第八話 フォーティフィー 兵士達
タイトルの意味は「要塞化」。島の様子と、軍団員の様子を少し書いていきます。
次話とその次くらいから、コゲツのターンに戻す予定です。
「……順調に進んでいるようだね」
絶えず更新され続ける、カオ・クロヌの全景が書かれた地図を見ながら、第三総督フローラは歩いていた。
“自動更新地図”という地図で、指定された場所に何か変化が起こった場合は、それが地図に自動で書き込まれるようになっている中位級アイテムである。
『CC』では、そこそここなした初心者以上のプレイヤーは全員持っている程メジャーなアイテムで、そもそも大抵のショップで購入できる。モンスターの群れなどが出現した場合も書き込まれるのだ。
「偽装された各陣地などの軍事施設はもとより……食料生産拠点の構築も、急ピッチで進められているようだ。順風満帆、順風満帆……」
島のあちこちを見渡しながら、フローラは、本来は此の島になかったもの……舗装された道路をのんびりと歩いていた。
『CC』では、兵器や技術の開発も可能である。コンクリートの開発とそれを使った建築物・構造物のための技術開発は、建築に手を出すプレイヤーなら、大抵は通る道だ。
でこぼこ道よりは、舗装された道路の方が何かと効率が良い。……定期的に整備すれば、という条件が付くが。
フローラはヒイロと協力して、島の要塞化を進めていた。
彼女が真っ先に取り組んだのは、インフラの整備である。
幸いなことに水源は確保され、さらに無限水源を何箇所かに設置することで、水の問題はなくなった。
次に多数の軍事施設を建築し、そこを結ぶように道路を舗装する。非常用の隠し通路や、地下要塞の建造も進める。
同時並行として、畑や牧場の設置も進めていく。
建築物の材料や兵器は、第四ヘキサゴン『紅蓮工場』で生産され続ける。それを運び込めば、工事はいくらでも可能だった。
「ヌルイ計画を立てやがった莫迦の尻をぶったたいておいて、正解だったよ」
要塞化計画において、総督、つまり総帥を除く実質的トップが二人いるのは、何かと都合が悪い。“船頭多くして船山に上る”という諺もある。
そして、カーキは計画の最高責任者にフローラを命じた。ヒイロではなく。
これにはヒイロも納得した。ヒイロは無口なので、彼女に慣れているヒイロ配下の隊以外を指揮すると、いらぬ面倒が起きかねないからだ。それにヒイロ自身、自身の部下とは毛色の違う連中を指揮するのは、あまり得意ではない。
フローラは、そのことに舞い上がっていた。何としても、カーキの期待に応えねばならない。
最高責任者となったフローラは、その瞬間、自身の配下はもとよりヒイロの配下も指揮できる立場となった。軍団において、指揮権の明確化は重要だ。指揮系統が混乱すれば、いかに優秀な個人が集まっていようが、軍団としては崩壊する。
そこでフローラは、本来ならばヒイロに指揮権があるGA第一工兵大隊に、要塞化計画を立案させた。
当然、フローラの配下からも数人派遣したうえで。
フローラ自身は、要塞化や工兵に関しては素人だ。自然を操れるので、島の地形を変えることならば、いくらでもできるのだが。
しかし、彼らの立てた計画は、あまりにも悠長すぎた。
堅実なのはいいことである。要塞を何年も使用する可能性もゼロではない以上、周辺の国々のレヴェルを把握した後から建造を開始しても、悪くはないだろう。
しかし、何時他国の軍艦が来襲してくるかもわからない。
カオ・クロヌは、周辺を竜巻と雷によって護られている。どういう原理かは調査中だが、『グレゴリオⅢ世号』乗務員消失には、この島の周囲に落ちる雷が原因ではないか、と調査班は考えているようだ。
何でも雷を観測したのだが、雷が落ちるのと同時に、転移魔法が発動しているらしい。それも、生物限定の。
まるで、この島を護るために、誰かが仕掛けたトラップのようだ、と。
しかし、この島自体には何の仕掛けもなかった。自然と同調すら可能なフローラの部下で編制された調査隊の結論なので、おそらく間違いはないだろう。
とはいえ、竜巻と雷の壁を全面的に信頼するのは危険だ。
どの道、物資は豊富にあり、改造しようと思えばいくらでも改造できる。
ならば、急造でもいいから、ある程度の備えはしておくべき。フローラはそう考え、慎重論を唱えた第一工兵大隊大隊長の計画を却下した。
とは言え、フローラが決して考え無しだったものではなく、大隊長の意見を全部無視したわけでもなかった。
現段階で極められる完璧さを求めれば良いのだ。あくまで自分を素人と割り切っているフローラは、余程の事がない限りは、大隊長達の無数の意見を吟味したうえで、ほぼそのまま採用した。
素人であることを自覚しているからこそ、フローラは分からないことは大隊長や工兵大隊幹部、自身のサポート役である参謀・補佐官たちに率直に訪ねた。元より、彼女は任務よりプライドを優先するほど意固地ではない。
此処は、偉大なる御主人様――――カーキの安寧のための盾となる。そう考えれば、いくら強化しても物足りなく感じる。
とは言え、いざとなれば破棄することも考えるよう、フローラは命じられている。“盾”はあくまで“盾”だ。使えなくなったら、捨てればいい。
武人が聞けば激怒する類の考え方だが、元々フローラに、武人の気持ちなど理解できない。
カーキさえ無事ならばどうでもいい、そう考えているフローラには。
「えーと、あそこに自動対空砲魔法陣地を構築して……やはり、山頂に探知魔法発生装置を設置しておかなくちゃあいけないかなぁ。二重、三重に、ね。敵の早期発見は、それだけ有利になるからね……。兵も滞空させて、早期警戒網を構築しよう……。
私の本分は畑とかの整備だけど、こっちも進んでいるようで良かった……。御主人様は常に、最高級のものをお食べになっていないとね。この島で獲れる食べ物が御主人様に……相応しいかどうかは、私たちにかかっているんだから」
フローラは引き締まった顔で、空を見上げる。
「それに……」
フローラは視線を、別の方に向けた。
それは、砂浜だった。天然のビーチだ。
白い砂浜、そして透明度の高い海。生憎曇天のため、空の色を移す海の色は、少しくすんでしまっているが、それでも十分及第点を付けられるビーチだ。
そのビーチには、大勢のGA軍団員が身を休めていた。泳いでいる者、砂浜を散策している者、ちゃっかり露店を開いている者――――。
「うん、平和だなぁ。安寧秩序、安寧秩序……」
フローラが統轄する第三ヘキサゴン『小地球』は、食料供給減であると同時に、兵士たちの訓練や任務で疲れた身をいやすため、そして彼らを運動させるためのレジャー地を兼ねている。
この島もそうするよう、カーキはフローラに命じたのだ。
「……全く、御主人様は御優しい。こんな御褒美がなくとも、私たちは貴方様に御奉仕しますよ」
笑顔でのびのびとくつろぐ軍団員を見て、フローラは少し、顔に陰りを浮かべた。
――――『小地球』はあくまで魔法で管理された自然だ。天然の自然の方が、良い者もいるかもしれない。
フローラが提出した島の要塞化計画の書類を見つめ、島の一区画を保養施設にするよう命じたカーキの顔が、彼女の脳内で再生された。
兵たちにも休息は必要だ。そんなことは、フローラにもわかっている。
しかし、彼女は知っていた。
第三ヘキサゴン『小地球』は、御主人様が永い時と膨大なコストをつぎ込み、創り上げたものだ。彼は美しい自然の楽園を再現するために、あらゆる手を惜しまなかった。
当時はまだ、神格級モンスターではなかったフローラだが、彼女も、他の軍団員も、そんなカーキを全力でサポートした。
今でも忘れられない。
『小地球』が完成した時、カーキは涙を流して喜んでいた。その顔は、片時もフローラの記憶から、消えたことはない。
だからこそ、カーキがそこまで熱中して創造した『小地球』の管理を任されたとき、フローラは感動のあまり、失神しそうになった。それから一週間、彼女は毎晩、あまりの喜びに咽び泣くことになる。おかげで肌が荒れてしまい、慌てて創られたばかりの温泉に入り、身体を癒したほどだ。
カーキが、手塩にかけて創りあげた『小地球』をフローラに任せた。それはつまり、それだけフローラを信頼しているということだ。
そして同時に、フローラは決意する。
『小地球』をカーキが胸を張れる程の、素晴らしい楽園にしてみせよう、と。
そんなフローラにとって、カーキの発言は、何とも言えないモノを彼女の心中に齎した。
実際に、『小地球』を紛い物呼ばわりする部下がいなくてよかった、とフローラは思う。
もし、カーキの発言通り、「『小地球』より天然の自然の方が良い」などとほざいた部下がいれば、フローラは、それを生かしておける自信がない。
想像するだけで、濃厚な殺意が溢れそうになる。
「……まさか、いないよね? いるはずないよね? 御主人様に創造された者に、そんな裏切り者なんて……あり得ない……金輪奈落、金輪奈落……」
フローラの周囲の空気が一変し、ザワザワと周りの動植物がうごめきだす。
木の根が大地から飛び出し、憎悪を撒き散らすかのように蠢き、花はその可憐な花びらを鋭い刃に変え、地面からは意志を持ち、硬い外殻を纏った戦闘植物が生え、殺意にその身を震わせる。
新鮮な空気は猛毒のガスになり、それを吸った植物が一斉に汚染され、そしてすぐさま、一滴もあれば数万人の人間は殺せる猛毒を持つ有毒植物へと進化を遂げる。
小動物は凶暴化して憤怒の咆哮をあげ、虫の声は怨念が込められた死の調と化した。
そんなフローラと彼女の周囲の様子を見て、彼女に挨拶を送ろうとした一時の休暇を楽しんでいた軍団員たちは一斉に青褪め、そろり、そろりと離れていく。
彼らは知っている。部下にもフランクに接し、心優しい天真爛漫な少女フローラの中には、あらゆる森を枯らし、あらゆる大地を腐らせ、あらゆる海の水を毒に変える程の、発酵した殺意と憎悪があることを。
そしてそれは、彼女が愛してやまないカーキという絶対的な主君への忠誠心と比例して、表裏の関係にあるということを。
「もしいたらぁ……咲き殺す」
「……ん、流石フローラ。パーフェクトな仕事をする」
第四ヘキサゴン『紅蓮工場』。その様は、古き良き工業都市、と言った風景だった。
マッターホルンのような尖った山々に囲まれ、紅く輝く空の下、たくさんの施設が軒を連ねている。無数にある煙突からはもうもうと黒煙が上がっているが、空気は常に洗浄されているため、新鮮そのものだ。
工業都市にありがちな、スモッグもない。
ヘキサゴンを管理する塔、通称“クロガネ塔”の最上部の一室。そこは、ヒイロの私室である。
スペースはかなり広いが、天井まで届く程の本棚や、壁に立て掛けられた杖などのアイテム、テーブル、ソファなどで空いている床は殆どなかった。
窓際にちょんと置かれた、小さな丸テーブルとチェアー。
そこに座り、両手で報告書を持ち、ヒイロは満足そうに目を通した。
チロリ、と蜥蜴のような舌を出し、ヒイロは窓から紅い空を見つめた。
工場はフル稼働で、忠誠を誓うべき主のために物資を生産し続けている。
それがこの場のあるべき姿であり、世界の真の姿だと、ヒイロは確信していた。すなわち、全てが主に奉公するために、主の糧となる。それこそが、広大なる世界のあるべき姿だ。
ヒイロは椅子から下りると、とてとてと歩き出した。カン、カンと自身の背丈に見合わない程の長い杖をつきながら、眠たそうな表情を浮かべる少女は歩いていく。
塔内を歩く者たちに敬礼や一礼を送られながら、ヒイロはペースを落とさずに歩いていく。
廊下を歩き、螺旋階段を降り、地下へ通ずる重厚な扉を楽々と押し開け、“図書室”と書かれた扉の前に立った。
ガチャリ、と扉が開く。一応自動ドアである。
クロノスには図書室が二か所にある。一つは、第一ヘキサゴン『大要塞』にある小さな図書室。これはほぼカーキ専用と化しているため、図書室というよりは書斎と言った方が良い代物であった。
そしてもう一つが、“クロガネ塔”の地下に広がる地下大図書館。
『CC』では魔道書や技術書のみならず、普通の小説も存在する。電子データ化された図書データを持ち込めば、ゲーム内で優雅な読書タイムを送ることもできる。今や本は書籍ではなく、電子データを読み込んで読むのが一般化している時代である。
そしてこれまた凝ったことに、自分で小説を執筆して売り出したりすることも可能なのだ。
専門の魔道書などはおいておいて、ユーザーが執筆した小説程度ならば、かなりの安価―――――というよりタダ同然で手に入る。執筆に必要な経費を考えると、相当売れない限りは赤字だが、元々『CC』内で小説を売り出す者は、利潤よりも相手に読んでもらうこと自体を大切にする者が多い。
これは執筆活動に限らず、『CC』内で音楽活動、芸術活動に従事する「文化系ユーザー」全般に言える話だ。
『CC』ユーザーにはその手の企業の者も含まれており、ゲーム内でスカウトされ、プロデビューする者もあり得なくはない。
一介の小説家でもあるカーキにとっては、それらアマチュア作家の小説を読み耽ることも、立派なゲームプレイの一つだ。アマチュアが全てにおいて、プロに劣っているとは限らないし、誰が書こうが面白い小説は面白い。
そしてこの世界が現実化した以上、軍団員の中にも、そう言った作品に興味を見出す者が少なからず出てくる。何せ三万以上いるのだから、これも当然の事である。
カーキはその噂を掴むやいなや、多くの小説を大図書館に移動させ、軍団員の出入りを原則自由とした。余程危険な魔道書の類は、元々カーキが私物として大切に保存している。
そんなこんなで、無数の本棚が置かれたそこは、少なからずの兵士で賑わっていた。
流石に大声で怒鳴る程の無粋な真似は誰もしないが、然程厳格な規定があるわけでもなく、小声での私語くらいならば容認されている。
この大勢の兵士が読書にいそしむ光景も、カーキが創り上げたものだ。
そう思うと、ヒイロは嬉しくなるのだった。
次話は今までスポットが当たっていなかった、GAを陰ながら支えるメイドについて書いていく予定です。
……多分、近いうちに投稿します。もう殆ど書けていますので。
御意見御感想宜しくお願いします。