左手にいるのは、一年の理科担当の玉野先生」
俺達から見て教頭の左側、つまりFクラス側から来た男の先生が会釈する。
第一印象は、頭がすっきりしているお方だな。黒が絶滅寸前のその頭は、当たった光を反射していてなかなかに眩しい。そんな侘しい頭とは反対に顎ひげは生やしていて、なかなかの中年っぷりを感じさせる。
「で、次。右手にいるのは一年の数学担当、立川先生だよ」
今度はAクラス側から出てきた女性が頭を下げる。
肌荒れ、シワ、汚れ無しのその可愛らしい顔からは明らかな若さを感じるので、歳は二十代前半と言ったところか。一応大役に区分されるであろう今回の役目を任され緊張しているようで、動き一つ一つにぎこちが無い。
「じゃあ、初めてもらおうかね。お二人さん、フィールドを展開してくれ」
玉野先生が立川先生に申請する形で、入学初日に何度も見たフィールドが展開される。それと同時。映像が一瞬消えたかと思うと、直ぐに先程のスマートギアの拡大図が二つ写し出された。真ん中が線引きされていて、それを境に左右に一つずつ表示されている。右にはTATIKAWA、左にはTAMANOとそれぞれ小さく右上に書かれているので、学年主任二人のスマートギアであるのは間違いない。
それぞれのディスプレイには、中央に点数が一つ表示されている。玉野先生、立川先生共に七百三十四点か。確かあれは、今回のテストの学年平均点数だった筈だ。以前ニュースで、教師も生徒と同じ平等性を期する為に空いた時間でテストを受け、その結果をインプットしないと魔法が使えないというのを見たことがある。まさか二人共ぴったり平均点を取るなんてことは無いだろうから、時間が無くて受けられなかった代わりにインプットしたといったところか。
他は基本的には生徒と変わらないが、ただ一つオレンジのボタンが多い。おそらくあのボタンは以前担任が言っていた、強制的にバトルを終了させることが出来るというものだろう。
「それじゃ、まず立川先生。玉野先生を攻撃しておくれ」
「はい」
相変わらず動きは怪しいが、右手は突き出し左は右手首を掴む形で制止する立川先生。そのまま深く息を吸い込みながら、目を瞑る。と思ったのも束の間。直ぐに再び瞼は開かれ、その瞬間立川先生からすぐの前方に多数の、先端が尖っている細長い銀色の棒が出現した。本当に瞬間移動されたかの如く突然に。先端が玉野先生の方に向いてそこに浮いている。
――あれは針だ。
一瞬で会場が騒がしくなる。そりゃ、あんな多数の針が突然、しかも空中に現れ浮いているんだから驚かない方がおかしい。というのもそうだが、その後に飛ばされた針全てが、玉野先生の体にまんべんなく刺さるというなかなかグロテスクなビジョンによる悲鳴もあるだろう。
可愛い顔して能力はえげつないな。理由として考えられるとしたら、張りがある肌だからってところか。
「静まりな、あんたら。……これが立川先生の魔法だよ。見ただろ。今の針の数とその全ての的確なコントロール。勝敗を大きく左右する技の規模やコントロールは、点数を上げたり扱いに慣れていけば向上する。特に慣れは、いくら点数が高くても魔法をコントロール出来ないと意味無いからね。最も重要なポイントと言っても過言では無いよ」
そういえば、北川も慣れればまだ大きくなるとか言われてたっけ。
要するに点数アップは能力規模の上限値アップに、慣れはその能力上限値をより生かしたり能力のコントロールに貢献する訳だ。
確かにどんなに威力のある攻撃もコントロールが無くて当たらなければ意味が無いからな。
「じゃあ、次はここに写ってる玉野先生の点数を見てみな」
右手親指を後ろの画面に向かって振るババア。
んっ、画面? 何だ?
俺はガン見していた、ハリネズミもびっくりの玉野先生から壁に投射されている二つの内右のスマートギアに目を移す。
「点数が下がっているだろう。このように相手の攻撃を受けると、受けた魔法の威力に比例して点数が下がっていく。これによりどちらかが零点になるとその時点で負けになり、フィールドは自動的に消えるという訳だ」
確かに下がっている。今の玉野先生の点数は、元の点数の半分以下の百五十七点になっている。
あの攻撃をモロに喰らったのだから分からなくはないが、ここまで減るとは。こりゃ、点数の低い者はかなりきついな。
……って、あれ? そういえばさっきババアは零点になったら負けと言っていたが、俺既に零点なんだけどどうなんだ? まさか、最初から敗北?
そんな俺の疑問は、それを読み取ったかのような次の教頭の言葉により早々に解決された。
「ちなみになにかの間違いで最初から零点で始まった者はね本来なら即負けでも良いところを、学園長は特別に一発までは大丈夫な仕様にしてあるようだよ」
おお、何だ。一発までは大丈夫なのか……って、一発!? んな、バカな。そんなのどっちみち広範囲攻撃一発でアウトじゃねえか。
「あっ、言っとくが、スマートギアに、だ。体に喰らったら終わりじゃ流石に点数だけでなく勝ち目もゼロだからね。まっ、でもかすっただけでも終わりらしいし、魔法を使えない点でも大分不利なのは否めないけどね」
学園長、ありがたし。流石だ。あんな一日の発言の九割が悪口のようなクソババアとは違ってちゃんと零点の者のことも考えてくれている。確かに不利なのは変わらないが、それならまだスマートギアを庇えば戦えないことはないからな。
と、ここまでは零点の者の敗北条件だ。だがまだ、さっき教頭が言っていた零点の者が勝つ方法が明かされていない。
等と、脳内で思考の運行が過激になっていた時にふと視線に気付く。
教頭が、見ているだけで腹の立ってくる顔をこっちに向けていたのだ。何なんだ、一体。
と、また視線を外して話し出す。
「っと、ここで一旦話を戻すよ。思いだしな。さっき私は魔法を受けたら点数が下がるって言っただろう。でも、実は受ければ点数が下がるのは体だけじゃない。というより、それを狙えば一発逆転もあり得るものだ」
左手人差し指を立てながら、ニヤリと怪しい笑みを浮かべる教頭。
“そこ”じゃなくて、“それ”か。今の発言からして、それは全員共通の物なのだろう。だとしたらおそらく、
「スマートギアが直に衝撃を受ければ軽めでも点数は大幅に下がる。それが強攻撃でしかも直撃ならどうなるかは分かるだろうね」
やっぱりな。まあ、つまりはどんなピンチでもスマートギアに上手く攻撃をヒットさせることが出来れば、大逆転もあり得るということか。なかなか面白いな。
でも、まっ、扱いに慣れてない内は、というより扱いに慣れても小さいスマートギアにヒットさせるのは至難の技だろう。しかも相手が棒立ちしてくれるならともかく実際は動き回るだろうし尚更だ。それでも狙ってみる価値があるという意味では、やはり慣れの重要さが分かる設定だな。
そしてそれは魔法を使えない俺には関係無いことのようだが、寧ろありがたい話かもしれない。今の教頭の発言から、昼休みに教頭が言っていた発言の意味も分かったしな。
「さて、じゃあ次は玉野先生に魔法を使ってもらおうかね。点数も下がったことだし一旦フィールドを閉じて、開き直してくれないかい」
「はい、分かりました」
玉野先生がボタンを押してフィールドを閉じる。と共に玉野先生に刺さっていた針も消滅する。
そして再展開されるフィールド。
目をスマートギア拡大図にやると立川先生はともかく玉野先生の点数まで平均点に戻っている。バトルで失った点数を再び上げる為にはテストを受け直さなければならないというルールは教師も同じ筈なので、スマートギアかシステム自体がかは分からないが、今回は特別仕様になっているのだろう。
「えっと……行きます」
何故か渋りながらそう言って目を瞑る玉野先生。すると、直後。元々眩しい玉野先生の頭が文字通りに光だした。勿論光を反射させているのではない。その禿頭自信が光を発しているのだ。しかも結構眩しい。
なっ、なんて、シュールな光景なんだ。そしてなんて直接的な能力なんだ。
所々からクスクスという笑いが聞こえてくる。隣の憧も口を手で隠しながら笑っているようだ。
「あっ、あのもう良いですか。その……恥ずかしいっていうか」
「何言ってるんだい。ダメだよ。まだやることがあるんだから」
言葉とは裏腹に顔は至上の笑みを浮かべる教頭。
あのババアの栄養素は人の不幸なのか。
「……はっ、はい」
光が強くなる。さっきのでも充分眩しかったのにあれでもまだセーブしてたのかよ。これ、最早前が見えない。
「ちょっと、眩しいよ、玉野先生。これじゃ、何も見えないじゃないかい! もっと弱めて」
「あっ、すいません」
弱まる光。多少見やすい程度の光になった。
「ったく、勝手に光を強めてんじゃないよ。打ち合わせ通りにやりな。次は攻撃だ」
「……分かりました」
正に今輝いている玉野先生が立川先生に小走りで向かっていく。対して立川先生は目を細めている。まださっきの光の衝撃が完全には消えていない上に未だに近くで光が目に入るからな。
だがそれに比べて玉野先生は、発動した本人とはいえ、よくあんだけの光を目に入れといて平然と動けるよな。慣れているからだろうか。
「行きますよ」
そんなことを俺が考えている内に至近距離まで詰めていた玉野先生は、立川先生に呼び掛けて、一旦右手を握る。そのまま右肘を後ろに下げ……勢い良く前に突き出す。スマートギアにストレートパンチが決まった。
かと思ったら、ブーという高調子なブザー音と共にフィールドが一瞬で消滅した。二人共ボタンは押してないのにだ。
反射的に再度映像に目をやる。立川先生のディスプレイ表示が『LOSE』になっている。
「という訳だよ。今のは試合終了の合図だ。玉野先生、お疲れさん。もう発動をやめても良いよ」
やはりそうだったか。
さっき教頭は、スマートギアが衝撃を受けたら点数が減少するとは言ったが、魔法でとは言わなかった。
そこから、もしや素手でもスマートギアに攻撃を与えればダメージになると予想したが、果たして今ので確実になった。
つまり、ババアの言ってた俺でも勝てる方法ってのはこれのことで間違いないな。荒井のように魔法が直接ダメージに繋がらない奴もこれで敵を倒せる訳だ。
というのは理解出来たんだが、一つ気になったのは、玉野先生が魔法使う意味はあったのだろうか。
「あっ、さっきので一応言っとくけど、スマートギアは頑丈に出来てるから並大抵の殴打なら耐えられる。ただ、自分も機械も危険だから極力殴らないでくれよ。あと、素手で殴って点数が下がるのはスマートギアのみだ。体を殴っても点数は減らない上に下手すりゃ傷害事件として扱わなきゃだめだからね。絶対にやんじゃないよ」
腐っても教師だ。いつもの嫌らしい顔は鳴りを潜め、真剣に語る教頭。
言ってることは全て理解出来るし正しいと思うが、前半の方は守れそうにない。こっちは勝利方法がそれだけなんだから。だが、危ない行為だというのは常に念頭に置いといた方が良いだろうな。
「最後に補足として、バトル中にフィールド外に完全に出たり元々持っていたペン等システムに関係の無い物を武器として使ったら即負けになるから気を付けな。他にも色々あるけど、今思い出したのはこれぐらいだからもし何かあったらその都度説明するよ」
よし。色々な説明が出てきたからな。ここで一旦整理しよう。
・まず、魔法を体ないしスマートギアに受けると点数が下がる。それにより零点になったら負け
・スマートギアに直接攻撃を受けると大きなダメージを受け、クリーンヒットなら下手すれば一撃で終わる
・魔法ではなく素手によるスマートギアへの衝撃でもダメージを与えることが出来る
・フィールド外に出ると負け
・武器はシステム関係以外の物を使ったら負け
ぐらいだな。よし、完璧。
「ということでじゃあ、説明も終わったところで早速やってもらおうかね。点数に関しては今下げられても困るから、今回に限りあんたらのもフィールド開き直せば元に戻る仕様にしてるよ。だから、遠慮せず思いっきりやりな!」
おー! という歓声が広い体育館中に響き渡る。群衆の熱は最高潮に達している。
そんな中俺は力強くボタンを押し、スマートギアの電源を付けた。