第三部:親衛騎士
謁見の間を後にして、ロアはクラウンの侍女であるアリアに客間へと通されていた。
途中で城の内装をゆっくり見て回ったりしたが、王城だけあって綺麗に整えられている。ゲームでは城の内部に入るという事は出来なかったのだ。
「こちらが客間でございます。普段は他国からの使者の方や、特別なお客様がお泊りになる際に使用する部屋なのですが、クラウン様の恩人という事でロア様も特別なお客様として扱われているようですね」
なんの邪気すら見せないアリアの笑いはどこか少女のような可愛らしさが残っていた。
王女従属の侍女というのだからそれなりのベテランだと思ったのだが、どうやら思った以上に若いのだろう、と認識を改めたが、年齢を聞くことはしなかった。
おそらくどんな世界でも女性に年齢を聞くのはタブーだからだろうからだ。
「わざわざここまでありがとうございます。泊まるところを探すというのは森を抜けてからの最優先課題だとは感じていたので非常に助かります」
そもそも森を抜けれるかどうかすら怪しい状態だったのだからまさにこの出会いは助け舟だったと言える。
当然、それはお互いになのだが。
「衣服などの持ち合わせがないようでしたらすぐに手配いたします。その他も何かお困りの場合はそこの魔晶石に触れて下さい。触れれば私に通じますので」
そう言ってアリアはベッドの横のテーブルの上に置かれた紫がかった石を指差した。
魔晶石というのは魔力がこもった石で、そのものが魔法に似た力を持っている特殊な鉱石のことだ。
簡単に手に入るものではないし、装備の材料とするには最高級品の物だ。そんなものを客間に置くのは流石一国の王城と言ったところか。
確かにアイテムや装備は持っていても服の予備は持っていなかったのでアリアの言葉に甘えて服を手配してもらう事にした。
「では衣服はすぐにお持ちいたしますが、一つだけ忠告を。クラウン様の命を救ってくださった方に限ってないとは思いますが。この王城内で何か不審なこと。たとえば魔法をみだりに使用したり、王族の方がいらっしゃるお部屋に近づいたり、そういった行動が見られればすぐに感知されます。気をつけて下さいね」
また柔らかに微笑むとアリアは「それでは」と言って客間を後にした。
数分してアリアが服を届けてくれた。
そのあとは特にすることもなく、ロアは久しぶりの寝具に身を投げ出していた。
今思えばこの日はとても不思議な日だと思う。
あの最後の迷宮でアビスナーガと戦ったのはほんの数時間前だったはずなのにもう何年も前のことのように思える。
現実へと帰りたくて、死力を尽くして倒したというのに、自分が来たのはゲームと同じ世界観の異世界。
そこで一国の王女様と出会って、助けてあげて、国王に感謝されて、こうしてベッドに横たわっている。
ほんの数時間でロアの中では様々な決心がついたように思う。
はっきりいって、現実への未練はまだまだある。
それでも今まで自分が行ったことへの罰としてこの世界に来たのならば、何か償う事があるはずだ、と思っている。
そういう踏ん切りがついたのが一番大きいのだろう。
もう生き残って、帰還の手段を奪い取るために人を殺めなくてもいい。
その事実がわずかだかがロアに安らぎを与えているのだろう。
ベッドに横たわったまま頭の整理をしていたロアは、久しぶりに自然な眠りについた。
そのころ、謁見の間では王とその娘である第二王女、クラウンが向きあっていた。
「お父様。何度も言うように私に親衛騎士をつけるのでしたらあの方が良いと思っております」
「どこから来たのかもわからぬ上に暗殺者職であるものをエルメリア王国の第二王女の親衛騎士に任命すると?そんな事をすれば貴族や家臣から反感を買っても決しておかしいことではないのだぞ?」
親衛騎士とは、王族に一人直属でつく騎士のことだ。
本来ならば騎士は騎士団に属し、国王並びにその所属した騎士団の団長の指示を受けて行動するものなのだが、親衛騎士はその指揮系統からは外れており、自分が従属する王族の命で行動するという特別な騎士だ。
王族である限りは十六歳になれば一人つけるものなのだが、クラウンは今まで騎士が気にいらないとか、まだ考えていない、と言って国王の進める騎士を断ってきたのだ。
本来ならそういう風に国王や王族が信用のある騎士を騎士団から引き抜いて着任させるパターンが正式であるとされているのだが、今回は突然現れたただの冒険者を親衛騎士にしたい、と申し出てきたのだ。
当然、クラウンが親衛騎士をつけようと思ったことが喜ばしいことではあるのだが、いくら命を助けてもらった相手とはいえ、今日知りあった人間を親衛騎士にしたいというのは王としても父としても頭が痛いものだ。
「確かに、親衛騎士とするにはほかの方からの信頼なども必要だとは心得ています。しかし私はロア様が信頼がなくとも親衛騎士と言う勤めを果たすには相応しすぎる方だと思っているのです」
さっきからこんな調子で一方に下がろうとしないクラウンに流石の国王も参ってきていた。
しかし、そこで国王に助け船を出す存在がいた。
「陛下、私は傍聴していただけの身ですが、発言をお許し願えないでしょうか?」
話を聞いているだけだったエルメリア王国騎士団総騎士団長であるアルフレッドが突然発言を求めた。
「いいだろう。アルフレッド、そなたの意見を聞かせてくれ」
「はい。私としてはやはりどこの人間かとも思えぬような輩をいくら姫様の命の恩人だからと言って名誉ある親衛騎士に任命するのは話が過ぎると思います。本来なら我が騎士団から選抜すべき人材です。クラウン様もどうかお考え直しください」
すでに壮年に近い年齢ではあるが、長くこの国に仕えたものらしい誠実な意見だった。
やはり頼りになる人間の意見は良い援護になるものだ、としみじみと国王は思った。
「アルフレッド、お言葉ですが親衛騎士は私自らが任命するものです。あなた達騎士団が優秀なのは分かっていますが、それでも私は命を助けていただいた御方に何か恩返しをしてみたいのです」
クラウンの言葉にアルフレッドは騎士団自体の地位を低めるような言い方はされていたと感じ、怒りを覚えたが、王族にそのような感情を抱くことは騎士として失格だ、と自分を戒めている。
「別に良いと思うんだけどなぁ。俺は」
不意に謁見の間の入り口からそんな気の抜けた声がした。
「ゼノ! 陛下の許可もなく謁見の間に入り、その上なんだその発言は! 貴様、王宮騎士としての自覚と誇りはないのか!」
無礼だと叱責するアルフレッドをゼノは全く気にしていない様子で
「いや、俺国王様に呼ばれたんですし、それに今のは独り言ですよ。アルフレッド総団長は少し気にしすぎと思いますよ」
と、欠伸を噛み殺しながら反抗した。
「今のは本当なのですが、陛下」
「ああ、その通りだ。ゼノは私が呼んだのだ。しかしゼノよ、この話が終わるまで少し待っていてはもらえぬだろうか?」
「陛下の仰せのままに」
やはりどこか気の緩んだ様子のゼノはそのまま騎士たちが並んでいる場所の末席に身を連ねた。
ゼノの登場で場の空気がわずかに淀んでいたのを察知し、一人の騎士が発言を求めた。
「国王様、私からも発言よろしいでしょうか?」
続いて発言を求めたのはエルメリア騎士団最強である第一騎士団団長であるグレイスだった。
グレイスは年齢こそいまだ若造と呼ばれる年齢だが、実力は間違いなくアルフレッドの上を行き、この大陸では最強クラスと呼ばれるほどの天才だ。
国王が発言を許したのを見てからグレイスはこう述べた。
「私もどちらかと言えばロア、という人間を親衛騎士にすることへは反対です。ですがやはりクラウン様の意見も正しいと思うのです。親衛騎士は王族が認めた騎士へ贈る称号。そしてクラウン様はロアというもののことを評価してらっしゃるようです。このままでは埒が明かないだろうと思います。それならば陛下がクラウン様の親衛騎士に相応しい人間かどうか、試してみると言うのはいかがでしょうか」
グレイスの発言はどちらの立場ともいえない、中立のものだった。
それ故にその場の人間全員が考えた。確かにその通りだとうなずける意見だった。
「ふむ。あの者は確かに何一つ嘘をつかなかった。クラウンも信用できると言っている。実力もキマイラを無傷で倒すほどだと申した。しかし気になるのはやはり暗殺者職であるという事だ。暗殺者職で殺人嗜好をもたない人間を私は見たことがないのだ。常人の皮をかぶった殺人鬼というものを何人を見てきたのだ。もしかしたらロアというものもその類かもしれぬ。それが最も心配する点であり、確かめたい点だ」
国王が本心を語る。
確かに、暗殺者職についている人間は平気で人を殺したり、無差別なく人を殺したりするものだ。それが暗殺者と呼ばれるものなのだから。
ロアは第一印象は決して悪いものではなかった。ただ、クラスが暗殺者クラスであるという事で評判を落としているのは事実だ。
「それならば、模擬戦をさせてみるのはどうでしょう。ギリギリまでの凌ぎ合いとなれば本性も現れるかもしれません。それに模擬戦に貴族を招いて見学させれば実力を認めさせることもできると思うのですが」
グレイスがさらに詳しい方式を考えてくれた。
ここまで詳細な方式と、先ほどの国王の懸念を知っては流石のアルフレッドも黙るしかなかった。
「お父様。問題は誰が相手をする、という事だと思います。キマイラを無傷で倒したようなお方相手に凌ぎ合いができるような相手を用意しなければならないとあれば、団長達ぐらいしかいないと思うのですが」
「ならば私が出ましょう」
クラウンの言葉を受けて即座にアルフレッドが名乗りを上げた。
「すでに衰え始めた身とはいえ、まだまだ現役の総団長でございます。私があの者の本性を暴いて見せましょう」
どうやらロアを親衛騎士にさせるつもりは毛頭ないらしい。
クラウンは小さくため息をついたが、アルフレッドでも相手にならないのでは、と思っていた。
それでわずかにグレイスの方を見たのだが、グレイスにはそんな気は一切ないようだった。
「しかしアルフレッドよ。お前一人では荷が重かろう。模擬戦には我が親衛騎士であるゴルベスを共に戦わせることにしようと思う」
ゴルベスは国王の親衛騎士であり、グレイスに次ぐ実力者だ。
様々なスキルを使いこなす優秀な騎士であり、ロアに真偽を暴く【真実の枷】というスキルを使ったのもゴルベスであった。
アルフレッドはまだ何か言いたげだったが、国王の言う事には逆らえない。こらえているようだ。
「では、クラウン。模擬戦をさせてみて実力と騎士に相応しいかどうかを判断し、それで問題がないと判断されればお前の親衛騎士に任命するという形で文句はなかろう」
クラウンからすれば模擬戦などで判別をさせるという時点で文句を言いたいのだが、これ以上条件は緩和されそうにはない。
「分かりました。ところでお父様、模擬戦はいつ行うのですか?」
「そうだな、明日には公国の方から使者が来られるという事だ。それならば今から城内にいる貴族たちに声かけをし、晩餐の前の余興の時間に行うという事にしよう。よいな。ゴルベス、アルフレッドはすぐに準備に入れ。それ以外の者はこの事を城内にいる者にすぐに伝えるように。客間にいるロアへはクラウンを通じてアリアに伝えさせよ」
こうして、本人のいないところで様々な話が進んでいたのだった。